第4話 ~鬼子への変貌~ 7/7
夜ーーーミリアとジョージが寝泊まりしている客室にて、二人は各々が知ったことについて話していた。
「人が…あの化け物に?」
「はい」
「じゃあ私は…死んだ人と戦っていた、ということですのね」
「厳密には、死んだ人間の悪意が変貌したものだと言っていました。俺も昨日目の前で、死んだと言われていた人が鬼子に変わるのを見ました」
ミリアは横に立てかけてある傘に目を向ける。
「ならユグ達は、鬼子を消せるから私が必要ということなのかしら」
「…どうでしょう。それもあるでしょうが、まだ何かありそうっす。魔女のこと深く調べているようですし、研究したがってますから」
ユグは個人的に約束があるということだった。詳しくは教えてくれなかったが、明確な目的はあるようだ。
「あと、魔女の事も少し聞きました」
「あ、その話少しお待ちになって。私もわかったことがありますの」
ミリアはベッドサイドの小さなテーブルに置いてあった分厚い本を手に取る。
「それは…お嬢も持ってますよね。かなり古びてますが…」
「ええ、"魔女の旅の真実"…最初、歴史書なのかと思ったのですけれど、小説でしたわ。初代魔女アイリスの旅の事が書いてありましたの」
ミリアは本の表紙の上静かに手を置き、目を閉じる。
「"その昔、世界から人が絶滅しようとしていた。世界と人を救いたい一心で3人の若者が旅に出る。
ルシエル、シュレイヤ、そしてアイリスである。
世界と人を救うため、聖地に住まう神に会いに行く。
神に会った彼らは望む。明るく自由奔放で、皆から慕われているルシエルは、永遠の命を得て人の王となる。
冷静沈着で物静かなシュレイヤは、恋人であるアイリスのいる世界を護るため、神に転生する。
最後にアイリスは魔女となり、世界に魔法の理を広げ、人々の生活を豊かにした。
彼らが救った世界は、500年間で人が増え、繁栄し、平穏な時が流れた"」
小説の一部分のスラッと語ると、ミリアは目を開けた。ジョージは口元に指を当て、考える。
「俺がユグから聞いた内容と、ほぼ同じっすね。そのルシエルって男が初代フラバース王って話みたいっすよ」
「ええ…ただこれ、1000年前の話ですの。そこから500年平和で、そのあと何かが起きるみたいですけれど、全然解明されていませんのよ」
ミリアは手に持った本に視線を落とす。
「500年前…いったい何があったのかしら」
「…ユグは、初代フラバース王のルシエルと、魔女アリアが神に転生したシュレイヤを殺した、って言ってましたが…」
「どうしてかしら? アリアはともかく、ルシエルにとってはかつての仲間ですのに……」
ミリアはうーん…と呻きながら頭を捻る。横でジョージも一瞬考えるような表情になるが、すぐに止めた。
「さぁ、俺にもわかんねぇっす」
ジョージは背伸びしながら欠伸をかき、自分のベッドに横たわった。
「もう! 真面目になさいな!」
「でもこれ以上考えたってしょうがねーですし、わかんないこと悩んでもわかんないだけでしょ」
「…でも、私は……」
ミリアが言葉を止める。脳裏に、昨日のアリアの涙が浮かんだ。
「知らなければ、ならない気がしますのよ」
「…何かあったんすか?」
ジョージは目線だけ、ミリアに向ける。
「信じてもらえないかもしれませんけど……昨日、アリアに会いましたの」
「…500年前の、お嬢の先代の魔女に?」
「屋敷で鬼子と戦った時、私アリアの声を聞きましたの。その時と同じ声で話しかけられたから間違いありませんわ。
…それで、アリア…この本見て泣いてましたのよ。理由はわからなかったのですけど…」
脳裏にその時のことが浮かぶ。それが切なくて、心が締め付けられるようで、ミリアには知らないふりは出来なかった。
「ねぇジョージ。私、強くなります。強くなってあなたと同じぐらい、戦えるようになりますわ。だから…私、500年前何があったか、自分の目で確認したいんです」
「…ただの興味本意だけじゃなく、っすか?」
「…それは、わかりません……この気持ちがただの興味本意なのか……ううん、きっとそれだけじゃありませんわ」
ジョージを護ると言った時の感覚に似ていた。やりたいというより、やらなければならないような…謎の使命感。
「…いいんすか? レグナムル家にすぐ帰らなくて。」
ジョージは体を起こしてミリアを見上げる。
「お姉様には心配をかけてしまうかもしれませんけど…でも、私がそうしたいの。…だからジョージ」
ミリアはジョージと目線を合わせるように、その場で正座した。
「私に、付き合ってほしいですわ」
「…何今さら改まってんすか。俺がお嬢から離れるわけないでしょ」
ジョージは殊勝な態度のミリアに小さく笑い、頭を撫でる。何となく恥ずかしかったため、ミリアは口を尖らせた。
「だって…あなただって、今までの生活が出来なくなるのかもしれませんし」
「俺は元々家がなくてもどうにでもなるんで、どこだって変わんないっすよ」
「ホームレスでしたものね」
「いや、そうじゃないっすけど」
「女の子の家に転がり込んで、ヒモ生活のチャラ男でしたものね。………」
ミリアは自分で言ってから何となく腹が立ち、ジョージが何か言う前にビンタした。
「いってぇ! 何で叩くんすか!?」
「何かムカつきましたのよ」
「理不尽か!! 自分で勝手に言ったんじゃねーですか! そんなことしてませんし!」
あまりの仕打ちに、ジョージは叩かれた頬を押さえてツッコミを入れる。それから少し冷静になって、さっきの話を続けた。
「お嬢に付き合うのはいいんですけど、でも一度レグナムル家には帰った方がいいっす。ユミル様絶対心配してますし。」
「…それは、そうね」
「今の事も、反対されるかもしれねーですけど、ちゃんと話すべきです。俺も一緒にいますから」
「わかりましたわ。…ありがとう、ジョージ」
「いえいえ、んじゃ寝ましょう。夜更かしはお肌に悪いらしいんで」
「あなた、お肌気にしてましたの?」
「俺じゃねーよ、お嬢の話ですよ」
噛み合わない会話に半眼でツッコミを入れて修正し、ジョージは今度こそベットに潜り込んだのだった。
□■□
次の日の朝、ミリアとジョージは朝食を食べに食堂に向かっていた。
「ふぁ…少し寝不足ですわ」
「お嬢、昨日寝る時間遅かったっすからね」
「うぅ…瞼が重い……」
ミリアはしぱしぱと瞬きを数秒毎に繰り返し、目を擦る。その間に食堂の入り口に付き、ジョージは立てかけてある看板を見た。
「今朝のオススメはっと……カレーですね」
「…あら、いいですわね」
眠そうにしながらも、少しテンションが上がったミリアと一緒にジョージは中に入り、声をかけようと厨房を覗く。
「すいませーん、カレー2つ………」
そこで言葉が止まってしまった。
モヒカンがいた。似合わない白衣着たモヒカン頭がそこにいた。
皆髪の毛落ちないように白い帽子被ってるのに、鶏のトサカみたいなモヒカンさらしてるアホが目の前にいた。
「………………」
「………………」
「…………何だよ」
「すいません、間違えました」
「間違ってねぇよ! 何が言いてぇんだテメェら! カレー2つ注文でいいんだろコルァ! 食ってけよ!」
帰ろうとしたがモヒカンに襟を捕まれ、ジョージとミリアは一緒にため息を吐く。
「あなた何でここにいますの? あの街でオラオラしてたじゃありませんの」
「オラオラってなんだ!? 昨日鬼子の話聞いちまったせいで、しばらくここにいろって言われたんだよ! 住み込み働きでな」
「驚くほど白衣似合ってねーですよ。せめて帽子被ったら?」
「嫌なこった、あれ被ると自慢の髪型が崩れるからな!」
モヒカンが腕を組んで鼻を鳴らしたその時ーーー
「コルァァァ! サボってんじゃねぇ新人コノヤロー!」
「ギャーー!?」
がたいの良い男に(料理長だったらしい)後頭部バチコーン叩かれ、モヒカンは涙眼で引き摺られる。
「朝は戦場だ。初日からサボれると思うなよ小僧が。早く調理帽被ってこい」
「いや、髪が…」
「あ?」
「す、すんませんっした!」
モヒカンはダッシュで裏へ走る、途中他の調理師の「走んじゃねぇ! 危ねぇだろ!」という声が聞こえた。
「やれやれ…あ、カレー2つかい?」
「あ、はい」
「了解! 少し待っててくださいね」
料理長は人の良い笑みを浮かべてすぐに厨房の奥へ入っていった。
「…………とりあえず、座りますか」
「そうですわね」
数分後に戻ってきたモヒカン頭は、髪型の潰れる調理帽を被っていたがやはり全く似合わなかった。
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第4話完了!次回からずっと書きたかったサイドストーリー書きます。
またしばらく更新滞るかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。




