閑話 〜新米コックの闘い〜 1/2
COA機関食堂にて、まだ人の少ないお昼前の堂内はパソコンを持ち込んで仕事する人、のんびりコーヒー飲んでいる人が少々いるだけで、食堂内は静かな空間だった。
だが、壁一つ挟んだ先の厨房内は戦場だった。
「そろそろ人が入るぞ! まだか!?」
「主菜の仕込み終わりました! あと焼くだけです」
「盛り込み手伝ってくれ! ちょっとやばい!」
「デザート誰か盛り付けやってるか?」
「俺やります! 2分待ってください!」
調理師たちがあれこれとがちゃがちゃ忙しそうに手と足と口を動かして昼食の準備をしていた。
「おい! 洗い物さっさと持ってけ!」
「わぁかって……ますよ!」
そんな忙しい厨房内の端っこの巨大シンクで大きなボウルやらザルやらをひっきりなしに洗い続けるのは、自慢の髪型を調理帽で潰し、慣れない敬語で答えるモヒカン、もといダンカンだった。
「くっそ、なんで俺がこんなこと……」
モヒカンは悪態をついてから、スポンジでこすったザルを巨大食器洗浄機で流す。
おばちゃんの旦那の鬼化を目撃した一件で、しばらくこのCOA機関に身を置くことになったものの、タダで置くわけにいかないらしく、人手の足りない厨房で働くことになったのだ。ケチな組織である。
しかもこの職場、めちゃくちゃ大変なのだ。いつもおばちゃんがのんびりカレーを作っていたからそんな感じかと思いきや、分単位で時間と戦う戦場のような場所だった。今やってる洗い場も昼前になるとずっと止まることなくボウルやザルがやってくる。ずっと水を触っていたせいで手がしわしわだ。
「おいモヒカン! ザル付いてんぞ! ちゃんと洗え!」
食器洗浄機で流したザルの汚れが取れていなかったらしく、苛ついたように返す先輩調理師に、モヒカンは舌打ちしてザルを奪い取る。
…ちょっと野菜が挟まってたぐらいで偉そうにしやがって、あの野郎……
「全員持ち場に付け、開店だ!」
□■□
「くっそ、やってらんねー……」
本来の休憩時間を20分過ぎて、ようやく休憩に入ることが出来たモヒカンは、食堂で帽子を脱ぐ。そして厨房出る時に受け取ったまかないにありついた。
ちなみにまかないは、俺の次に新人の少し年上のやつが作った野菜のありあわせチャーハンだ。腹減って疲れてるからか、結構美味い。
「ぷっ……ふはははは! お前っ、髪潰れてトサカ全部右によれてんぞ!」
「何ぃ!?」
「ははは! マジウケる! あ、前座るぜー」
このチャーハンの作り手である調理師がまかない持って爆笑しながら俺の向かいに座る。
「くそっ、見んじゃねぇ! 最悪だ! 俺様の自慢の髪が!」
だから嫌だったんだあんな帽子被んのは!
無理矢理料理長に被せられた帽子を恨めしそうに睨むモヒカンの向かえで男はスプーンを動かしながらじっ、と見る。
「お前、不良ってやつなんだろ? 何だってここに来たんだよ」
「あ? …成り行きだよ、鬼子と関わった俺が心配だから少しの間ここにいろ、んで暇なら働けってよ」
あと鬼子になったおばちゃんの旦那を見つけ出すため、というのもあるがそれは言わなかった。目の前の男はふーん、とてきとうに相槌をうちながらまかないをガツガツ口いっぱいに頬張っている。
「聞いてんのかよ」
「聞いてう聞いてふ」
「ふん……お前こそなんでここにいんだよ。……あー」
「んぐっ……ケインな、毎日一緒に働いてんだからいい加減覚えろよモヒカン」
「モヒカンじゃなくてダンカンっつってんだろ、お前こそ覚えろや」
スプーンを動かしながら互いに言い合い、男ーーーケインは考えるように宙へ視線を彷徨わせる。
「んー……俺も成り行き。さて、ごちそうさま! もう行くわ」
「えっ!? もう?」
「ごゆっくりー」
ほんの5分程でチャーハンを平らげ、ケインは皿を持って厨房へ戻っていった。…めっちゃ早食いだな
モヒカンはその後ろ姿を見送り、残りのチャーハンを食していったのだった。
■□■
「おい新入り、皿綺麗に落ちてねぇだろ。もっと丁寧にこすれって何度も言えばわかるんだよ」
午後、同じく食器の洗浄を担当している調理師が苛ついたように皿を洗い場に戻す。モヒカンはその調理師を睨みつけた。
「…食洗機使うなら落ちんだろこれぐらい」
「落ちねぇから言ってんだよ。汚れついた皿客に出す気かテメェは。洗い物しかしてねぇんだから完璧にやれ」
「だったらせめて違う事やらせろよ! 洗い物ばっかさせやがってよ!」
洗い場の水溜まりにスポンジを持った手を叩きつけ、水に溶けかけの泡が跳ねる。毎日毎日こんな仕事しかさせてもらえねぇし、なのに文句ばっかり言われるし……
視界の端にケインが映った。あいつは夕方に使う野菜を切っている。
「…お前さぁ」
皿突き返してきた調理師は呆れたように溜息を吐いた。
「やる気ないんだろ」
「…あぁ?」
「やる気ないやつに食材さわる資格はねぇ、さっさと洗い物やれ」
それだけ言うと調理師は自分の持ち場に戻っていった。
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