第7話 ~初代フラバース王の問い~ 2/8
朝、村を出立して車を走らせ、昼前にルイールの街にたどり着いた。門の前にいる警備兵達が近寄ってくるので、ユグは窓を開ける。
「失礼、現在検問行っているので身元を……」
「COAのユグ=ワーグナーだ。レグナムル卿の頼みでここへ来た」
「ああ! はい、お待ちしてました。……あの、ミリア様はどちらに?」
「後ろに乗っている」
兵士は後部座席を覗き込む。そこでは、ミリアが車酔いに苦しんでおり、げっそりとしていた。
「うううぅぅ………」
「あの、ミリア様は大丈夫なんですか?」
「心配ない、向こうに駐車しても構わないか?」
「もちろんです。…おい、キョウ隊長に連絡を!」
兵士の指示で、後ろにいた別の兵士が走っていく。ユグが駐車すると、ミリアは一番にドアを開けて外に出る。
「はぁ…やっと着きましたわね」
「吐かなくて良かったっすねー。お嬢、深呼吸」
「検問なんて前来た時なかったよね?」
「警戒しているんだろう。幽鬼がまだ見つかっていないようだからな」
それぞれが口々に話しながら車を出て歩き出すと、前から騎士が一人走ってきた。
「ミリア様!」
「ん? キョウさん! お嬢、キョウさん来ましたよ」
「はぁ…まだ気持ち悪い…」
キョウはこちらまで近づくと、左胸に拳を当てて一礼をした。
「COAの皆さん、これまでミリア様を幽鬼の手から守ってくださりありがとうございました。ルイール領主、ユミル様より感謝の意をお伝えしたいので、屋敷へ招くよう仰せつかっております」
「…承知しました、ご招待にあずかります」
ユグが返答し、キョウはミリアの背中をさすっているジョージを見た。
「ジョージ、COAに入ったと聞いた。その事でユミル様が話をしたいと……」
「了解っす、あった事報告しないとなんないですし」
「ユミル様は、お前にもよくやった、と感謝していた。……ところで」
キョウは僅かに顔を曇らせて、様子を伺うようにミリアの前に膝をつく。
「ミリア様……ご気分が優れないのですか? それとも体調が良くないとか……」
「車酔いっす」
「クルマヨイス……? 聞いたことない魔法だ、まさか幽鬼がかけた呪いか!?」
「いや車に乗って酔っただけですって」
「あの、キョウ。近くで大声出さないでもらえまして? もう少ししたらおさまりますから…」
「ミリア様! これは呪術師を呼んで呪いを解きましょう! ついでに短気を直して"沸騰機関車"の汚名をはらしていただだだだだだだ!」
ミリアはキョウの口を折れるんじゃないかってぐらいの力で両手で掴んだ。後ろでナキルがジョージに聞いた。
「ミリア、そんな呼ばれ方してるのか?」
「お嬢の短気さは街でも有名なんすよね」
「へぇ、そうなんだ。…ところで"クルマヨイス"ってユグとかじゃ解けないのかな」
「………ユグに聞いてくれよ」
「リコリスに聞け馬鹿」
「あ、あたし!?」
面倒くさいため誰もツッコミを入れず、質問してくるナキルはリコリスが宥めることになったのだった。
■□■
「ミリア! ああ良かった…!」
「お姉様ーー! よくご無事で!」
レグナムル家のロビーに着いた瞬間、待ち構えていたユミルにミリアは走って抱き付き、喜びの笑顔を浮かべる。
「大丈夫だった? 怪我して…ああ腕に擦り傷が! ごめんなさい危ない目に合わせて……幽鬼の連中にいじめられたのよね? 彼らは私が剣の錆にした上で土に帰してやるんだからちゃんと言うのよ? あっ、こっちの手にも逆剥けが! ああ痛…」
「お、お、お姉様! どうかその辺りで! ご心配おかけしましたわ」
ユミルの過保護ぶりに居たたまれなくなり、ミリアは慌てて止める。ユミルは「そう……」と残念そうに引き下がった後、くるっとこちらへ振り向いて優雅に微笑み、一礼した。
「失礼、お見苦しい所をお見せ致しました。皆さん、妹をここまで護衛下さり本当にありがとうございました」
「あ、俺達だけじゃなくてミリアも戦っむぐ!」
「とんでもない、魔女の保護はCOAの理念。私達はそれに従ったまでです」
余計な事を口走りそうになってるナキルの口をリコリスが後ろから塞ぎ、ユグが一礼してユミルとの対話に丁寧に応える。
あれだけ怪我の心配をしていたユミルに、ミリアも道中の戦闘に参加していたことが知れたら面倒なことになりそうである。
「長旅でお疲れでしょう。宿がお決まりでなければ我が屋敷の客室をお使い下さい。食事もご用意致します」
「お心遣い感謝致します。……レグナムル卿、魔女の保護の件でご相談があるのですが、後ほどお時間頂いてもよろしいですか」
「…ええ、構いません。ですがその前に…………」
ユミルは視線をユグから外し、ジョージに歩み寄る。
「ジョージ、あなたに話があります」
「あれ、俺が先っすか? えっと…じゃついでにCOAでの事の報告も…」
「わかりました。その報告の後に、今後について話をしましょう。落ち着いたら執務室まで来てもらえるかしら」
「あ、あの! お姉様」
ミリアはユミルとジョージの会話に、遠慮がちに割って入った。
「わ、私も……お姉様にご相談がありまして……出来ればジョージと一緒に聞いてほしいのですけど…………」
「ジョージと?」
「ダメ、でしょうか?」
ユミルは首を傾げて聞き返し、ミリアは両拳を作って口を引き結んでいる。
…多分あの事だ。
"知らなければ、ならない気がしますのよ"
"私、500年前何があったか、自分の目で確認したいんです"
お嬢は500年前、何があったか知らなければならないと言っていた。つまり家に帰らず、魔女の謎を解く旅をするという事だ。
俺もそのことをユミル様に相談した方がいいと言ったし、一緒に付いてると約束もした。…多分反対されるだろうが、できれば味方になってやりたい。
「わかったわ。二人とも、荷物置いて落ち着いたら執務室まで来てもらえるかしら?」
ユミルは何か必死な様子のミリアに疑問を抱きつつ、承諾した。ミリアは嬉しそうに笑う。
「ありがとう、お姉様!」
「可愛い妹の相談ですもの、聞かない理由は無いわ。…お待たせしてすみません、皆さん。誰かに部屋の案内を…」
「あ、俺やります」
「大丈夫よジョージ、あなたもお疲れでしょう? 自室で一息つきなさいな」
ユミルはジョージへ微笑みかけてから、使用人を一人呼ぶ。ユグ達3人は荷物を持って客室へ向かったのだった。
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ジョージは自室に戻り、手荷物を適当に置く。レグナムル家の屋敷は部屋が結構多く余っているため、住み込みの従業員は個室を割り当てられる。
と言っても住み込みなのは俺含め2、3人しかいないため、どちらにしても空き部屋はまだある。
さて、行くかと思い部屋のドアを開けたその時ーーー
「うわ!」
ドアの前にミリアが黙って立っており、驚いてドアノブから手を離しそうになる。
「お、お嬢いたんすか。びっくりした」
「………………………」
「お嬢?」
「あ、あの……一緒に行きますわよ……」
「………あーそうっすね」
ユミル様に相談する事が、今になって心細いのだろう。多分反対されるだろうし。
「い、言っておきますけど! あなたがちゃんと報告するか心配だから、一緒に行くってだけですわよ!」
「はいはい、わかりましたって」
「絶対わかってないじゃありませんのよ! …もう」
ミリアは不満そうにふいっと前を向いて歩き出す。その微笑ましい背中をジョージはゆっくり追いかけた。
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