第2話 ~カレーライスとCOA機関~ 5/6
「う…………」
ジョージが目を覚ましたとき、窓から差した太陽が直接当たっており、非常に眩しかった。目を薄く開けたまま眠っていた場所を確かめると、見知らぬソファの上だった。…いや、それより
「お嬢!」
「目の前だ、落ち着け」
どこかから聞こえた声の通り、ミリアは対面側のソファに横たわっていた。日が差す方向のため起きたとき気付かなかった。特に怪我をした様子もなくすやすや眠っているミリアを見てとりあえず安心した。
「見かけによらず落ち着いてるかと思ったが、そうでもないな」
先程の魔導師の男が少し離れた一人用のデスクに座っていた。…どうやらさっきの戦いで結局お嬢と二人連れてこられたらしい。
「さっきは悪かったな。幽鬼の連中がうろついていたから、あまり長居は出来なかったんだ。見つかる前にお前たちを保護できて良かった」
男は無愛想に言ったが、森にいた時よりも雰囲気が柔らかい。嘘は無さそうだった。武器も奪われていないし
「いや、こちらこそ。本当に保護だったとは……疑ってすみませんでした」
「付き人の立場なら、あれくらい普通だ。それも狙われている身ならなおさらな」
「…狙われている?」
まさか、屋敷にいた連中が…?
ジョージは先日襲い掛かってきた青いマントの連中を思い出す。
「聞きたいことは山程あるだろうが、彼女が起きてからにしよう。二度説明は面倒だ」
そう言って男はあめ玉を投げて寄越した。グループ味である。
すると、部屋のドアが開いた。
「ユグー、頼まれてた資料持って来たよー」
本を数札小脇に抱えてテンガロンハットをかぶった女が入ってくる。…って
「あー! あの時のお姉さん?」
「お、覚えてたんだねぇ。久しぶりー」
入ってきたのはルイールの街でナンパにあっていた女だった。女はにこやかに手をヒラヒラさせつつ、男ーーーユグというらしい男の机に資料を置いた。
「なんだ、お前たち顔見知りか」
「うん、お祭りのテンションでナンパされたのさ」
「あれ!? そんな認識!? 助けなかったっけ?」
むしろナンパから助けたはずが、残念な印象を持たれてしまっており、ジョージは軽くショックを受ける。
ユグは真顔でジョージ達を見る。
「ところでナンパ男、彼女はまだ眠っているのか。一向に起きる気配がないんだが」
「ジョージです」
「ユグの魔法は強力だからねぇ。疲れてただろうしゆっくり眠らせてやろうよ。ねぇナンパ男」
「ジョージっつってんでしょ。あんたらわざと…
「どんだけナンパすれば気が済みますのこのチャラ男ーー!」
ギャーー!?」
突然ミリアが起き上がり、ロケット頭突きをかましてきた。ジョージは額で受け、痛さに泣きそうになりながら押さえる。
「痛ったァァァァ! 何起きてんすかいきなり! さっきまで何話しても寝てた人がどんなタイミングで起きてんすか!」
「お黙りなさいチャラ男。あの、私の付き人が迷惑かけてしまってごめんなさい」
「いいよいいよ、若気の至りってやつだろ? 仕方ないさ」
「…納得いかない……」
ボソッと呟いてみるが誰も聞いてないようで、ジョージはため息を吐いたのだった。
□■□
ミリアを何とか宥めた後、今の状況の説明をしてもらうことになった。
「改めて…ユグ=ワーグナーだ。COA機関の魔導部門班長を務めている」
「あたしはリコリス=マンジェシカ。この部門の一員さ。よろしくね」
対面のソファに座り、腕を組みながら無愛想に名乗るユグに、同じソファの端に腰を掛けて勝ち気そうに笑うリコリス。
「私は…」
「ミリア=レグナムルにジョージ=ルータス、だろう? もう知っている」
せっかく名乗ろうとしたのに遮られてしまい、隣に座るミリアはイラッとした様子でユグを睨んだ。
「あー、悪気はないんだよ、悪いねミリア様。さらっと流してくれないかい?」
「お嬢、話進まないんでとりあえず聞きましょうぜ」
リコリスとジョージに宥められてミリアはとりあえず黙ることにした。
「二人とも、このCOA機関の事は知ってるかい?」
「…いや、知らねーです」
「正式名は"chase the ogre away"。通称がCOA機関だ。主に鬼子の殲滅が任務となっている」
「鬼子ってのはさっき森で戦った仮面を付けた魔物のこと。ミリア様の屋敷でも見ただろう?」
…彼らもあの現場にいたのか。ジョージの視線に気づいたリコリスが疑問に答える。
「あぁ、あたしらも任務でいたんだよ。あの屋敷に」
「…あの、鬼子っていうのは、あの消えない変なモンスターのこと?」
ミリアの言葉に、リコリスは頷く。
「あれは何すか? 見たことありませんけど」
「"鬼子"、死んだ人間の心に潜む悪意や後悔が魔物の姿に変わり、生きた人間の心を食らうとされている。倒すには悪意を死後の世界に送らなければならない。それができるのは…」
ユグはミリアへと視線を移す。
「魔女か、もしくは送り子だけ」
「送り子ってのは死人をあの世に送る力を持つ連中さ。死人の声を聞いて魂を浄化するってことらしいけど、あたしらも詳しくはわからない。この機関にもまだいないしね」
「なら、私の傘は……?」
ミリアは傍らに立て掛けた傘を手にとって聞いた。
「原理は不明だが、直接悪意を打ち砕き死後の世界に送っていると思われるな」
「…なら、どうしてお嬢は命を狙われてるんすか? 鬼子を倒せる数少ない一人なのに」
「あんたらの屋敷を襲った連中は、その鬼子を操っているのさ」
「奴らは"幽鬼"と名乗っている。鬼子を操る術を使い、世の中を乱す。明確な目的はわからんが…目的の一つに魔女の抹殺が含まれている」
「私を…殺す………」
「噂じゃ昔話の"神"の信者だとか、やばい連中の集まりさ」
リコリスはミリアの肩に手を置いて笑いかけた。
「だからしばらくここにいなよ。COA機関は魔女の保護も義務付けされてるんだ。ここは安全だし、幽鬼が来たらやっつけてやるからさ」
「……ダメ、ですわ」
リコリスの言葉にミリアは首を振った。
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