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~雨傘~   作者: 美鈴
35/63

第5話 ~夢追い人~ 5/6


「それじゃみんな、お疲れ様ーー!」


「「かんぱーい!」」


 カァン、と缶チューハイやお茶のコップをぶつけ合い、各々飲み物に口を付ける。舞台が終わり、片付けを終えた後、モヒカンを除く全員が機関の食堂に集まって食事をしていた。軽い打ち上げというか、お疲れ様会である。

 モヒカンは演劇の後、夕方から仕事だったようで、急いで食堂に戻っていた。


「にしても……ジョージ主役なのに目立ちませんでしたわね。最後に至ってはジュリアが主役でしたわよ」


 ミリアはお茶を飲みながらオムレツを食べ、うどんをすするジョージを見る。


「台本無視して乱闘始めたお嬢に言われたくねーですよ。誰のせいで台詞減ったと思ってんすか」


「だ、だってユグが!」


「心外だな、俺は台本通りにやった。"魔法使いと戦闘"と書いてあったからな」


「誰がガチ戦闘やれって言ったんだ」


 ジョージは呆れたようにミリアと一緒に軽く睨むが、ユグはどこ吹く風と無視して、煮物を食べている。

 ここの食堂、意外とメニューが豊富であり、ユグの食べている馴染みのない和食や、ミリアが好むオムレツなどの洋食が色々ある。今食べているうどんも馴染みのないものだが、あっさりしていて結構おいしい。


「ま、でもよかったじゃないか。子供達楽しんでくれたみたいだったしさ」


 リコリスが宥めるように笑って、チューハイを飲みながらナポリタンを食べる。微妙な空気を霧散させるようにポジティブに笑うリコリスに、ジョージは肩を竦めて笑った。


「ジュリアの演技凄かったしな」


 乗っかることにしたジョージは話題を変えてジュリアを見る。ちなみにジュリアは食事をしていない。食べ物を食べることは出来るが、鬼子には空腹がないらしく、紅茶だけ飲んでいた。


「ほんとですわ! あれアドリブでしょう? 何であんなにスラスラと……」


「ふふん♪ 長年の経験よ。舞台に立つならあれぐらい当然ね」


「へぇ、そんなに長くやってたのかい?」


「え? あ、まぁ……舞台に立ったのは、ほんの数回だけど……端役ばっかりだったし」


 リコリスの問いかけに、ジュリアは少し気まずそうに口ごもる。ジョージはその様子を見て箸を置いた。


「でも、子供の頃からずっと、って考えたら長年だろ」


「そう、ね。一応。………私ね」


 ジュリアは少し寂しそうに、話し出した。


「本当に、ずっと主演女優目指していたの。子供の頃からずっと舞台に立ちたくて、出来ることは何でもやったわ。だから、せめて……一度でいいから、叶ったはずの夢を夢で終わらせたくないの」


 ジュリアは食事を終えた様子のユグを見る。


「ユグ、私…あとどれくらいこのままでいられる?」


「………個人差はあるが、その様子だと半年ぐらいは大丈夫だ。科学部門の班長も言っていたが」


「そう………わかったわ」


 ジュリアは紅茶を一気に飲み干し、カップを置いて立ち上がる。


「だったら、うかうかしてられないわね!歌と踊り、あと発声練習に……あ、売り込みも必要ね。まず舞台に立てる場所を考えないと。やることが山積みだわ!」


 生き生きと楽しそうに指折り数えながら、ジュリアは忙しなくカップをカウンターに下げて戻ってくる。


「私もう行くわ! みんなお疲れ様、今日は手伝ってくれてありがとう!」


 そう言い残すと、ジュリアはダッシュで食堂を出ていった。入れ替わるように、モヒカンが調理用白衣のまま、帽子を取った状態でやって来る。


「よっ、お疲れー」


「おつー。仕事終わり?」


「いや、せっかく打ち上げやってんだから少しぐらい参加してこい、って言われたから抜けてきたぜ」


「へーいい人っすねーあのシェフ」


 モヒカンは、先ほどジュリアがいた場所に座る。リコリスは缶チューハイを渡そうとした手を引っ込めて、お茶を渡した。


「あのねーちゃん、もう帰ったのか」


「夢のためにやること山積み、だそうだ」


「……夢、ねぇ……」


 ジョージが話しつつ、うどんを食べ終わる。モヒカンはお茶を飲んで何か考え込んでいるようだった。ユグは食べ終わり、箸を置く。


「後悔が強ければ鬼子は死後の世界に行かず、この世界に留まる。ジュリアの様にな。彼女にとってその夢が余程叶えたい夢だった、ということだろう」


「…ちょっと、羨ましいかもね。あそこまで夢中になれるものがあるなんてさ」


「リコリスにはやりたいことありませんの? あれだけお金稼ぐの頑張ってるのに……」


 ミリアの純粋な疑問に、リコリスは苦笑いした。


「あれは……やりたいことっていうか…アハハ……まぁ、やることがないわけじゃないけど」


 リコリスは飲み干したチューハイの缶をテーブルに置いて、乾いた声で笑う。


「…さて、俺はもう行く。ジョージ、前回の給料渡すから一緒に来い」


「あ、はいよ。んじゃお嬢、また後で」


「ええ」


 ユグは食器をカウンターへ片付け、ジョージも付いていくように向かった。

 リコリスはその二つの背中を見届けてからチューハイ2缶目を空けて、パッとミリアの方を見た。


「ねぇミリアってさ、ジョージのこと好きだろ」


「ぶっふー」


 ミリアは飲んでいたお茶を吹き出して咳き込む。リコリスはニヤリと笑いながらテーブルを拭き 、その横でモヒカンが「あー、やっぱりな」と同じような笑みでお茶を飲んでいた。


「ちっ、違いますわよ! ジョージはただの付き人! それだけですわよ!」


「えーほんとかい?」


「ほんとです! リコリスあなた酔ってらして?」


「あたしがこんだけで酔うわけないだろ」


 事実、リコリスはまだ1缶半しか飲んでおらず、顔に赤みは差していなかった。むしろミリアの顔が真っ赤だった。


「わ、私には…そう、他に生涯の騎士がいますのよ」


「あぁ、あの金髪の騎士かい? 任務の時見たけど、あの人もかっこいいよねぇ。その人が好きなのかい?」


「…うーん、好きというか……彼の家と私の家は代々主従の関係があるので、好きとか関係ありませんし。あ、かといって嫌いではありませんけれど」


「じゃやっぱジョージじゃないか」


「ちっ違いますわよ!」


 ジョージの事だけむきになって否定しているので好きと言ってるようなものだが、ミリアはわたわた手を振って全力で否定する。リコリスは微笑ましそうにチューハイに口を付けて、モヒカンは訳知り顔で笑った。


「可愛いねぇーミリアは」


「ふっ、嬢ちゃん。恋は障害があるほど大きく燃え上がるもんだぜ」


「ちょっとあんたはうるさいから黙って」


 かっこつけた風の顔でそんなこと言うモヒカンがなんか腹立たしかったので、リコリスは軽く肘鉄を食らわせる。それからリコリスは対面に座るミリアの頭を撫でた


「きゃっ、ちょっとリコリス! あなたやっぱり酔ってるでしょう」


「酔ってないって。で? ジョージのどこが好きなんだい? お姉さんに教えてよ」


「違うって言ってるでしょう!」


 あたふたと抵抗するミリアは、隣でお茶を飲んでいるモヒカンに助けを求める。


「モヒカン! 何呑気にお茶飲んでますのよ! リコリス止めて下さる!?」


「いいじゃねぇか減るもんじゃねぇし。んじゃ、俺そろそろ仕事戻るから、ゆっくりしていけや」


「いや待って助けて下さいモヒカン! モヒカーーン!」


「モヒカンじゃなくてダンカンな」


 そう言い捨てて無情に立ち去るモヒカンに手を伸ばすが、完全に無視されてしまい、ミリアはリコリスにしばらく捕まってしまうのであった。


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