第6話 〜神を殺した一族たち〜 5/8
馬車が横転し、竜巻による砂塵が舞う。そこから距離を取るように、ジョージはゆっくりと車を停めて全員外に出た。
「お嬢、無事っすか!」
「ケホッ…し、死ぬかと思いましたわ…」
「お疲れ! 上手くいったじゃないか」
ジョージの伸ばした手を取り、ミリアは地面に降りてリコリスとハイタッチをした。すると次第に馬車の中から数人の男たちが這い出てきた。
「この野郎……鬼子で……」
「ハァーーッハッハッハー! ようやく現れましたね魔女ミリア。そして我が友よ!」
男達が鬼子を召喚しようとしたその時ーーー空から翼の生えたライオンの様な鬼子が、聞いたことのない男の高笑いと共に降りてきた。
「久しぶりですねぇユグ! 部下の帰りを心配して来てみた甲斐がありましたよ。アーハッハッハッハァー!!」
青いマントを羽織る短い紫の髪に眼鏡をかけた男がライオンの背から高笑いし、ユグへ指を差して見下ろしている。
「………………………」
「…あの、ユグ。呼ばれるっすよ」
「気のせいだ」
「いや、ユグって言ってたじゃん」
「相変わらず気に入られてるねぇ、友達少ない同士で」
「黙れリコリス。あのバカと一緒にするな」
「おやおやずいぶんな言いようですねユグ! この! 大親友サジェス様の顔を忘れたとは言わせませんよ!」
「生憎人違いだ。お前を親友と呼ぶ物好きがいるかバカが」
「何ですってムキィィィィ!」
無表情で無情に否定をするユグに紫髪の幽鬼ーーーサジェスは乗っているライオンの鬼子の鬣を握り締める。部下の男達はその隙にこの場から逃げ出した。
サジェスは冷静になったらしく、前髪をかきあげて地面に降り立った。
「ふ、ふん、まぁ良いでしょう。さぁ魔女ミリア! この私、サジェス様が紳士的にエスコートしてあげ…」
「ふんっ!」
「たぁりゃァァァ!」
「ほいっ」
「ギャァァァ!?」
地面に立った瞬間、ジョージはライオンの胴体をダガーナイフで斬りつけ、ミリアは仮面や頭部を傘でガンガン叩きつけ、リコリスは氷の魔法弾を数発放った。
「ちょ、待ちなさい貴方達! 今このサジェス様が喋っている途中でしょうが! いたたたた」
「いや、早いとこやっちまった方がいいかと」
「お嬢、壊せますか?」
「ええ! ふんっ!」
「わーー! サブロー!!」
ミリアは仮面を叩き割り、ライオン(サブロー)はサジェスの元ではなく、空へと消えていった。
「あのですねぇ貴方達、こっちは久しぶりの親友との会合なのですよ! 空気を読む気遣いを……」
「全くいらん。"邪なる者に落とす、怒りの雷…ヴォルト"!」
「ぐはァァァ!?」
ユグは早口で詠唱し、雷を食らったサジェスは地面に倒れた。
「…なんかこいつに空気読めとか言われるの嫌っすね」
「ユグの元同僚らしいよ。いっつもこの調子で絡んでくるんだよね」
「うわぁ………」
ジョージはすごく嫌そうにプスプスと焦げているサジェスを見下ろす。ユグはサジェスの目の前に立った。
「幽鬼に従鬼術を伝えたのはお前だな、何のつもりだ」
「ははは…何のつもりですって? 研究のためですよ。教える代わりに神殺しの一族、鬼子になりかけた人間を連れてきてくれるんでねぇ」
「従鬼術は人の命を踏みつけにする研究だ、許されるものか」
「許されるものか…? 許されるものかですって!? あなたがそんなことを言うのですか!?」
サジェスはがばっと起き上がりユグの顔を信じられないものを見るような目付きになる。
「私の知っているあなたは、人の命どうこう言う人ではなかった! 合理的で! 他人の命を使うごときでは揺るがない、素晴らしい研究者だったはずですよ! どこにいったのですかユグ! 私のライバルたるあなたはどこに………」
サジェスは本気で悔しそうな顔で立ち上がり、冷たい視線で見下ろすユグを睨み返す。
「従鬼術だって、あなたが生み出した"鬼化術"を元に、私が編み出した物ですよ!」
「え…!?」
ミリアは驚いて口元に手を当て、ジョージも息を呑んだ。リコリスですら知らなかったようで、目を丸くしてユグを見ていた。
ユグはその背後の様子に振り返ることも無く、サジェスに向けて淡々と答えた。
「それが間違っているから、俺は研究をやめたんだ」
「やめたのではなく逃げただけでしょう! あの子を、アンを救い出す事を諦めただけですよ!」
「……かもな。否定はしない」
ユグは右手に魔力を溜め始める。…後ろ姿しか見えないが、声が冷たい。怒っているのだろうか。
「だが、あの研究を続けているお前を見過ごすわけにはいかない。捕らえさせてもら……」
「はいストーップ」
「!」
軽い男の声が聞こえた瞬間、ユグの眼前を動物のような物が通った。ユグは咄嗟に長い針のような武器ーーースピアーと言うらしいそれを盾のように使い後ろに下がる。
「互いにここまでだ。サジェス、あの方が戻られたって連絡だ。俺達も行くぞ」
仮面を付けた大型の猪の鬼子の背に青いマントの男が乗っていた。幽鬼の一味であろう男の顔はマントの影で見えなかった。そんな彼を、サジェスはイラッとしたように睨む。
「はあ? 生憎私は信者ではないのですよ。あなた方と一緒にしないでもらいたい」
「気持ちはわかるが、俺達幹部クラスが行かにゃ下の奴らに示しがつかんだろう? 幽鬼追い出されちまうぜ」
「…………はぁ………ほんっとうに組織というのは面倒くさいですねぇ」
男の言葉にサジェスはため息を吐いてぼやき、猪の背に乗った。男はユグたちの方を向く。
「そういう訳だ! 悪いが俺達は……おっと!」
ガキィン、と金属音が鳴る。ジョージが幽鬼の男の乗る猪に横から斬りかかったのだが、男が懐から剣を抜いて防いだ。
「逃がさねーっすよ!」
「血気盛んだなぁ、兄ちゃん。…魔女の嬢ちゃんも」
「たあァァァァ!」
ミリアが猪の正面へ突っ込み、仮面目掛けて傘を振り下ろす。しかし、猪は体の向きを変え、後ろ足でジョージを蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
ダガーナイフで防御するが数メートル吹き飛ぶ。男はミリアの傘を剣で受け止めて弾く。すると猪はミリアを踏み潰そうと、2本の前足を大きく上げた。
「っ!」
「させないよ!」
リコリスが氷弾を前足目掛けて放ち、軌道がずれたためミリアの体スレスレで踏む。その間、詠唱を終えたユグは、雷を猪に向けて落とした。
「…ちっ」
「きゃあ!」
猪が勢いよく走り出してしまい、詠唱が間に合わなかったユグは舌打ちをする。猪の近くにいたミリアは踏まれないよう転がって躱した。
「フライン! 急に走り出さないで下さい!」
「悪いサジェス。じゃ、またいつかなー!」
幽鬼の男ーーーフラインと言うらしい男とサジェスを乗せた猪は、そのまま平原を駆け抜けていってしまった。
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