第5話 ~夢追い人~ 4/6
「それじゃみんな! 今度はさっきよりももっと、もーっとおっきい声で勇者ショウジを呼んでみようか! いくよー! せーのっ」
「「勇者ショウジーー!!」」
子供達が大きな声で呼んだ次の瞬間ーーー暗黒を感じさせるような不吉な音楽が流れ始めた。
「ハーッハッハッハー!! 残念だったなクソガキ共! 勇者ショウジは来ないぜ!!」
「「キャァァァ!?」」
ツノ付けた黒いマントの魔王ハゲヌールが邪悪な笑い声と共に舞台に登場し、子供達は悲鳴をあげる。横には姫役のジュリアが引っ張られるようにいた。
「俺様は魔王ハゲヌール!! この世界を征服し、ジュリ姫を妃に迎え、世界中の人間達をハゲに変える! そのために、今日はこの会場にわざわざ来てやったぜ!」
「キャァァァ! 助けてーー! この人自分モヒカンのクセに、世界中の人をハゲにして唯一髪の毛のある人になろうとしてるわ! 今ほとんどハゲみたいな頭のくせに!!」
「お前すげぇバカにしてくんな! ちょっと黙れ! お前真っ先にハゲにしてやるからな!!」
「助けてェェェ!! モヒカン魔王にハゲにされるーーー!!」
アドリブ混じりに魔王ハゲヌールをバカにするジュリ姫。リコリスはマイクを構える。
「大変だ! このままだとジュリ姫がハゲにされちまう! みんなもハゲになっちまうよ!!」
恐いのかよくわからない動機だが子供達は恐がってくれた。素直ないい子達だ。
と、その時ーーー声が舞台上を通った。
「そっ……そこまでだ!」
音楽が明るいアップテンポに変わり、魔王ハゲヌールの立ち位置の反対側から、青い旅装束に黄色いマントたなびかせた勇者ショウジが現れた。
「私の名、は勇者ショウジ! 魔王ハゲヌールを倒し……ジュリ姫を、救い出す者だっ」
「わぁぁぁぁぁ!!」
緊張しているようで、ジョージは台詞を若干たどたどしく言い放つ。先ほどの棒読みから考えればかなりの成長である。
子供達も歓声を上げていた。
「ああ! 勇者様! どうかお助けください」
「フハハハハー来たな我がライバルよ! だがお前に姫を救い出すことが出来るかな?」
「もちろんだ! ……というか姫を妃にするのだけはやめとけ、闇の兵器でキャスト全滅させてるから」
「闇の兵器!? 闇の兵器って何だ!?」
「勇者様ーそれ以上何か言ったら闇の兵器顔面に叩きつけますよ」
「すんませんでした」
困惑している魔王ハゲヌールの後ろからジュリ姫が思いっきり睨んできた。余計な口が滑ったジョージは、姫が怖くて一歩後ずさる。
「ふ、ふん! 貴様など俺が手を下すまでもない! さぁ来い! 我が忠実なる家来よ!」
魔王が杖を掲げて家来を呼び出す。後ろから紺色のローブを纏ったユグがぬるっと登場した。
「ヒャッハー! こいつは我がけら「フレイムショット!」えぇ!?」
「ギャアァァァァ!?」
台詞を遮って突然本物の火球を飛ばしたユグに、魔王ハゲヌールは目を剥いて驚いた。勇者ショウジは勇者らしからぬ悲鳴を上げて間髪で躱す。
「何すんだー!! そんなん台本になかっただろ!!」
「お前は馬鹿か。勝負に勝ちたければ、まず相手の思考の裏を読め。先手必勝は上策だ」
「これ演劇だろうが!! どこで班長スキル発揮してんだ!!」
「班長じゃない、俺は大臣グーユだ。気に食わないことに、このハゲのてし「何しますのよこの陰険眼鏡ーーー!!」」
役を忘れて大臣グーユに物申す勇者ショウジ。と、その瞬間、後ろから黒い簡素なワンピースにトンガリ帽子をかぶったミリアが、鬼のような形相で舞台袖から飛び出し、大臣グーユに杖を振り下ろした。大臣グーユは持っていた自分の杖で簡単に受け止める。
「おい、お前の出番はもう少し後だろう。台本を無視するな」
「あなたにだけは絶対に言われたくありませんわ! じゃなくて、あなた今の魔法私も狙っていたでしょう! 受け止めたお陰で私の髪が焦げましたのよ!!」
「災難だったな」
「何ですってこなくそォォォォォ!!」
ミリアは青筋浮かべて杖で殴り出し、大臣グーユは応戦する。魔法使いの杖なので少し違うが、ノイルとの訓練の成果が出ており、殴り方が少し洗練されている。どう見ても魔法使いの戦いじゃないけれど。
「おじょ……あ、いやちょっと落ち着いてくださいって!!」
「止めないでショウジ! 私は今からあいつの髪燃やして本当の魔王ハゲヌールにしますのよ!!」
「おおっと! 大臣グーユと魔法使いミミーア・デストリクスの一騎討ちになった! これはどちらが勝つか見物だよ!」
「あれ!? お嬢そんな名前でしたっけ!? 中二病?」
格闘技の実況のようなテンションで司会をするリコリスにジョージは役を忘れて素でツッコミを入れる。もうほとんど演劇の体もなしていないが、子供達は無邪気に笑ったり魔法使いと大臣の激しい交戦に応援したりと、意外と楽しんでくれているようだった。素直な子供達で本当によかった。
後ろに控えるドン引きの保護者勢は見なかったことにした。
と、その時ーーー魔王ハゲヌールの後ろから黒い影が迫った。
「はあっ!」
「ぐあっ!?」
突然鈍い音と共に魔王ハゲヌールは舞台上で気絶した。倒れる魔王の後ろでは、ジュリ姫が舞台用のレプリカの剣を手に立っていた。突然の出来事に全員呆気にとられ、戦っていた大臣グーユと魔法使いミミーア・デストリクスも手を止めた。
「…魔王討ち取ったり! 我が愛する王国に脅威をもたらす悪魔は、何があろうと私が許しません!」
台本にないアドリブの台詞を、ジュリ姫は剣を掲げて声高らかに言い放つ。その迫力にジョージはビリビリと肌が震えた。おそらく舞台上に立っていた全員が同じ感覚で。
「魔王よ! あなたはまた蘇るのでしょう。ええ、何度でも来るがいいわ! 私が生きている限り、王国をみすみす闇に落とさせはしません! 例え再び暗雲立ち込めようとも、私が必ず闇を振り払って見せましょう!」
わぁぁぁぁぁ!と子供達が再び笑顔で歓声を上げて盛り上がりを見せる。ジュリアのアドリブのお陰で、多少無理矢理でも何とか舞台として締まった。
ジュリアはリコリスに視線を向け、リコリスはニコッと頷いた。
「こうしてジュリ姫は、みんなの応援のお陰で見事魔王を倒し、王国に平和が訪れました。めでたし、めでたしー!」
子供達や何人かの大人たちから拍手を送られ、舞台上の演者達は礼をした。
こうして、舞台は終幕を迎えたのだった。
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