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~雨傘~   作者: 美鈴
10/63

第1話 ~魔女がうまれた日~ 9/9


 ユミルに地下へと連れられ、突き当たりの部屋の鍵を開ける。


「入って」


「っ、はい……」


 ここまで腕を引かれ走って来たため、ミリアは部屋に入ると両膝に手を付いて息を切らせていた。ジョージも続いて入り、最後にユミルが扉を閉めながら入った。

 部屋はいくつかの鎧やランタンなどの雑貨、肖像画等が飾られており物置代わりの部屋のようだった。


「ここには、いざという時の隠し通路があるのよ」


 ユミルは一枚の肖像画を右に動かす。すると暖炉の中から隠し階段が現れた。ジョージはしゃがんで階段の先を覗く。


「これ、どこに繋がってるんですか?」


「街の外よ、出口から北東に小さな街があるから、ひとまずそこで身を隠してくれる?」


 ジョージがユミルからミリアへと視線を移すと、少し落ち着いたのか、ミリアは頷いた。


「わ、わかりましたわ。でも、お姉様は…?」


「さっきの人達を追い返さないと、キョウ一人に任せるわけにはいかないわ。だから……ジョージ」


「わかってます、お嬢は俺に任せてください」


 すると、ユミルはジョージの右手を両手で包んだ。その表情は苦しそうに。


「ユミル様……」


「お願い。必ず、必ずミリアを護って。絶対よ」


「もちろんです。ユミル様も、どうかご無事で。お嬢、俺先行って見てきます」


 ジョージは狭い階段をスルリと抜ける。ミリアは寂しそうにユミルを見つめた。


「ミリア……!」


 ユミルはミリアを抱き締めた。ミリアは泣きそうになるのをグッと堪えて、ユミルを抱き締め返した。


「お姉様……私は大丈夫ですわ!もう子供じゃない、ちゃんと大人になりましたし、ジョージもああ見えて少しは頼りになりますもの。だから、心配無用ですわよ」


「そう……そう、ね………」


 ユミルはギュッと力を入れて、消え入りそうな声で呟いた。


「ごめんなさい、あなたにこんな役回りさせてしまって………」


「お姉様……」


 ユミルは少しは離れて泣きそうな顔で見ていた。だからミリアは笑顔でユミルを見上げ、手を両手で包んだ。


「私なら大丈夫ですわ!必ずここに帰ってきます。そうしたら、また一緒に読んだ本のお話をしましょう!約束ですわ」


「……ええ、必ず」


 ミリアはそう言うとユミルから手を離し、暖炉の中を覗く。ジョージがひょっこり顔を出した。


「大丈夫そうです。行きましょうお嬢」


「ええ。……では、行ってきます」


 ミリアはそっと手を離し、暖炉の中へと潜っていった。ユミルは姿が見えなくなるまで見送り、ミリアの手の温もりを閉じ込めるように、ギュッと手を握りしめる。


「……行かなければ、私も」


 肖像画を元に戻して暖炉の抜け道を閉じ、ユミルはホールへと走り出した。




■□■




 地下通路になっている石造りの道の奥、光が漏れている石畳を動かすと、ようやく外へと出ることが出来た。


「はー、やっと出れましたねー」


「えぇ……ほんとですわ」


 ミリアは疲れたように息を吐いた。地下通路は長く使われていなかったらしく、仮面を付けていない雑魚モンスターが沢山うろついていた。

 ジョージが前に出てほぼ斬り捨てていたが、ミリアも素人なりに傘で何体もモンスターと戦っており、慣れない戦闘に疲労していた。

 ジンジンと痛む両手の平をさすりながら、ミリアは近くの岩場に腰かけ、ジョージは辺りを見回す。


「ここは……遺跡?」


「さぁ……私も初めて見ましたわ」


 木に困まれた開けた場所の中に、岩場のような大理石の破片のような物が散乱している。

 その中にぽつんと墓のようなものが立っていた。小振りで、作られた年も名前も掘られていない。


 ……ともあれ、辺りを見回ったところモンスターも追っ手もいないし、木に囲まれているから隠れる場所も多い。


「ここで野宿しますか」


「えっ野宿!?」


「もう夜遅いですし、動かない方がいいっすよ。一眠りしてからユミル様の言ってた街に行きましょう」


 ジョージは芝生の上の小石を避けてから、着ていた黒いロングパーカーを敷いた。


「今日のとこはこれで我慢してください」


「……仕方ないわね、もう疲れたし休ませてもらうわ」


 ミリアはパーカーの上に寝転がり、横に座っているジョージを見上げた。


「……あなたは寝ませんの?」


「はい。魔物が襲ってこないよう、念のため」


「……寝なくて大丈夫ですの?」


「旅してたときもありますから、慣れてますよ」


「ふうん」


 ジョージはミリアと出会う前、一人で数年人探しの旅をしていたらしい。ずいぶん前に聞いた気がすると思い返しながら慣れた様子で辺りを観察するジョージを見上げる


「パーカー脱いで寒くありませんの?」


「平気っすよ。芝生で寝たらお嬢様のお肌がかぶれるでしょ。……俺って紳士でしょう?」


「そういうこと言わなければ、ね。だからチャラ男って言われますのよ」


 ミリアは呆れたように言うと、ジョージは困ったように苦笑した。


「……さっき、傘を持ったとき…声が聞こえましたわ。あなたも?」


「はい、俺も聞きました」


「傘が魔女の証なら……あれはアイリスだったのかしら……私が、魔女で、屋敷が襲われて……キョウやお姉様、無事かしら……」


「無事ですよ。キョウさんはルイール屈指の名家の騎士、ユミル様は初めて戦ってるとこ見ましたが、めちゃめちゃ強かったですし大丈夫でしょう」


「ジョージも、あんなに戦えるなんて驚きましたわ」


「カッコよかったですか?」


 どや顔で聞いてみると、ミリアにパシンとはたかれた。


「調子にのらないで」


「はは、つれないっすねー」


 途切れ途切れながら会話を続けるので、ジョージはゆるく相槌を打つ。

 …不安なのだろう。当然だ。今まで屋敷で本を読んでユミル様と笑い合っていた日常が、たった一晩で命を狙われるような状況になってしまったのだ。


「今日は、星がよく見えて綺麗ですわ。ね、ジョージ?」


「そうですねー。街より綺麗に見えますね。いい夢見られそうです」


 ジョージはミリアの額にそっと手を置き、できるだけ優しい声で諭す。


「だから、もう眠ってください。俺がちゃんとここにいますから、安心して下さい」


「……えぇ、わかりましたわ」


 ミリアが素直に目を瞑る。彼女の手を握ると、かすかに震えていた。


「約束……ですわよ」


 ミリアはもう片方の手をジョージの手に重ねる。離さないように、まるで親にすがり付く子供のように。

 そんな彼女の様子が、胸に突き刺さるの感じて、ジョージは少しだけ強く手を握った。


「俺が、必ず護りますから」


 程なくしてミリアは安らかな寝息を立てていた。ジョージは聞こえてなかっただろう言葉を自分の胸に留めて、綺麗な星空を仰いだ。


.

のんびり更新なので遅いです。

とりあえず月1で1話完成を目標に書いていきます!

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