第4話 ~鬼子への変貌~ 5/7
子供の頃の、夢を見た気がする
あいつが、クロバナがいなくなった日の夢
「おはよう、ジョージ」
5年前、俺が13歳の時、あいつは早起きで俺は少し遅く起きていた。
クロバナはエプロン付けて目玉焼きを皿に移していて、笑った。その人懐こい笑顔で皿をテーブルに並べる。寝起きの不機嫌さを隠さずに、俺はいつも通りテーブルの前に座った。…すると、クロバナは俺の頭の上にポンと手を置いた。
「…クロバナ?」
「…………………」
最近、よく何も言わずに俺の頭に触れていた。見上げようとすると、目隠しされてウザったかった覚えがある。妙に力を入れてるから首は動かないし。
…まぁ、クロバナはスキンシップの多いところがあったから、あまり気にはしていなかったが。
最後にぐしゃぐしゃっと髪を撫でてから、クロバナはいつもの向かえの席で、手を合わせて目を瞑る。
「いただきます」「…いただきます」
俺も少し遅れて一緒に言い、朝食にありついた。
いつもの朝、いつもの光景、いつもの匂い。
全ていつも通りだった。
長めの仕事に出るから、戸締まりするように言い残して
それだけ言って、家を出ていった。
いくら待っても帰ってこなかった。
□■□
「……………」
就寝していたテントの中、ジョージはゆっくり起き上がる。見張り番の交代の間の仮眠で随分懐かしい夢を見たものだ。
…あと1時間程で自分の番であるが、せっかく目覚めたので交代代わろうか、とジョージはテントを出る。そこには見張り番のユグが焚き火の前に座っていた。
「どうした、交代にはまだ早いが」
「ちょっと目が覚めたんで、交代代わろうかと」
「別にまだ寝ててもいいが。時間には早い」
「俺一回起きたら寝られないから、代わってくれ」
ジョージはそう言ってユグの向かい側に座る。ユグは軽く息を吐いた。
「あまり、はりきり過ぎるなよ。休める時に休んでおけ。任務の時使い物にならなくなっては困る」
「新人はガンガン仕事してなんぼでしょ」
「お前の本来の任務は、魔女を護ることだろう。見張りにそこまではりきる必要はない」
ユグは休ませようとジョージの申し出を断ろうとする。……うーん、なら
「…じゃ、いくつか聞きたいことあるから、話聞いていいか?」
どうせ寝ようとしても眠れないし、それならユグに色々話を聞いておこうと思った。ギタージュの言っていた魔女や神様とやらの事。
「休めと言ったんだが……まぁいい、なんだ」
「魔女って何だ?」
「……魔女、そうだな」
ギタージュは昔、人の王と魔女が神を裏切り、殺したと言っていた。ユグも何か知っている素振りを見せていた。お嬢の為にも聞かなければ。
「今から約1000年前、3人の若者が聖地を目指し旅をした。後の魔女の女と神、そして初代フラバース王だ」
「初代フラバース王?」
「あの国を興したそうだ。真偽のほどは定かではないがな」
「どういう意味だ?」
「初代フラバース王は、500年かけて国を興したとされている。500年生きたらしいな」
突拍子もない話である、だが数日前のような胡散臭さは何故か感じなかった。…本当の話だろうか
「どうやってそんなこと……」
「一度死んで鬼子となった。この説が有力とされている」
「鬼子になったら、あの仮面のモンスターになるんでしょ? 人の王様になれるのか?」
「鬼子は人が死んですぐに変貌するわけではない。しばらくは死んだ時の姿のまま人の世をさ迷っている。鬼子への変貌の期間には個人差があるが、一分で変貌するやつもいれば数十年かかるやつもいる。あの男のように従鬼術を使われない限り、急に変貌することはない」
「じゃあそのフラバース王は、500年も鬼子にならずに国を創ったって事か……」
「悪意となる感情が非常に薄かったか、相当強い意志を持っていたか、あるいは両方か、だろうな」
聞けば聞くほど途方もない話である。だがユグのいつもの無表情は真剣だった。
「話が反れたな、魔女についてだったか」
休めと言っていたが、ユグは忘れたように話を続ける。結局思惑通りの展開になっていたが、ジョージも時間を忘れて聞いていた。
「今の文明の基礎を造った一族だ。初代の魔女アイリスは魔法を人に伝え、広げ、初代フラバース王と共に国の創成に関わったそうだ。今の電気や水道、生活の基盤の土台を創ったと言われている。歴史上初めて魔法を使ったとされる、最古の魔導師だ。1000年前になるな」
「そんなすごい一族だったのか、お嬢が…」
「そして、次代の魔女が生まれたのがその500年後、魔女アリアだ。
ギタージュの言っていた神殺しを行ったのが、彼女と初代フラバース王だな」
1000年前、魔女アイリスが文明の基礎を造り、人の生活を豊かなものにした。その500年後に生まれた魔女アリアは、フラバース王と共に何らかの理由があり、神と言う名の先代魔女の仲間を殺した。
要点をまとめるとこんな感じか。
「だが、俺達は魔女についてわからない事が多すぎる。この時代において急に魔女が目覚めた理由も、500年前の神殺しの真意も」
肝心なところは分からないようだった。多分嘘は吐いていない。
ジョージが考え込むように口元に、拳の人差し指を当てる。ユグはその一瞬の間を置いて言い放った。
「だから、俺達には魔女が必要なんだ。」
前にお嬢を連れていこうとした時のような、感情の読めない無表情でこちらを見据える。
「俺達は500年前に何があったのか、知らなければならないんだ。…それには、彼女の…ミリアの協力が必要だ。どうか検査を受けてもらいたい」
ユグは無表情だが、目だけはこちらを見据えていた。ユグはあまり感情の読めない男だが、本気で言っているように思えた。…ただ、その本気の中にまだ何かありそうな気がした。
「…もうひとつだけ、聞いていいか」
その様子が気になって聞いてみると、ユグは頷いて質問を促した。
「ユグ、あんた自身の目的は? ただ研究したいだけじゃないんだろ」
ただの興味本意ではない、何か明確な目的があって魔女の研究をしようとしているのは明らかだった。じゃなきゃあんな真剣に話したり出来ない。
そう感じたジョージはユグを目を見返す。
「……約束がある」
「約束?」
「必ず助けると、昔……親友と約束した」
「親友…ノイルさんか?」
「いや、昔死んだもう一人の親友だ」
「…あんた…まだ親友がいたのか……」
「おい黒焦げになりたいのか貴様」
めちゃめちゃ失礼な反応に、腰に下げた杖に手をかけそうになっており、ジョージは慌てて止める。あんな魔法食らいたくない。
「助けなければならないやつがいる」
「誰だ?」
「………」
ユグは何も言わずに、軽く息を吐いて立ち上がる。……聞きすぎてしまったのか、これ以上言うつもりはないようだった。
それからユグは、テントに向かう途中で飴玉を5、6個渡してきた。
「見張り頼む」
「何だこれ?」
「まだ俺の見張りの時間だからな。その分の埋め合わせだ」
ユグはそう言うとさっさとテントに戻っていった。…別に早く起きたから交代を代わるってだけだと言ったのに……しかも何だかんだ2、30分話に付き合ってくれた。生真面目というか、意外と律儀な男である。
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