第6話 〜神を殺した一族たち〜 7/8
ユグが本部へヤシンの保護についての報告を終えると、ちょうど近くで任務を終えたらしいCOA機関員が、こちらへ馬車に乗って派遣されてきた。
「では、我々が少年を連れていきます」
「任務帰りにすまない、よろしく頼む」
機関員達はユグに一礼し、乗ってきた馬車に乗り込んだ。一人ヤシンに近付いて乗るよう促し、ヤシンとずっと手を繋いで待っていたリコリスは笑顔で背を押す。
「みんな味方さ。あたしもフラバースに戻ったら、様子見に行くよ」
ちなみにリコリスは機関員が来る前にテンガロンハットを被っていた。…もしかしたら機関員達もリコリスが神殺しの一族である事を知らないのかもしれない。
「……わかった」
「約束だよ、ほら」
リコリスが小指を差し出すと、ヤシンは自分の小指を差し出そうとして……後ろに小さく飛び退った。
「そんなに子供じゃないし俺! じゃ、じゃあなリコリス」
照れていたのかヤシンは逃げる様に馬車に飛び込み、横にいた機関員も一礼して後を追うように乗った。
御者がムチを操り出発した馬車を見送りながら、リコリスはこちらへ苦笑いを向ける。
「あはははは……えーと、どこから説明しようか……」
「あの、いいのか? 俺達にバラして」
「いいさ。ジョージもミリアも、あの兵士達を怒ってくれた。無条件でカンナとヤシンを助けてくれた。信じるよ」
その返答に、ミリアは少し照れて頬が紅くなった。リコリスは笑いかけ、ナキルを向いた。
「あんたは気付いていたんだね」
「うん、なんとなく……リコリス、神殺しの子達の教会よく出入りしてたから、もしかしたら、って…」
「この件は機関の中でも知らん者が多い、他言無用で頼む」
ジョージはわかった、と答え、ミリアも頷く。するとユグは運転席をドアを開けた。
「聞きたい事はそれぞれあるだろうが、まず宿に戻ろう。帰りがてら説明する」
■□■
車には最初と同じくユグが運転席に、助手席にリコリスが乗った。ミリアは窓を開けて車酔いを少しでも覚まそうとしている。
「やっぱり車なんて嫌いですわ…」
「吐きそうになったら言ってくだせーよ。袋あるんで」
「それだけは嫌ですわ……うう」
ミリアは気持ち悪そうにぼやき、リコリスはその様子に何かを言うわけでもなく、前方の景色に向き直った。
「……あたしの生まれた里は、神殺しの一族たちが住む隠れ里だった」
「!」
「生まれた家は里内でも古くからある家で、代々里長を務める家系だったんだ」
「里で一番偉い奴ってことか?」
ナキルの言葉に、リコリスは首を振る。
「いや、里長ってのは3、4人いるんだ。その長たちをまとめてるのが大里長。あたしの母は何人かいる里長の一人だった。でも6年前に呪いのせいで鬼子になっちまって、15だった双子の姉が里長を継いだのさ」
リコリスの話に、ジョージとナキルはもちろん、ミリアも車酔いを忘れて聞き入る。
「でもネレイス…あたしの姉ね。ネレイスも1年前、処刑されちまった」
「処刑? なんでまた」
「……………里の外からある男を連れてきちまって、そいつが里を半壊させたからさ。その責任を全部負わされた」
「それで、処刑………」
「……………………」
ユグは横目で、沈んだ表情のリコリスを一瞬見る。後部座席をミラーで見ると、ミリアが眉をしかめて悲しそうな顔をしていた。横でジョージは考え込むように口元に人差し指を当てる。
「その男は、どうなったんだ? 半壊させたっていう」
「捕まってないよ、多分逃げたんだと思うんだけど…あたし、顔覚えてなくて」
すると、リコリスは気まずそうに後部座席を振り返った。
「ごめん、この辺でいいかい? 実はあたし、処刑の事よく覚えてないんだ」
「覚えてない?」
「ネレイスが処刑された時、立ち会っていたと思うんだけど、何でか記憶がすっぽりなくなっちまってて、さ。悪いね」
苦笑いで謝ると、リコリスは運転中のユグの横顔を見た。
「ユグはネレイスの処刑の時の事、何か知ってるみたいなんだけど…」
「教える気はないからな」
「何でですのよ、教えてくれてもいいじゃありませんの」
「記憶を取り戻したいと思ってるのに、何でだよ」
ミリアとナキルが、ユグに突っかかる様に聞き返す横で、ジョージは何となく想像できる理由を聞いてみた。
「……リコリスが自分で思い出すべき、って事か?」
「それもある。だが、あいにく俺は処刑に立ち合っていなくてな。何があったか想像は出来るが、確証もない事を伝えるわけにいかん」
「…そういうわけ。ユグの優しさ、って事であたしも聞かないことにしてるんだ」
ユグは何も言わずに視線を逸らし、運転に集中する。すると、リコリスはぱっ、と笑顔になって続けた。
「で、今はあたしの遠い親戚が里長を務めていて、あたしは外交担当って事でCOAにいるってわけさ。里も復興しないといけないし、ドルがどんだけあっても足りないんだよ」
「あ、それでドル大好きなヤミ金融してるんすね」
「ひっどい言い草だねぇ。あ、そういえばナキ、前焼き肉屋で立て替えた分いつ返すんだい?」
「うっ…今回のバイト代で許して」
「借りてたんすかナキ」
顔を引き攣らせるナキルに、ジョージは半眼になった。
「ナキ、こんなヤミ金赤毛からお金借りないほうがいいっすよ。10日で4割とかありえないから」
「いや…あの時どうしても焼き肉食べたくて……ずっと食ってなかったから」
「やだねぇジョージ、あたしは困ってる人の味方だよ? それにナキは身内みたいなものだし、特別価格でトイチだよ」
「いや怖いですって、ただのヤバい金融機関なんだってあんたは」
「冗談冗談! 利子はないよ。ナキ、バイトしまくる苦学生だし」
流石にそこまで鬼じゃないらしく、リコリスは眉根を下げて笑っており、ナキルはほっ、と息をついていたのだった。
□■□
リコリスの話が一段落付いたころ、車は先程の村の駐車場にたどり着き、ユグは丁寧に駐車した。
「さて、宿に戻るぞ」
「あ、ちょっとお待ちなさいな! あなたの話をまだ聞いていませんわよ!」
「時間切れだ、残念だったな」
ユグは面倒そうに車から出て、宿へと歩き出す。ミリアは慌てて車を出て追いかけた。
「一個ぐらい聞かせてくれてもいいでしょう。あの変な眼鏡が言ってた鬼化術のこととか!」
「サジェスの言った通り、従鬼術の元になる術だ。俺が昔編み出した、以上」
「それだけ!? 勝手に終わってんじゃないわよこの陰険メガネ! 待ちなさいってば!」
ユグは面倒そうに振り返る。ミリアだけでなくジョージもナキルも何か言いたげに追ってきており、ユグはため息を付いた。
「…全てあの馬鹿が言ってた通りなんだがな……」
「いいじゃないか、あたしらは魔女の謎を追う仲間だろう」
後から来たリコリスにまで諭されてしまい、ユグは立ち止まって振り返る。
「……明日も早い、1つだけなら答えよう」
「ええ!? 一つかぁ」
「お前に聞きたいことがあったのか? ナキ」
「う…まぁ、鬼化術の事だったけど……」
「さっき言った通りだ、それ以上話すことは無い」
ナキルは言葉に詰まってしまい、その横でミリアも悔しそうに握り拳を作る。
「………………………」
"助けなければならないやつがいる"
「ジョージ?」
「俺から一ついいっすか」
COAは神殺しの一族達の検査を行っている。お嬢を調べたい理由。昔の親友と約束した誰かを助けるというもの………
今なら、わかる気がした。
「ユグ、あんたはリコリスを助けようとしてたのか?」
「!」
「…………………」
「COAの神殺しの一族の研究っていうのは、鬼子になる呪いを解くためのものだったんじゃないか? その研究で何としてもリコリスを助けたかった。………昔の親友との約束のために」
「その話、よく覚えていたな」
ユグは若干目を丸くして呟く。と、少し考えるように顎に手を当てる。
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