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~雨傘~   作者: 美鈴
31/63

第5話 ~夢追い人~ 1/6


「ふー、面白かったですわね」


「出来たばかりの劇団と聞いてましたが、面白かったっすね」


 フラバースの商業区にて、ミリアとぐーっと背伸びをして満足そうに笑い、ジョージは劇のパンフレットを開く。

 実は昨日リコリスが劇のチケットをくれ(飲み友の親父から金と一緒に巻き上げたらしい)小さな劇場でのお芝居をミリアとジョージは一緒に観に行ったのだった。一応ミリアは監視対象となっているが、ジョージがCOAに入ったことで二人での行動を認められた。


「なんか若い演者が多かったっすね」


「ええ、次世代を担う期待の若手演者が中心のお芝居だったようですわよ。

 新人であれだけ上手なんて、きっと監督がすごいのでしょう、みんな上手でしたわ。主役の女優がなぜか突然変わったみたいですけど……」


 興奮気味に話すミリアに、ジョージは相槌を打つ。と、その時ーーー


ドンッ


「きゃっ! …あ、ごめんなさい」


 自分程の背丈の女とぶつかってしまい、ミリアは軽く頭を下げ、女は短い茶髪を揺らして振り返る。

 すると、女は僅かにぼうっと姿がぼやけた。


「えっ?」


「……ねぇ、あなたの傘って………」


「!」


 茶髪の女は自分の様子に気付いていないようで、ミリアの傘に触れようとする。その時ジョージは女の正体に気付き、ミリアを後ろに下がらせた。


「お嬢、この人鬼子です!」


「えっ鬼子!?」


「えっ!? え? な、何、何なの一体…」


 よくわかっていない様子で狼狽える女に向けて、ミリアは傘を構える。これには流石に女もびっくりして後ろに下がった。


「いや待って待って! お願いちょっと話を聞いて! そんなつもりで呼び止めたんじゃないの!! 」


「それが最後の言葉でよろしくて?」


「よろしいわけないでしょ! ちょ、キャーー! 誰が助けてーー!! 変なチャラ男と傘お嬢におーそーわーれーるーー!!」


「誰がチャラ男っすか! ちょっやめろ騒ぐな! …あ、いえ、違うんです! ちょっとこの人頭があれで…」


「あ、あなたたち私の体のこと何か知ってるの? だったらお願い話を聞いて! 聞かないと騒ぐわよ! 一生後ろについていって騒ぎ続けるわよ!」


「たち悪いな! もう既にうるさいんだよ!」


 周りの人がちらほらと怪訝そうな目で見ており、流石に騒ぎになってきてしまったので、ミリアは傘を下げる。ユグにあまり目立つなって言われたので。


「…わかりましたわ、話ぐらい聞いてあげましょう」




□■□




 私はジュリア、20歳。

 子供の頃に舞台で見たお芝居がすごく素敵で、ずっと舞台女優を夢見ていたの。


 来る日も来る日も発生練習、歌、演技、踊り……なんでもやったけど、オーディションに全然受からなくて、せいぜい隅っこにいる大勢の一人。セリフも一つ二つの役ばかり。


 そんな! 私が! よ・う・や・く! 主演として舞台に立てることになったのよ!


「それなのに乗ってた馬車が谷に落ちて死ぬことになるなんてあんまりよーーー!! 私の夢が! こんなあっさり無くなるなんてェェェェェ!! あんまりだわァァァァァァ!!」


 近くのカフェにて、鬼子の女ーーージュリアはテーブルをダンッと両手で叩いて叫ぶ。号泣してる。向かえでミリアと座るジョージは微妙な顔で宥めた。なんだろう、すごく悲しい話な気がするのに、いまいち悲しくならない。


「あの、まぁ、元気だしてくだせーよ。夢破れて辛いかもしれませんが」


「なによその微妙な顔! バカにしてんの!? そんな慰めいらないわよチキショー!」


「そうですわよ! ジュリアの気持ちも少し考えなさいな!」


「なんでお嬢そっち側にいるんすか。感情移入早くね?」


 ヒステリック気味に指を差すジュリアにミリアは味方する。なんかつられて泣いている。ジョージは半眼でツッコミを入れると、ミリアはジュリアの手を両手でガシッと掴んだ。


「なんて辛いお話なの…! 私が必ず何とかしてみせますわ! だから、どうか落ち込まないで!」


「お嬢、もっかい言いますが感情移入早くね?」


「ジョージ! あなたも協力なさい!主の命令ですわよ!」


「いや、お嬢がそう言うなら協力しますけど……ジュリアさん、でしたっけ。あなた鬼子でしょ? 舞台に立って大丈夫なんすか?」


「それは…わからないわ。…だけど」


 ジュリアは、膝の上に置いた両拳をグッと握りしめる。


「ずっと舞台に立ちたくて努力してきたのに…こんなの死んでも死にきれないわ…」


 悲痛な様子で語るジュリアに、流石のジョージも少し心が痛くなった。…いずれにしても、ジュリアは鬼子だ。いつ自我を無くすかわからない。同情の余地はあるかもしれないが、放っておくのも危険ではある。

 それに、こちらが協力するとなると隠しておけるものではない。なら詳しい人物に聞く方が早いだろう。


「機関に連れていってユグに相談しましょうか」




□■□




 所変わり、ユグの執務室


「あんたら、ここがどこだかわかって連れてきてる? 鬼子を滅するCOA機関だよ? 鬼子連れてきてどうすんだい」


 リコリスは呆れ気味に目の前のソファに座る3人を見る。ユグも腕を組んで黙っている。


「わかってる。けど、鬼子に詳しいのはここだし」


「ジュリアは舞台女優ですの。だから鬼子になって消える前に主演舞台に立たせてあげたいのだけど、何かいい方法ありませんか?」


「無茶苦茶言うねぇ…」


 リコリスは片眉上げて唸る横で…ユグは杖を取り出してジュリアに向ける。


「!」


「ちょ、ちょっとお待ちなさいな! ユグ!」


 ジュリアは一歩後退り、ミリアが双方の間に入り手を広げる。ジョージはそのミリアの一歩前に出る。


「…鬼子は個人差はあるが、いずれ仮面を被り化け物になる。その女も例外じゃない」


 ユグはそう言うと杖を腰にしまい、ジュリアの方を見た。


「普通敵意を向ければ仮面を被ることがほとんどだが、まだのようだな」


「お姉さん、死んだのいつだい? 仮面が出たことは?」


「え、えっと……多分一週間位前よ。仮面なんて出たことないわ」


「じゃ最近だし、また鬼子にはならないかもね」


 リコリスとユグの反応にジョージは意外そうに聞いた。


「…放っておいていいってことっすか?」


「お前は馬鹿か、誰がそんなこと言った」


 ユグはジュリアの前に立ち、見下ろす。


「死んで間もない今、まだ悪意が強く出ていないから自我を保てているだけで、いずれ鬼子になることは避けられん。科学部門で検査を受け、どうするかはそれから決めろ。」


「検査って……」


「どれくらいで鬼子になるのか調べるんだ、もし体に合えば遅延する薬ももらえるかもしれないし、受けた方がいいと思うよ」


 ミリアが嫌そうな顔になる横で、リコリスは神妙な顔で考え込んでいるジュリアの肩に手を置く。


「…いいわ、受けてあげる。このままじゃ舞台になんか立てないもの」


「え、いいんですの? 何されるかわかりませんのよ?」


「あなた達にお願いしておいて、出来ないなんて言ってる場合じゃないわ。それに…」


 ジュリアは両手に握りこぶしを作り、強気にミリアを見た。


「私、舞台に立つためならなんだってやってきたの。こんなことに時間使ってる場合じゃないわ」


「へぇ、いい根性してるね。ジュリア…って言ったかい? よろしくね」


 リコリスの差し出した手に、ジュリアも強く応えた。……どんな検査なのかわからないのに、それでも夢のために強い意志を持って挑むジュリアを、ミリアはじっと見つめていた。


「…お嬢?」


「い、いえ、何でもありませんわ」


 ふいっ、とジョージから目を反らす。…何となく、ジュリアに負けた気がして、ほんの少し悔しかったのだ。


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