閑話 〜新米コックの闘い〜 2/2
「あーーー腹立つぜちくしょーー……」
仕事が終わった夕方、モヒカンは食堂の一人でイスにドカッと座る。業務は疲れるわ嫌味ばっかり言われるわで大きく息を吐く。足が棒のようだった初日よりはマシだが精神的な疲労が大きくなった。
「くっそーあいつら俺を馬鹿にしやがって……何も知らねぇくせに」
やる気がないだのなんだのうるせーっつの。やる気なくて当然だろが、こちとら成り行きで居させられてんだよ。何悲しくて皿洗いしなきゃなんねぇんだ。
ほんとに、何でこんなことに……
"おや、今日もお疲れさん。カレー食べてくかい?"
レイヌに残してきたおばちゃんの事を思い出す。……今頃何してっかな、いつもの連中にカレー食わせてやってんのかな。いつもと変わらず……
「……はぁ、帰りてぇなぁ」
おばちゃんのカレー、食いてぇなぁ
「まだ無理だろ」
「うおわぁぁぁ!?」
後ろに料理長が紙切れを持って立っており、モヒカンは思わず叫びながら椅子から立ち上がって後退る。ちょっと転びそうだった。
「う、後に立ってんじゃねぇ! びっくりすんじゃ……するじゃないっすか!」
「いや一回声かけたけど、お前気付かなかったんだよ。随分お疲れだな皿洗い」
「……別に、体力には自信あんで」
「そんなお前に手紙だ」
「何!?」
モヒカンは料理長から手紙を受け取る。やはりレイヌに残してきたおばちゃんからだった。前にCOAにいる事情とか仕事の事とか色々書いて手紙送ったから、その返事だろう。
「家族か?」
「え、あ、まぁそんなとこっす」
「ふーん…」
「…何すかニヤニヤして」
笑ってる料理長の視線に居心地悪くなり、モヒカンは聞き返す。
「十数年前の内戦、鬼子の襲撃、色々あるこの世の中で家族がいんのは幸せな事だろ」
「家族……あ、俺本当の家族とは縁切られてんす。この手紙はその……恩人からで」
「どっちにしても手紙を送る相手がいるのはいいことじゃねぇか。……ここで働いている奴らのほとんどは送る相手も家族もいねぇんだから」
「え……」
モヒカンは驚いたように顔を上げる。…あのいつも怒鳴ってくる先輩もケインも、他の奴らも、皆そうなのだろうか。
「鬼子に襲われたとか戦争で故郷なくしたとかばっかりだ。うんとガキの頃から働いているやつもいるぜ。不本意だろうがなんだろうが関係ない。身内がいなくても生きていかなきゃならねぇから働いて、居場所を作る。ほとんどがそういう奴らだ」
「…………………」
知らなかった。というより考えたことも無かった。ただ漠然と、成り行きで働かされる俺と違うことしか思わなかった。
理不尽な事情があっても、自分が生きる為に働いてるとは思っていなかった。
「…あいつもか? ケインのやつも……」
俺によく絡みに来るあのへらへらしてるあいつもそうなのか気になって料理長に聞くと、渋い顔をしていた。
「人の詮索は嫌われるぜ、こういう場所は特にな」
「う………でもあいつ、俺の次に新人なんすよね。洗い物ばっかりの俺と違って野菜切ってるじゃねぇっすか」
「お前が来るまではケインも洗い物ばっかやってたぜ。違うのは昼休みの過ごし方や仕事に対する姿勢だ」
「昼休み? ……そういやメシめっちゃ早く食って厨房戻ってたような…」
「自主的に夕方の仕込み手伝ったり人の調理盗み見たりしてるぜ。へらへらしてるから知らなかっただろ。お前が思ってるより、あいつは真剣にやってるぜ」
「………………」
「まぁ洗い物も雑なお前が、食材触るのは100年早いけどな、これからも、せいぜい洗い物頑張るこった。じゃあな」
料理長は手をひらひら振ってその場を去った。
…真剣に向き合う……か
モヒカンは料理長の言葉を思い返しながら、その後ろ姿をぼんやりとみる。それが見えなくなった頃、手紙を思い出して、開封した。
レイヌの村が少し落ち着いてきたこと、全員元気にやってる事。
それから、前に仕事について手紙に書いて送ったのだが、それについては"どんな仕事も全身全霊でやんな"と書いてあった。
□■□
翌日
「おらァァァァァァ!」
洗い場では、モヒカンが叫びながら洗い物をスポンジで激しく擦っていた。それから急いで食洗機に流していき、またザルをゴシゴシ擦りに行く。
昨日、料理長やおばちゃんに言われた全身全霊で取り組むという事。とりあえず今の仕事は洗い物しかない為、洗い物を一分一秒でも早く片付ける事が、俺にとっての全身全霊だった。絶っ対俺様のシンクに洗い物を残させねぇ。何が何でも認めさせてやるあのゴリラ料理長が!
だが、そうすぐ早くなるわけではない。確かに昨日よりは1、2分くらいは早いかもしれないが、それだけであった。モヒカンはある程度洗い物が無くなってから時計を見て、舌打ちする。
「ちっ、昨日とそんなに変わんねぇじゃねぇか」
「何がだこのモヒカン馬鹿」
後ろからいつも洗い物を受け取る先輩に後頭部を叩かれる。
「痛ぇ! 何すんすか、髪帽子から出るじゃないですか」
「何叫びながら洗い物やってんだお前は、うるせぇだろが」
「ぐ……すんません」
モヒカンは帽子を直しつつ頭を軽く下げる。謝られるとは思ってなかった先輩はいつもの調子が狂ったように眉を寄せる。
「まぁいいけどよ。じゃ」
そう言い残して先輩は次の持ち場である盛り付けの方に向かった。何が言いたかったのかよくわからず、モヒカンはその姿を見送る。
いつもならザル汚いだの嫌味の一つでも言ってくるはずなのだが、何も言ってこない。
「何だ? ……あ」
洗い物がシンクから無くなり、手持ち無沙汰になる。厨房内では他の調理員の人達が忙しなく動き回っていた。
……流石にこの状態で自分だけ暇なのは居心地が悪過ぎるので、モヒカンは別の調理台のシンクにあるザルを持っていこうとする。
「っとおい! モヒカンてめぇ何持ってこうとしてんだ! それうどんの湯切りに使うやつだぞ!」
「え! マジかすんません!」
「洗うならそっち持ってけ!」
「へいっ!」
モヒカンはまとめて置いてあったザルとボウルを両手に抱えて洗い場に持っていこうとする。
「おいモヒカン! こっちのボウルも持ってってくれ、ついでに」
「はいはい、ただいま〜!」
「こっちも結構溜まってる。手ぇ空いたら持ってけ」
「へいっ」
飛び交う声に返事をしつつ、モヒカンは忙しそうに厨房内をバタバタと歩き回る。
フライパンでオムレツを作りつつ、料理長はその様子を見て僅かに口端を上げた。
「料理長、あいつに何か言ったでしょ」
「…さぁな」
いつもモヒカンと組んで洗い場にいる調理員が話しかけると、料理長はそのオムレツを皿にきれいに盛り付け手渡した。
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