第4話 ~鬼子への変貌~ 4/7
洞窟を抜け、外に出るとすっかり夜になり、三日月が見えた。今夜はここで夜営である。
「薪いるでしょ、俺行ってきますよ」
「あ、ならあたしも行こうかね。ユグ、留守番よろしく」
ジョージは夜の森の中に消え、リコリスもそれを追いかける。ユグはその様子を見送り、岩に腰かけた。反対側にはモヒカンが地べたに座っている。
「…なぁ、あのモンスターの事だけどよ」
「鬼子だ」
「そうそう、それ。おばちゃんの旦那がなっちまったやつ」
モヒカンは一度目を反らして、再度ユグの方へ視線を戻す。
「旦那は…まだ生きてるってことか? その、鬼子として」
「……鬼子は死んだ人間の悪意や後悔から生まれる。あの男はおそらく、まだ完全には鬼子になっていなかったが、無理やり術をかけられ、自我を失う鬼子となった。お前の言うとおり、鬼子としてなら生きてはいる。
だが、あれはもう人ではない。死んだ人間の遺した悪意の塊だ」
「助けられねぇのか? どうにか、あの金髪のガキから解放すれば……」
モヒカンの言葉に、ユグは視線だけ外す。
「解放しても、家族の元に戻ることは出来ない。完全に仮面に覆われたということは、完全な鬼子となったということだ。…家族が悲しむだけだ。やめておけ」
「…はぁ~~」
モヒカンはため息を吐いた。
「生き返るとかねぇのは、わかってっけど…一目でも会わせてやりたかったよ」
「鬼子の存在以前に、死人を死人の家族に会わせるのはどうかと思うがな」
「へぇ、あんたみたいなのでもそう思うのか。死人にあまり感情移入とかしねぇと思ってたぜ」
「一般論だ」
ユグは感情の読めない無表情で水を飲んだ。モヒカンは自身の刈り上げた後頭部に頭を組んで仰け反る。
「たとえ会わせらんなかったとしても、旦那は助けてやりてぇな。少しでも、おばちゃんの恩に報いてぇ」
モヒカンは拳を握る。あの鬼子となった男を解放したいという強い意志を感じる目だった。それを見て、ユグは水の入った水筒を地面に置いた。
「そうか、なら話が早い」
「あ?」
□■□
ジョージとリコリスは夜営場所が視認できる程度の場所で、乾いた木切れを拾っていく。
「さっきのユグの言葉、あまり気にしないどくれよ」
「うん?」
ジョージは薪を拾う手を一端止めて、唐突に切り出したリコリスを見た。
「ほら、死にたがりとかってやつ」
「…あぁ、別に何ともねーですよ。気にしてませんから」
そもそも、何故あんなこと言われたのかわからないのに、気にする理由があるわけない。…ただ、頭から離れないだけだ。
"お前は死にたがっているのかと思っただけだ"
そんなわけがない。死にたいと思って戦ってなどいない。…組織に居た時だって、危険な任務は多かったが死にたいと思ったことなど…ない。
数秒考え込んでいると、リコリスは軽く笑った。
「どうかしたっすか」
「…ユグは多分、ジョージが一人で戦うような事してたからあぁ言ったんだと思うんだ。」
「いやいや、みんなで戦ってたじゃないですか」
「いいや、あんた少しあるよ。そういうとこあった」
リコリスは笑みを浮かべながらも、真剣な顔でジョージを見る。
「一応あたしもユグも、敵か味方かって言ったら味方だからさ。少しくらい頼ってもいいんだよ」
リコリスはジョージの腕の怪我へと視線を移す。あの巨人の鬼子が石つぶての乱射で負わせた怪我である。…ジョージが一人猛攻をかけ、畳み掛けていた時の怪我だ。
ジョージは頭をかいて、居心地悪そうにリコリスを見た。
「頼ってないつもりは無かったんすけど……なんか、すいません」
「いいや、いいんだ。ジョージ分かってなさそうだったから、あたしが言いたかっただけ! 謝る必要はないさ」
リコリスは立ち上がり、拾いすぎてしまった薪を抱え直す。
「さっ、そろそろ戻ろうか。こんだけあれば、今晩は十分だろ」
「そっすね。…あの、リコリス。ありがとうございます」
「いいよ、別に。あと、その言葉遣いも止めていいよ」
「あ、そうか?、じゃわかった、ありがとう」
「順応早くない? あんた我慢してたのかい?」
「いやーずっとお嬢様といたから敬語どうしようかと思ってたんだ」
「あんたのは敬語っぽくない敬語だったけどね。間違った敬語っていうか」
「されど敬語」
「いや、敬語じゃないんだって」
リコリスは緩くツッコミを入れつつ、二人は拠点へと戻っていった。
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