第3話 ~踏み出した一歩~ 5/7
「…貴方達、一体何者ですの?」
「君はバカか? 昨日話しただろう、もう忘れたのか」
「あなたいちいち鼻に付きますわね! 覚えてますわよ! そうじゃなくてこの本!」
ミリアは手に持つ"魔女の旅の真実"という題名の本ををユグに差し出した。
「私、これでも魔女の話に関してわからない事は何一つないぐらい頭に入ってますの。でもこの本の内容、私の知らないことばかり書かれていますわ。一体どこでこの本を?」
「それは王宮から借りている本だ」
「お、王宮!?」
まさか王宮の本とは思ってなかったミリアは思わず本と取り落としそうになり、慌てて拾い上げる。
「大切に読むといい。君は魔女の事をもっと知るべきだ」
「…わかりましたわ」
ミリアが続きを読もうとしたその時ーーー部屋のドアからノック音が聞こえ、1拍置いて開いた。
「失礼します! ワーグナー班長、指令長から任務の説明があります。会議室までお越し下さい」
「俺は魔女の監視をしなければならない。悪いが来てもらうように伝えてくれ」
「え? いや、しかし…」
「呼んだか?」
目の前の男の背後から大柄の男が顔を覗かせる。
「し、指令長!」
「あーあー、まままま、楽にしていいから」
現れたがたいのいい男は人好きのするような笑みを浮かべて手を上げる。それから部屋の奥にいるミリアの姿を悪意のない笑顔で言い放った。
「お、君が魔女か! 思ったよりちっこいなぁ」
「は? ちょっとあなたいきなり何ですのよ。ユグ、このゴリラみたいな方は誰?」
「この機関の指令長だ。ゴリラみたいだが気にするな」
「失礼だなー親友に向かってそりゃないんじゃないの? 初めまして、ノイル=バッカスだ。よろしくミリア嬢」
ノイルは手を差し出すが、ミリアは握手に応じるよりもノイルの顔を目を丸くして見上げた。
「この嫌味眼鏡に親友なんていましたの!?」
「お前ほんと正直にものを言うな」
「嫌味眼鏡……プッ」
「笑ってないで任務の説明をしろ馬鹿」
ひとしきり笑い終わると、ノイルはドアを閉めて、ユグに向かって言う。
「任務の説明だが、北東の洞窟に鬼子、もしくは魔鬼がいるとのことだ。行ってきてくれ」
「今回送り子は?」
「いない、前雇った奴には都合がつかないと断られた」
「なら、いつも通り退避だけさせる。俺とリコリスと…」
「あと、ジョージ君も連れていけ」
「えっ!?」
ミリアはノイルの言葉に訳がわからないというように睨み付ける。
「ちょっと! ジョージはこの組織の一員じゃありませんわよ! 何でこの眼鏡の任務についていかなきゃなりませんのよ」
「俺達は魔女の保護が義務だが、ジョージ君はそのことに関係ない。彼もここにいるつもりなら、俺達の機関に入ってもらいたい」
「…まぁ、それが一番かもな」
「なんでそうなりますの?」
ノイルの説明では納得いかないようで、ミリアはユグに食って掛かる。
…魔女はともかく、ただの一般人をかくまうことに周りが納得するわけないとか、名目でも自分の部下ということにして任務に同行させれば一応納得してもらえるだろうとか、様々な理由があったが、面倒なので一言で済ませた。
「大人の事情だ」
「私ももう大人ですわよ」
「どう考えても子供だろうがお前は」
今日一番の感情こもった言い草にミリアはユグにパンチかますが、片手で受け止められる。そんな様子をノイルは和やかに笑う。
「なんだ、お前怖がられてるとか言ってたけど、仲良くやってんじゃん」
すると、ノイルの背後からノック音が聞こえた。
「ただいまーユグ。ってあれ、指令長お疲れ様です」
リコリスがジョージと一緒に帰って来た。リコリスはノイルに軽く会釈し、ノイルは片手を上げて応える。
「ジョージ聞いて! このゴリラ貴方を仲間に加えるとか言ってますのよ! ゴリラの仲間ですわよゴリラの!」
「退化じゃないですかやばいでしょ」
「いや、俺人なんだけど」
初対面の相手にまでゴリラ扱いされたノイルは、咳払いして話を進める。
「初めましてジョージ君。君に相談があるんだ」
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「…ユグ、あんた…親友がいたんですね」
「何本気で驚いているんだお前は。失礼なやつだ」
目を丸くして見るジョージに、ユグは腕を組んで呆れたように息をついた。それから、ジョージは再度ノイルへと向き直る。
「まぁともかく、話はわかりました」
ノイルから聞いた話を頭の中で整理し、ジョージは少し考える。
…受けた方がいい話だと思った。おそらく俺がここにずっといるのは体裁が悪いということだろう。ユグ達はともかく、周りの人間はお嬢がいることでさえいい顔していないようだったし、後々面倒になりそうだ。
「俺にとって優先させることはミリア様の安全です。だから何かあればレグナムル家を第一に考える。それでよければ受けます」
「わかった。レグナムル卿の約束も彼女の保護だからな。これからよろしく頼むぜ、ジョージ=ルータス君」
ノイルの差し出した手に、ジョージも手を出し握手に応じる。
「ジョ、ジョージ。本当にいいんですの?」
「いや、まぁ大丈夫でしょ。俺結構強いと思いますし」
「でも、危険なことじゃなくて? 命の危険とか」
ミリアの心配そうな問いに、ノイルは少々苦い顔で答えた。
「まぁ、確かに危険な仕事もあるし、死人が出たこともある。危なくないとは言いきれないし、命の保証も出来ない」
「まぁ、死んだらその時はその時っすよ。お嬢はあまり深く考えなくていいですって」
ジョージは宥めるようにミリアの頭をぽんぽん叩く。が、ミリアはジョージを睨み付けた。
「…何ですのよそれ」
「へ? …っぐほぉ!?」
ミリアから一発鳩尾に食らい、結構痛かったのかジョージは苦い顔で押さえる。
「な、何で…?」
「…ま、今回はそこまで危険な任務じゃないし、ユグとリコリスが付いてるから大丈夫だろ。
じゃっユグ、後は説明頼むぜ。」
わけがわからないように首を捻っているジョージを尻目に、ノイルは片手を上げて部屋を出ていった。
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