第2話 ~カレーライスとCOA機関~ 1/6
あの日は、雨が降っていた。
俺は組織の連中に殺されかけて、何とかルイールまで逃げ切ったところだった。どこが痛いのかわからないぐらい全身が痛かったし、歩くのがやっとで
建物に寄りかかり、空を見上げる。
暗い路地裏から覗く空は狭く、雨が痛く冷たかったのはよく覚えている。
……このまま、死ぬ、かもしれない、な……
……仕方ない、か……
他人事のようにそう思った瞬間、足に力が入らなくなり、汚い雨水の中に倒れてしまった。
別に死ぬことも怖くなかったし、たった十数年の人生に未練なんか無い。
……生きたい、とも……思わない。
目の前をネズミが横切った。あぁ、猫に殺られた。バカだな、油断して。
…俺も同じか。あいつらに油断した挙げ句、死ぬんだから。
体が冷えていくのを感じながら、ゆっくり目を閉じる。
意識を失う瞬間、何故か雨が止んだような気がした。
■□■
「う…………」
小さく呻いて、起き上がる。……俺生きてるのか。
周りを見ると、全く知らない場所だった。ふかふかのベットに綺麗な室内。ホテルのようだった。
「目を覚ましたのね」
ガチャ、とドアを開けて金の三つ編みを下げた女が入ってきた。
「突然妹が来てって言うから来てみたら人が倒れているんだもの。びっくりしたわ」
口元に手を当てて、困ったように上品な笑みを浮かべる。…綺麗な身なりに纏う雰囲気でわかる。こいつ、貴族だな。
「……貴族が何で俺を助けた?」
「人が倒れていたのよ? 理由なんてないわ」
「そんなわけないだろ。そんなお人好しの貴族がいるか」
貴族にあまり良いイメージを持っていないため、真っ向から否定すると女は困ったように笑った。
「あなた、外から来た人よね? 何故この街に?」
「別に……ただの偶然だ」
「偶然? …偶然"b"に追われてこの街に入ってきたというの?」
女の言葉に顔を上げる。"b"というのはあの暗殺組織の通称だ。しかも俺が組織に追われていることまで知っている。
「ごめんなさいね、あなたの持ち物からある程度調べさせてもらったわ」
"b"は裏の組織だ。しかもこの国ではなく別の国の裏の組織だ。その存在を知っている人間は限られている。
「…もう一度聞く。何で俺を助けた? "b"はジョウフェン王国の裏の組織だ。他国の裏の組織の通称を知っているなんてただの貴族じゃない」
「……妹が、ね。あなたを助けて、って飛び込んできたのよ」
「本当にそれが理由か?」
「言ったでしょう? 理由なんてないのよ。…まぁ、あるとすれば」
女は考える素振りを見せてから予想外の事を言ってきた。
「あなたを使用人として雇いたいから、かしら」
…今なんて言った? 使用人? 俺が?
混乱していると、女は姿勢を正して手と足を揃える。
「申し遅れました。私はレグナムル家当主、ユミル=レグナムル。よければ、この家の使用人になって頂けませんか?」
■□■
「結局また旅することになるなんてなー」
ジョージは、横で未だに眠っているミリアを尻目に一人呟く。……まぁ、今回は二人旅だけれど。しかも人探しではなく逃亡の旅。
……今日、街に着くまでに今後の事を考えておかないと。ユミル様には行けとしか言われていない。まずは、ルイールがどうなったか情報収集だな。それから……
「うぅ……ん……」
小さな声に下を見ると、ミリアはぼんやりと瞼を開き、体を起こした。
「う……体が痛いですわね……」
「おはようございます、お嬢。なんなら軽くマッサージでも」
「いえ……大丈夫ですわ」
「手だけでも結構効果ありますよ。貸してください」
ジョージはミリアの手を取ると、両手の親指でミリアの手のひらを押し始めた。
「……意外に上手ですわね。気持ちいいわ」
「でしょー? 結構自信あったんです。それに、よく効くツボとか知ってるんですよ」
「ツボ?」
「例えばこことか疲れに効きますよ」
軽く力を込めてみると、ミリア一気に顔がひきつった。
「いったたたたた痛い痛い! ちょっとジョージ!」
「ぶっ!?」
反対の手でビンタされてしまい、ミリアの手を離す。ミリアは涙目でマッサージされていた手をさすっている。
「もー! 加減を考えなさいな! 痛かったぁ……」
「そんな強く押してないっすよ~! 痛ぁー……」
打たれた顔をさすりながら、今だ痛がっているミリアを見る。
「…ずいぶん疲れてたんすね。街に着いたらひとやすみしましょうか」
一人旅より自由は聞かないし、ビンタもされる。
使用人になったのは気まぐれだったから付き合う義理もないが…お嬢と一緒なら飽きない旅になるだろう。それも悪くないか。
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