第1話 ~魔女がうまれた日~ 3/9
黒いコートに袖を通し、常に持ち歩いている双剣を二刀腰から下げて、屋敷から出る。
用事というのは、今夜行われるお嬢様の生誕祭に使われるピアスの受け取りだった。ルイールの有名な伝説の一つで、成人を迎えた者は想いを寄せる相手に自分とペアのピアスを贈る。そして互いに付け合うと、二人には永遠が約束される、というものがある。
貴族の場合、自分に仕える騎士の中で最も信頼の出来る者に渡し、騎士は永遠に仕えることを主人に誓う。
この国では15歳で成人とされる。お嬢は今日、ピアスを贈る。ナージャ家の幼馴染の騎士に。
成人……。まだまだ子供な気がするけど。
朝からのお嬢様の子供のような言動を思い返しながら、ジョージは苦笑した。
「いらっしゃいませ」
お嬢やユミル様が懇意にしているアクセサリー屋に到着し、カウンターに向かう。
「レグナムル家の使いの者です。ピアス受け取りに来ました」
「ああ、はい。出来てますよ。少々お待ち下さい」
カウンターの男は奥へと向かって行った。その間、何気なく店の中を眺める。貴族のマダムたちから一般家庭の女性まで、幅広い年代と富裕層の女性客が溢れ返っていた。男が俺一人で浮いている。…居心地が悪い。
気まずそうに視線をさまよわせていると、カウンター近くのショーケースのアクセサリーがキラッと光った。多分太陽の光が偶然こちらに反射したのだ。そのアクセサリーに近付いて見てみる。
「これは、確か……」
それは小さな黄色い造花のピアスだった。鮮やかな黄色が何枚も外側に広がっており、シルバーの台座にちょこんと乗っていて可愛らしい。お嬢がこの花を気に入っていて、あまり覚えていないが随分前に名前や花言葉など詳しく話してくれた。確か、名前は……
「お兄さん、お待たせしました」
頭を捻っている途中、先ほどの店員がにこやかに品物を差し出した。
「わたくしどもの自信作です。喜んでいただけるといいのですが……」
「…ありがとうございます」
思考を遮られ、モヤモヤしたままピアスの入った箱を受け取る。アンティーク調に綺麗な細工。縁は純金で囲われている。この箱だけでもそれなりの価値があるだろう。
俺は、もう一度さっきの安物の花のピアスを見る。
「あぁそれ、可愛らしいでしょう? 若い女性に人気なんですよ。いかがですか?」
「……そうっすね」
贈り物…貴族へのプレゼントにしちゃ安っぽい。下手すれば咎められるかもしれない。
「……いや、やめときます。こっちのピアスと不釣り合いだし、気に入ってもらえるかどうかわかんねーんで」
「ふむ、そうですか……」
「貴族のご令嬢にしちゃ、ちょっと…俺が贈ったって喜ぶかわかんねーですし」
レグナムル家に拾われて一年ちょっと経つが、俺は一度もお嬢に贈り物をしたことがなかった。去年の誕生日にもプレゼントを渡していない。何を贈ったらいいのかわからないからだ。
すると、店員は苦く笑った。
「ミリア様でしたら、お喜びになると思いますよ。贈り物はお相手がお気に召すかどうかよりも、気持ちですから」
「……気持ち、ですか」
「どうしますか?」
「うーん……」
喜ぶだろうか。この花を、成人のピアス両方と一緒に付けてくれるだろうか。
ジョージはしばらく、ケースの中に佇む可憐な黄色を見つめる。
……店員の言う通り、この花が好きだといっていたお嬢なら、少しは喜んでくれるかもしれないし、この花の事をもう一度聞くいい機会だ。何より主の誕生日なのだから、プレゼントの一つくらい贈るべきだろう。
「じゃあ、これも包んでもらっていいっすか」
店員はにっこり、かしこまりました、と腰を折り、花のピアスをショーケースから取り出した。
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