第3話 ~踏み出した一歩~ 1/7
1年前―――
「…なんだ」
レグナムル家屋敷にて、廊下を歩いていたジョージは不機嫌そうに振り返る。その先には誰も歩いてはいないし、一見自分以外は誰もいない。
呆れたように息を吐くと、ジョージは大きな柱のある場所まで戻った。
「きゃっ!」
柱の影で、ミリアは頭を押さえてしゃがみこんでいた。見つかった恥ずかしさからか顔が赤い。
「俺に何の用だ」
「…あなた、それが主人に対する態度ですの? 付き人ならもっと付き人らしくなさいな!」
ミリアはしゃがんだまま強気に言い放つが、ジョージに睨まれてしまい、反対側の柱の影へ走り、顔だけ出す。
「あ、あなたなんて怖くないんですから! 私に何かしたらひどいですわよ! グーパンチですわよ!」
「用がないなら行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」
ミリアは慌ててジョージを追いかける。いや、ジョージの言うとおり用といった用はないのだ。
―――レグナムル家屋敷にジョージが雇われてから3日経ったが、まったく馴染める気がしない。
なにせこの男、怖いのだ。睨んでばかりでいつも怒ってるような話し方をするし。
…しかし
"今日から、あなたの付き人として雇ったの。ジョージ=ルータスよ"
自分にとっての初めての付き人…絵本や小説で描かれていたかっこいい付き人にずっと憧れていた。だから、ジョージを紹介されたときすごく嬉しかったのだ。
何とか話がしたいのだが…何を話せばいいかわからない。初対面の人と話すだけでも緊張するのに、こうも怖くては話し方がわからない。
「(見かけだけはかっこいいのに……)」
何も言わない茶髪の頭を見上げて、むー、と口を引き結ぶ。ミリアは精一杯頭を回して何とか話しかけてみた。
「あなた、魔女の旅という本は知ってまして?」
「知らない」
頑張って探した話題が一瞬で終わる。
こ、この男…! せっかく私が話しかけたのにめんどくさそうに…!
ミリアはムッと睨み付け、本を取り出す。
「あらそう、じゃ貸してあげるから読んでみなさいな」
「興味がないな」
「興味がなくても読んでくださいな。はい、どうぞ!」
ミリアは本を押し付け、ジョージはしぶしぶ受け取った。
「子供かあんた」
「うるさいですわよ」
ミリアは脇腹にグーパンチかました。直後、はっとしてすぐ手を引っ込めた。ついやってしまった。
ミリアは怒られるかと構えたその時―――
「ウチに新しく入った使用人だけどさー」
「あーあの怖い人?」
階下から話し声が聞こえた。声を潜めているつもりなのだろうが、一階から二階は吹き抜けになっているため、筒抜けだった。
…噂話? ジョージのこと?
「そうそう! なんか目が合う度睨まれてさぁ。一緒に仕事するのしんどいんだよね」
「わかるー。ユミル様何であんな人雇ったんだろう。即日で雇ったみたいだし……確かにそこそこ仕事はできる感じだけど」
「あんなチンピラみたいな人即雇うとか怪しくない? 噂じゃやばい組織にいたみたいだし?」
ジョージは何も言わず目を反らした。怒っているのかと思い見てみると、諦観しているような、どうでもよさそうな表情であった。
…何故かわからないが、ミリアはそれが気に入らなかった。
「えー! なにそれ怖ーい。もしかしてユミル様って、その組織と繋がってたりして…」
「ユミル様って若くして当主になったけど…なんか騎士団だけじゃなくて変な組織と繋がってるって噂だし……」
ここまで聞いた瞬間、ミリアは階段まで駆け出した。
「あなたたち! いい加減になさいな!」
ミリアは大声を張り上げて階段を下りていく。噂話をしていたメイド二人は驚き、苦い顔で笑う。
「ミ、ミリア様どうかされましたか?」
「今の全部聞こえてましたわよ! お姉様は悪いこと何もしてませんわ! ジョージだって怖いところもありますけれど、でも!」
ミリアは言葉を切って、一呼吸置いてから更に続けた。
「人のことを陰でこそこそと話すあなたたちはすごく嫌な感じですわ! 不愉快です! 今すぐジョージに謝りなさい!」
「…おい」
いきり立つミリアを宥めるように、いつの間にか隣にいたジョージは肩に手を置いた。ジョージの登場にメイド達はげっと顔をひきつらせた
「もういいから、落ち着け」
「何で? あなたのことをでしょう!」
「だからだ、もういいから」
さっき見た様な諦めたような表情でゆっくり諭され、ミリアは何も言えなくなってしまった。
メイド二人は気まずそうにそそくさと逃げ出してしまった。
「あんな悪口言われてどうして何も言いませんのよ」
「あんなものほっとけばいい」
そう言ってジョージはさっさと立ち去ろうとするが、ミリアは素早く回り込んだ。
…気にならないわけない、顔に出さなくたって…悪口聞いたら傷つくに決まってる!
「どうして怒りませんの? 陰で悪口なんて陰湿なこと、嫌に決まってますわ! 怒っていいでしょう」
「何であんたが気にするんだよ。俺のこと怖いとか言ってたくせに」
「こ、怖くたって……あなたは私の付き人ですわ! 私が嫌なんですのよ。あなたが他人に悪く言われるのが」
この時初めて思った。変な正義感のような使命感のようなものだったと思う。
「決めましたわ、私はあなたを護ります」
「は?」
「あなたを悪く言う人がいたら怒りますし、傷つける人がいたら殴ってやりますわ」
ジョージが自分を護らないのなら、私が護る。ジョージが怖いという気持ちはなくなっていた。
「…何で俺が護られなきゃなんないんだ? 普通逆だろ。俺の主人があんたなんだから、俺があんたを護るんだろ?」
「それはもちろんですわ。だけど私にはお姉様もキョウも付いていますもの。私は色んな人に護られるけれど、あなたを護る人は今のところ私だけでしょう? だから私が護ってあげますの」
腕を組んでどや顔で言い放つ。ジョージはため息をを吐いて今度こそ立ち去ろうとする。
「…子供に護られるのもな」
「なっ、来年大人になりますわよ!」
ミリアは噛みつくようにジョージを追いかけ、その横顔が見えた時、足を止めた。
優しい顔をしていた。少し笑っていたようにも見えた。
「? なんだ?」
「…ねぇあなた、今日仕事が終わったらちょっと私に付き合ってちょうだい」
もし私に付き人が出来たら一緒に行きたいと思っていた場所があった。昔お姉様に連れていってもらったひまわり畑。私の大好きな場所。
ずっとジョージとうまく話せていなかったから、行くつもりはなかったけど、今なら一緒に行ってもいいと思った。
「サビ残か?」
「さび山? 何言ってますのよ山じゃありませんわよ」
「あんたが何言ってんだ?」
ミリアの謎の発言に呆れたように半目になる。するとミリアはしおらしく眉根を下げた。
「……ダメ、ですの?」
「……はぁ、まぁ…わかった。終わったら付き合う」
仕方ないといった様にジョージが了承すると、ミリアはパアッと笑顔になった。
…あの場所に連れていったらどんな顔するだろうか。気に入ってくれるだろうか。もしかしたら、さっきの顔がまた見られるかもしれない。
「約束ですわよー!」
立ち去る背中に向かって、ミリアはウッキウキで手を振ったのだった。
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