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ある冒険者の一日

作者: おとかみ

短編を書こうと思っただけで、特に何も考えずに書いております。オチすらも考えず終わらせているのであしからず。

ロボットはメカト〇ウィーゴ的な物を思い浮かべていただくといいかもしれません。

 ズシュン……ズシュン……ズシュン……

   ズシュン……ズシュン……ズシュン……


 一定のリズムを大地に刻みながら、木々の間を分けて伸びる獣道然とした街道を歩く人影がふたつ。

 道の両脇に繁る下草は背丈が高く、普通の人ならばすっぽりと覆い隠されてしまうだろう。それよりも更に高く、太く威容を見せつける森の木々は、熱く照り付けているであろう太陽の日差しを遮って、道行に暗さを落とす。

 さて。本来ならば下草に埋もれるはずのそのふたつの人影は、実際には下草より高い場所に眼が有った。

 街道に響く足音は人のそれより比べて大きく、固く踏みしめられた道をより硬く均していくようだ。

 2本の足に2本の腕。直立で歩いているそのシルエットには頭がなく、丸みを帯びた胴体の頭頂付近に鈍く輝く双眸があった。

 背中に背負った荷物は大きく、それが足音の大きさに一役買っているのが目に見えてよくわかる。

 胴体に比べて異様に見えるほど長い腕。右腕の三本指、形的にはミトン型の手に握られた鉈が、たまに街道を塞ぐ下生えを横薙ぎに払って切り開いていく。

 人影と呼ぶにはちょっと異常な体格。大きさも4メートルくらいあるだろうか。巨人だ。

 木の枝や堅い実がその身に当たる度、コン、コンと金属を叩く音が鳴る。

「もうすぐ頭の上が開くよ。あと2kmくらいかなぁ。お昼も近いし休憩しないと」

 後ろを歩く人影が声を発する。明瞭に聞こえるその声は鈴のように軽やかだ。

「うん。森の中は涼しいからこのまま行きたいところだけど――」

 前を歩く影が下草をザクザクと切り開く。

「――充電は大事だしね」

 こちらは少し低めの声。よく見れば双眸の間に横長にスリットが開いていて、その奥に顔が見えた。

 人の顔。若い男の顔。幼さを残した整った細面の顔は巨人の中でちらちらと左右に目配せしながら、周囲に注意を巡らせている。

「ここもねー……森の外よりは涼しいんだろうけど、やっぱりジメっとしてモワッとしてるし中は熱がこもるよー。休憩は重要よ!」

 こちらは若い女の顔だ。間抜けた表情に見える巨人の顔の中で、際立って見える美しい女は不平を漏らす。

 前方に立つひと際太い巨木を迂回し。それから黙々と歩くことしばし。

 不規則に連なる巨木の間にきらめくものが見えた。何かが不定期に、きらきらと日の光を反射してふたりに届く。

「あ、あそこだね」

 そうして辿り着いたのは森の中にぽっかりと開いた池のほとり。

 ここまでの深い森林の陰鬱な道程とはうって変わって聞こえてくるさざ波は、沈んだ気分を吹き飛ばす清涼さをかもしだしている。

 だがこもった熱でかいた汗を流そうと水浴びをするのはちょっと待ってほしい。明るいを通り越して熱気を伴った眩しい太陽光はあっという間に肌を焼く。

 

 巨木によって作られる日陰と池の側の日向の境界、日陰側に腰を下ろしたふたつの巨人。

 芝上になった短い背丈の草原になっている一画で、池を背にして座る赤灰色の巨人。その胴体の前面が、肩のあたりを支点にしてガバっと上に開いた。

「おー、風がある分、操縦席よりマシだな」

 そう言いながら、巨人の胴体から出てきた男。いや男には違いないが彼のことを正確に表すなら少年と言った方が正しいか。

 アサフィト・フーリング。まだ成人に満たない、小柄な少年だ。

 奇しくも森の暗さに合わせたかのような色の巨人は、今はもう静かに座っている。

 この巨人は、一般に<シェル>と呼ばれる大型のパワーローダーだ。戦うことに特化した機体は特に<コンバットシェル>と呼ばれる。

 緑と白のツートーン塗装されたもう1機のシェルから出てきた女性……こちらも少女というべきか。身体を伸ばして凝りをほぐしつつ、金の長い髪を纏めていた紐を解いて風に遊ばせた。髪の束にこもっていた熱がやんわりと溶けていく。

 ミアサ・フーリング。アサフィトの姉である。ふたりとも整った顔立ちで目元がそっくりだ。

「さーてアングレカムちゃん、ご飯の時間ですよー」

 自分の機体に付けた名前を呼びつつ背後に回る。

 背面に無理くり取り付けた荷台の上の、ハードケースを固定しているラッシングベルトを緩める。40cm×80cm×40㎝ほどの大きさのハードケース。割りと重いそのケースを、自分の肩くらいの高さからよいしょっ、と地面に降ろす。

 隣でアサフィトも同じような感じで同じようなケースを降ろしていた。日陰と日向の境界線のところで作業に入っている彼の方は既に蓋を開けていて、更に側面のカバーも開けたところだった。

 ケースの中から取り出したクランクハンドルを、ケースの隅に開いている穴に挿し、キコキコと回す。すると、ケースの中に折りたたまれていた黒い板がギアで繋がれたフレームの助けを借りて徐々に広がっていった。

 やがて1枚の大きな板になったそれは、いわゆるソーラーパネル。シェルのご飯である電気を賄う充電器だ。

 充分に眩しい太陽光がパネルに降り注ぐ。1日の内で最も暑いこれからの4時間はシェルの充電タイムで、フーリング姉弟の休憩タイムだ。

 操縦席で充電状況の確認。充電中を表わす赤いランプが点き、電気量残り26%だったところから、今27%まで上がっている。天気がこのまま晴れていれば3時間ちょっとで100%。

 ミアサも作業を終え、アサフィトのところにやってくる。

「さてフィーくん、今日はわたしが先に寝る番だったよね」

 筒状に纏められていた愛用の青いマットシートを広げながら取り決めを確認するミアサ。4時間の休憩時間を2時間ずつに分けて、それぞれが昼寝をとるのだ。

 ちなみに先に起きてる方が昼食を作る約束である。

「そうだね。この辺は昼間なら特に危険もないし、ゆっくり寝るといいよ」

「んー。おやすみー」

 アサフィトは自分の機体、<グロリオサ>(どちらもミアサが名付けた)の操縦席のシート裏から索敵ドローンを取りだし、操作モードで空へ飛ばした。

 モニターを見やすい位置に置いてコントローラーを操り、周囲の状況に軽く目を通しておく。危険はないと言いつつも、警戒はおろそかにできない。森の中でも池の底でも、人里から離れたらどんな敵がいるか分からないのだ。

 とりあえず目に見える脅威はない。ドローンを自律警戒モードにしておけば、何かあったときに教えてくれる。

 寝つきのいいミアサはマットの上で一緒に纏めておいてあったタオルケットに包まれて、さっそく寝息をたて始めていた。

 これから昼食の準備だ。荷台から簡易オーブンと炭を取り出し、ガスバーナーで火をおこす。

 以前立ち寄った村で仕入れたベーコンと葉野菜、根野菜でポトフを作る。保存に適しているため大量に買っておいたジャガイモを惜しみなく使う。

(とはいえ、そろそろ何か獲物を狩っとかないと物足りないな……)

 釣り竿もあるし、目の前の池でちょっと釣ってみようか、そんなことを考えた。

 が、日よけのテントを張る手間を考えてすぐ断念した。取りあえずあと3日分は余裕がある。その間に村を見つけられればそれでよし。危険を伴う獲物狩りは最後の手段だ。


 今の時代。

 100年ほど前に起こった世界大戦で文明が徐々に崩壊し、戦争で使われた自律兵器群が人類の手を離れて跋扈し、様々な獣が戦争によって変質し台頭してきた時代。

 今の世界に住む人類は、未だ同じ人類と争い、機械と争い、獣と争って生きている。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 アラームが鳴った。ドローンから発せられた警戒シグナルだ。

「んおっ!」

 熱々のジャガイモを口の中で冷ますことに必死になっていたミアサは、突如騒ぎ始めた警戒システムに驚いてジャガイモを吹き出してしまった。

 同時にアサフィト製ポトフがたっぷり入った皿を取り落としそうになり、スープが左手首付近に降りかかった。

「熱っ! 熱っ! あああああもったいない」

 地面の上を転がるジャガイモを見つめつつ、そんなこと言ってる場合じゃないよね、と気を取り直してテーブルに皿を置いた。首にかけてた汗拭き用のタオルで手首を拭きつつモニターを覗き込む。

 休憩後に進む予定だった北へ3.5kmの地点。熱源反応があった。熱源の大きさとしては8メートルくらいか。

 おそらく獣。眠っているのだろうか、動きは無し。どんな態勢でいるのか分からないが、最低でも全長10メートルくらいにはなるだろう。どんな奴か分からないので全高もまるっきり分からない。

「フィーくん、起きて! 何かいる!」

 危険であるのは間違いないので、直ぐ近くで寝ているアサフィトを起こす。

 もぞもぞと起き上がるのを横目で確かめつつドローンを操作モードに切り替えて光学レンズで確認。最大ズーム。

 見える範囲にはいない。地面に潜っているのか、下草の一画が掘り返され、土肌が露出していた。ドローンではこれ以上確認できない。

「なに、何がいたの?」

 寝入ったばかりだったところを起こされたアサフィトがモニターを覗き込んでくる。表示を熱源反応に切り替えてモニター前の場所を譲った。

「……デカいのがいるね。このまま行ったら確実に鉢合わせする」

 風向きを確認していたミアサ。

「今のところこっちが風下で助かってるけど」

「まだ充電は終わってないか……ソーラーパネルだけこのままで、充電終わったらすぐ動けるように出発準備を整えよう。僕がやるから、ミア姉はポトフ食べちゃって」

「うん、わかった」

 今寝てるということは夜行性か。獣が寝ている間に移動した場合、こちらが風上になるうえに背後から襲われることになる。どのくらい距離がとれるかで危険度が変わるが、肝心の安全距離が分からない。いったいこの獣にどれほどの感覚器官が備わっているのか。

 迂回に成功したとしても、またこの街道に到着した時点で結局直線距離では大して離れてはいない。風しだいで見つかるかもしれない。そして街道を離れての長距離移動は更に危険だろう。

 最悪の状態は、やはり暗くなってからの背後からの襲撃。となれば、暗くなる前にこちらから襲撃するのが最善か。不意打ちにもなるし。

 自分の考えを相談するアサフィト。彼を全面的に信頼するミアサはもちろん異論を挟まない。

 もぐもぐと口を動かしながら、サムアップサインを向けてくるのであった。


 まず武器の確認。移動の際に使っていた刃渡り1.5メートルの鉈。アングレカムが持っているシェル用のスコップは穴も掘れるし槍のようにも使え、更にナイフのように縁が研ぎだされている。武器としては割と高性能だ。

 グロリオサには拳銃を積んでいる。33mm口径の弾丸を5発装填するリボルバー式。弾丸も20発ある。対機械戦では少々心もとないが、この獣が装甲じみた殻を持っていなければ充分な効果が期待できる。回避より戦闘を選択した最大の理由だ。ただ、アサフィトもミアサも撃ち慣れていないというのが問題か。弾は高価だしそもそもあまり流通していないのでそこは仕方がない。

 できるだけ使いたくはないが、今回は使うべき状況なので遠慮はしない。10メートル越えのデカ物を近接戦闘で倒せる自信はふたりにはないことだし。

 こちらの持つ使える武器はこれだけだ。更にふたりとも拳銃とナイフを持ってはいるが、この獣には効果がないだろう。

 電気量が100%になったのを見計らい、パネルを収納して北へ向かう。ドローンは熱源近くで光学レンズで監視を続け、両方の機体のモニターで情報を受信する。こちらがギリギリまで近づけるよう、ふたりとも些細な変化を見逃さないように注意しながら歩いていた。

 ふたりとも、緊張で鼓動が早まる。乗っているのがコンバットシェルとはいえ、戦闘の経験はあまりない。ふたりが生まれ育った故郷の村が自律兵器に襲われたときに戦ったくらいだ。それから2年経った今まで、幸運にも大物相手の戦闘に巻き込まれずに済んでいた。

 勝てる要素は充分ある。危険は出来るだけ回避してきたが、今回は戦闘経験を積まさせてもらおうとアサフィトは考えた。

 できるだけ足音が響かないようにそっと歩く。獣まであと1km。変化はない。更にゆっくり100メートル前進。もっと進んでも大丈夫なような気がしたが、とりあえず身軽になるためにこの場に降ろせる荷物を全部降ろしていくことにした。

 機体に荷台を固定しているジョイントのロックを外し、ゆっくり、慎重に、お互いの荷物を荷台ごと降ろし合う。そして移動しながら話し合った作戦に則り武器を交換。

 アサフィトのグロリオサは自身の全高より長い全長4.2メートルのスコップを持ち、腰部の後ろにあるホルダーに鉈を取り付けておく。鉈はもしもの時のためだ。

 グロリオサから少し離れた後方を歩くミアサのアングレカムは拳銃を持つ。牽制と最後のとどめを刺す重要な役である。

 それから、余計な音を出さないようにするのと会話を明瞭にするために、会話方法をを外部スピーカーから内部の無線に切り替える。

 動力のリミッターも通常時の巡行モードから非常時の戦闘モードへ。実質のリミッター解除モードだ。

 ゆっくり移動して残り300メートルのところまで近づいたところで、モニターに映る土肌がもぞりと動いた。鱗で覆われた鮮やかな緑色の尻尾が持ち上がる。周囲を伺うためだろうか、灰色の長い毛が生えたその先端がくるりと円を描いた。パラパラと付着していた土が円周上に散らばる。

 その動きを見ながら、それでも慎重に歩を進めるアサフィト。既に街道からは離れている。びっしりと生い茂る草葉をかき分け、巨木の陰になるようにゆっくりと近づいていく。シェルの体躯より優に太い木だ。隠れるのも容易である。

 それでも2機のシェルの動きを感じているのか、ゆらりゆらりと左右に揺れる尻尾。むき出しの土肌の形と尻尾の出ている位置から見るに、どうやら背後から近づけているようだ。

 慎重さが功を奏し、獣に大きな変化がないまま、彼我の距離が残り100メートルを割った。が、尻尾の動きもこちらの方向に固定されていた。確実に気付かれている。

「行くぜ、ミア姉!!」

 それを見たアサフィトがミアサに合図を送った。『OK!』とミアサが答える。ここから先はスピードが勝負だ。スコップを構えて残りの距離を全速力でグロリオサを走らせる。

 土肌に到着するまで約8秒。

『撃つよ!』

 その8秒の初めに、尻尾へと照準を定めるミアサ。トリガーを引き絞るミアサの操作どおりにアングレカムが発砲する。1発。2発。外れ。細い尻尾にかすりもしない。

『じゃあこっち!』

 すぐさま狙いを変えて、獲物が潜む土肌へ続けて2発。

 銃声をたなびかせて飛んだ銃弾は、今度は狙い過たずに地面へとめり込んでいく。衝撃ではじける土くれ。

 音と衝撃に驚いたのか、一瞬だけ動きを止める尻尾。その直後、もう1本同じ物が地中から現れる。

「二股!?」

 驚きつつもアサフィトは慌てずにスコップを振り上げた。土肌直前でジャンプして、助走の勢いも上乗せした一撃をお見舞いすべく土肌めがけてスコップを突き降ろす――その直前。

 ゴガアァッ!!

 轟音を共に土くれが2本の尻尾ごと大きく持ち上がった。着地直前に下からガツンと突き上げられるグロリオサ。当然バランスをとれる余裕もない。

 なすすべなく空中に吹き飛ばされるグロリオサの中でモニターに映るその光景。シートに押し付けられながらも辛うじてアサフィトが見たのは、尻尾と同じ緑色の塊。

 その緑色の塊が横に割れ、赤黒い中身が見えた。

 グォガアァァァァ――ッ!!

 口。大きな口。びっしりと細かい牙を並べたその口から発せられた威嚇の咆哮が、空気を震わせ響いた。


 発砲直後、4発の空薬莢を実包と入れ替えながら、グロリオサが射線から外れるように横に回り込むアングレカム。

 その途中で、弾き飛ばされたグロリオサを見たミアサが思わず叫んだ。

「フィーくんっ!?」

 繋いだままの無線から、『二股!?』というアサフィトの声で、銃からグロリオサに視線を移した時だった。

 獣は反対側ではなく正面を向いていたのだ。持ち上げた頭の両側面に、先ほどまで尻尾だと思っていたものが一対生えている。触覚器官か。口の上に配された、真っ黒く、濡れた眼が二対。内側の一対は正面を、外側の一対は側面を向いている。触覚から4つの眼、反対側の触覚まで、大きな口と水平に並んでいる。

 頭に続いて前足が地中から現れた。地面を踏みしめる5本の指。先端が鋭くとがっている。こちらのシェルの装甲すら突き破りそうな禍々しさだ。

 木々の枝を折り、草葉を散らす激しい音が後方から聞こえた。

「大丈夫!? フィーくん!!」

 無線に呼びかけるミアサ。無線から幽かなノイズに混じって呼吸音が聞こえた。気を失っているのか。ひとまず安堵するミアサ。

 巨大なトカゲのような威容の獣の全身が地中から這い出てきた。グロリオサに向かって悠然と歩を進めだす。

「フィーくん、フィーくん!!」

 呼びかけるが返事はない。このままだとグロリオサは無抵抗なまま潰されてしまうだろう。その証拠に、正面を見る眼はまっすぐグロリオサを見つめている。

「そっちはダメよ! こっちを向きなさい!!」

 そう叫んだミアサは拳銃を大トカゲに向け、発砲。立て続けに5発。2発が外れ、3発は触覚の根元付近、頭頂部、こめかみとおぼしき部分に命中した。赤い血がその3か所から流れ出す。

 銃の集弾率が悪いのか、ミアサの腕が問題か。いや、そもそも威力が足りてないようだ。銃弾は鱗を弾いて肉にめり込んだようだが、大したダメージを与えていない。

 ただ、大トカゲの注意をこちらに向けるのには成功した。

「ふ、ふふ。フィーくんから離れるのはいいんだけど、わたしはこれからどうしよう」

 大トカゲを正面に捉えたまま後退するミアサ。拳銃のシリンダーを解放して排莢。銃弾を取り出そうとするが、その前に大トカゲの歩調が加速しだした。距離が次第に縮まってくる。

 アングレカムを反転させてリミッターを解除。そして全力疾走。周囲に生えている太い木々の密度が高いところを探し、そちらに進む。

 這っている大トカゲの高さはアングレカムとほぼ同じだが、横幅は1.5倍くらいある。そのうえ二対の足は横に張り出しているから、アングレカムの方が木々の間をすり抜けやすい。

 平地だったらあっという間に追いつかれただろうが、ここなら距離を取りやすい。離れたところで銃弾を詰め直し、発砲。閉じられている唇部分に当たる。

 と、一瞬大トカゲの歩調が乱れた。前に出るはずの右前足の動きが止り、そのまま左後足は前に出たためにつんのめりそうになる。

 大トカゲの口元から血が出ている。ミアサから見て左寄り。つまりは大トカゲの右側。

「弱点!?」

 よく考えれば口の中が鱗で覆われた表皮より弱いのは当然の話である。あとはあのずらっと並んだ牙をすり抜けて喉元に届いたのか。それとも歯茎辺りに当てればダメージが通るのか。

『ぐっ、ごほっごほ! 痛ってぇ……』

 考えるミアサの耳に、無線から咳込むアサフィトの声が聞こえた。

「フィーくん! 平気!? 大丈夫!? 怪我してない!? 血とか出てない!? 骨折して――」

『僕は何とか無事。あっちこちぶつけたみたいでそこらじゅう痛いけど。グロリオサも無事だけど、たぶん装甲が歪みまくり』

 ミアサの止め処ない心配を遮って、アサフィトが自分の無事を報告したところで、目の前に大トカゲが迫っているのに気づいたミアサ。慌てて再び逃げに入る。

「なんにせよ、フィーくんが無事でよかった」

 捕まったらただでは済まない追いかけっこの緊張の中、ひとまずの安堵を得たミアサ。

 ただ、その安堵も一瞬で消え去る状況である。

 ひょいひょいと障害物を抜けるアングレカムの動きを学習したのか、大トカゲの動きに変化が出てきた。

 それまで通り抜けられない隙間を作る木を大きく迂回していたのが、走る勢いそのままに、長い身体をひねって木の間をすり抜け始めたのだ。ちゃんと通り抜けられるかどうかを見定めている。

 さすがにそれだけで未だ追いつかれる程の速さはないが、距離が縮まる時間は短くなっている。

 加えてアングレカムのバッテリー消費が激しい。戦闘機動で全力行動しつつ不整地走行。負荷の高いストップ&ゴーの連続である。

『今はどんな状況? 会話ができる余裕はあるみたいだけど』

「今のところ多少は余裕あるよ。森の中なら逃げるのは楽。……なんだけど、あいつ銃が効かない。外側撃っても平気っぽい。でも口の中攻撃すれば動きは止められるかも」

『うーん……ミア姉、ちょっと考える時間稼げる?』

「時間稼ぎくらいなら全然余裕! フィーくんがやれって言うなら何でもやるよ!!」

 何やら考え付いたらしいアサフィトの言葉に元気に応じるミアサ。

「ただ、バッテリーの問題があるからなるべく早くね?」


 下草に埋もれるように仰向けに倒れているグロリオサが勢いよく立ち上がる。巻き添えで折られ、装甲のあちこちに引っかかっていた木の枝がパラパラと落ちた。

 4つあるモニターのうち、ひとつにダメージレポートが表示されている。手足の関節に大きなダメージ無し。右の股関節周りに若干の歪みが検出されているが歩行に問題なし。

 ジャンプ後、着地のための脚部の衝撃吸収動作が、突き上げの衝撃を和らげたのかもしれない。

 その代わり背面装甲が大きく歪んでいる。フレームまでは影響は受けてないが、3つあるバッテリーパックのうち2つの接続が怪しくなっている。廃熱ダクトも半分潰れて、このままだとコクピット内部の熱が排出されず、昼間の移動が困難になってしまうだろう。

 それでも、木の幹に激突せずに済んだのは幸運だった。まだ動ける。

 まずは近くで待機していたドローンを呼び出して大トカゲの元へ飛ばし、大トカゲの動きを見る。

 腹部を擦るように低い体勢で這う大トカゲ。アングレカムに接近すると捕食するためか大きく口を開ける動作が見えた。近づかれるとアングレカムは全力疾走するのですぐに距離が離れ、大トカゲの口もすぐに閉じる。恐らくミアサは気づいていないだろう。

 教えようと思ったが、銃で口の中を攻撃してもどのくらいダメージが通るのか分からない。口を開けさせるには接近しなければならないので、何の準備もしてない状態でこの攻撃方法は危険なので黙っておく。

 ただ、ミアサも攻撃の機会をうかがっている様で、それが接近の原因になっていた。

「ミア姉、攻撃はしなくていいから、今は逃げることに専念して。安全な距離をキープして」

『わかった!』

 吹き飛ばされても離さなかった、グロリオサの右手に握られたスコップをみつめ、そう指示を出すアサフィト。

 スコップで口の中を切り裂く。それがいちばん与えるダメージがデカい。

 問題はこの大トカゲの咬合力にグロリオサが耐えられるかどうかだ。噛み砕かれたら目も当てられない。

 そこでふとあることを思いついた。

「ミア姉、やっぱりちょっと危険なことを頼みたいんだけど」

『なに?』

「逃げながら、ギリギリ接近してほしいんだ。さっき追い付かれそうになったくらいまで」

『おっけー』

 指示された内容に少しの疑問も持たずに軽く返事を返してくるミアサ。アサフィトが復活して精神的に余裕が戻ったのだろう。アングレカムの動きにも精彩さが見て取れた。

 通り抜けられる木の隙間を見つけ、そこへ向けて走る速度を落としていく。

 じっとモニターを見つめるアサフィト。ドローンを大トカゲに接近させて口元にカメラをズームさせる。

 アングレカムを捕えようと、瞬時に大トカゲのスピードが上がった。口が大きく開き、アングレカムに迫る。

「やっぱり! ミア姉、そのまま、大トカゲを僕のところまで誘導して!」

『了かーいっ!』

 ミアサの気合の入った声を聞いて、自身にも活を入れるアサフィト。

 スコップを腰だめに構え、ミアサがいる方向へグロリオサを向ける。

 モニターに映し出されているレーダー反応でアングレカムと大トカゲの位置は分かる。真っすぐではなく蛇行しているのは障害物を避けているからか。どちらにしろ、1分もかからず正面にくる。

 グロリオサの正面には障害物なし。大トカゲがグロリオサに目をつければ、充分に勢いを付けて突進してくることだろう。

 ズシュッ! ズシュッ! ズシュッ! ズシュッ!

 アングレカムが走る音が響いてくる。その直後にドスドスドスドス! という大トカゲの足音。

「ミア姉! そのままこっちまで真っすぐ走ってきて!」

『了解! でも……』

 どうするの? とミアサが聞くより早く、グロリオサがスコップを突き出した体勢で走り出した。

 即座にすれ違う2体。大トカゲの4つの眼にはどう映っただろうか。

 ザクッッ!!

 大きく開かれた大トカゲの口内に、スコップを突き入れて更にグロリオサの頭部から胴体を丸ごと押し入れるアサフィト。

 グロリオサの背面がミシッと軋んだ。本来は曲面によって対弾・耐圧効果を高めた装甲の利点が、歪みによって損なわれている。

(やばいかな、これ……)

 先程ドローンで確認した際の結論通り、牙は装甲に食い込んではいない。が、顎の力は予想以上か。さすがにグロリオサが重いのかぶんぶんと振り回されることはないが、それでも動きは止まっていない。このままだと背面から潰される。

 飲み込もうとうごめく筋肉の動きに突き立てたスコップで抗う。ギシギシと尚も続く軋み。

「もう、お前に勝ちはないんだよ!」

 気合を込めてスコップを捻った。喉元に刺さったスコップの歯が肉を抉る。口中の筋肉の戒めの中で、動ける範囲で何度もスコップを突き立てた。吹き出た血がメインカメラを赤く染め、視界を遮った。

 軋みの音が止った。右手でスコップを保持したまま、更に肉に食い込ませていく。


「フィーくん、大丈夫!?」

 すれ違った直後、すぐさまアサフィトのフォローをすべく身をひるがえしていたミアサ。

『トカゲ、どうなってる!?』

 グロリオサの上半身を口に収めた大トカゲを観察する。完全に飲み込もうとしてるのか、ズリズリと前進しようとしているが、四肢に力強さは見て取れない。

 くねらせる胴体に合わせて尻尾が左右に揺れている。

「フィーくんを飲み込もうとしてるみたいだけど、力が入ってる感じはしない……」

 よく見ればグロリオサと牙の間に隙間ができていた。噛む力が無くなったのか。牙がところどころ欠けているのも見える。

 やがて、大トカゲの口からどす黒く赤い液体が大量に流れ出始めた。


「終わったかな……」

 大トカゲの動きが目に見えて弱まっている。スコップの刺突に対する反応が薄れていた。

 様子を探ろうとアサフィトだったが、メインカメラだけではなくサブカメラも機能していない。ただこれは壊れているわけではなく大トカゲの口中だから光が届いてないだけだろう。

『トカゲの動きが止ったよ』

「うん、引きずり出してください」


 ぐったりと脱力したアサフィトの声を聞いて、あわててミアサがアサフィトの救出を始める。グロリオサの両足を掴んで引っ張り出した。

 口中の粘液や血液でべったりと汚れたグロリオサ。

「うえぇ……」

 その様相にドン引きするミアサだったが、うつ伏せだったグロリオサを仰向けにひっくり返すと、前面ハッチが開いてのっそりと出てくるアサフィトの姿が見えた。

 ミアサもアングレカムから出る準備を始める。

 バシュッ

 圧搾ガスが吹き出る音と共にアングレカムの胴体下部から、先端が板状の棒が飛び出す。駐機姿勢に移行するためのダンパーだ。それが膝の高さまで下がったところで、そのダンパーに腰かける形で膝を曲げ、胴体を下ろしていく。

 ダンパーが地面に着いて完全に腰かけた状態になる。それからダンパーが機体を支えながらゆっくり収納されていった。そうして両足を前に伸ばした形で地面にぺたりと座り込んだ姿が、基本的なシェルの駐機姿勢である。

 その後ハッチを開き、シートベルトを外しヘッドギアを脱いだミアサがアサフィトの元へ駆け寄る。

「フィーくん、お疲れ様!」

「うん、ミア姉も」

 見た限り掠り傷程度のケガで済んでるアサフィトの姿を見て安堵するミアサ。落ち着いた瞬間、周囲の大気に滲む異様な変化が彼女の鼻を突いた。

「くさっ! 何この臭い!!」

 生臭い。鉄臭い。外の熱気に蒸された臭気がミアサの足を止めた。

 臭いの出所はもちろん大トカゲだ。半開きの口から漂ってくるのが目に見えるような気がする。

 体液でてらてらと光るグロリオサからも、相当の臭いが漂ってきていた。

「うえぇぇぇ……フィーくーん、無事ー?」

 グロリオサの前面ハッチが開いてアサフィトが外に出てくる。コクピットは全天候型だが密閉されていないので、彼が感じる臭いも相当だろう。

「とりあえず、離れようミア姉。この臭い嗅いでると気が滅入る」

「うん、賛成」


「牙が砕けていたからさ、捨て身で口の中に入り込んでも平気だって思ったんだよね」

 グロリオサの攻撃で完全に動かなくなった大トカゲの牙を遠巻きに眺めつつ、アサフィトが説明を始めた。牙の列に2本分の隙間ができているのが見える。

「ミア姉の射撃で砕けたんだ。で、その程度の強度なら噛まれてもグロリオサの装甲で防げるなって。顎の力で潰される可能性はあったけど、正面から行けば噛まれる前にスコップを突き刺せるから、確実にダメージを与えられると思ったんだよ」

 もちろん喉元にそんなものが刺されば、大トカゲにとって噛むどころではなくなるという話だ。

 予定通りになっていれば、なかなか手ごたえのある勝利だったのだろうが、グロリオサの惨状を見ると素直に喜べない。

「まあわたしもフィーくんも無事だったんだし、結果オーライじゃない」

 アサフィトに後ろから抱き着き、彼の頭を頬ずりしているミアサ。弟の出来の良さを褒めている姉の図だ。彼女も相応に働いているのだが、そんなことより弟を可愛がる方が重要な姉だった。

 ただ、満面の笑みを浮かべるミアサに対し、アサフィトの表情は少々うんざり気味である。

 姉は同年代と比べて背が高い。そのうえ弟は歳の割には背が低い。体格的に容易く抑え込まれるアサフィトは、昔からミアサにぬいぐるみの如く抱きかかえられていた。

 ふたつ年下とはいえ、男として不愉快な扱いだ。だが上腕ごと抱きしめられ、それが苦しくないうえに振りほどけないとなると抵抗するのが空しくなる。

 色々と複雑な思いを噛みしめるアサフィトには、不愉快ながらもミアサの気の済むまでなすがままなのであった。

「で、この大トカゲはどうするの?」

 アサフィトの頭に顎を乗せて問いかけるミアサ。

「爬虫類の肉って、鶏肉みたいな味だっていうよね。ちょうど食料も物足りなくなってるし……」

 どうもしなくても、放っておけば他の野生動物に食われて自然に還るだろうが、せっかく苦労して倒したんだから腹の足しにはなって欲しいところである。

 とりあえず解体……するには考えるまでもなくシェルを使った方が遥かに楽か。ミアサが率先して手を挙げる。

「わたしやりたい!」

 シェルの操縦はアサフィトの方が上手いが、料理に関しては圧倒的にミアサの領分である。食べ物になるものに対して悪臭を放つグロリオサを使う気にはなれないので、ミアサに任せるのは当然の流れだった。

 トカゲ肉を解体。肉は運べる分だけを確保。大部分を残すことになったが仕方ない。他の獣にくれてやろう。


 結局、今日の移動は諦めるしかなかった。グロリオサの洗浄が最優先だと主張したミアサの意見によって、池へと戻って来たのだ。

 グロリオサのボコボコに歪んだ背面では、思った通り荷台が付けられなかった。

 仕方なく頭頂部に乗せて腕で押さえながら運んだわけだが、バッテリーの損傷によって稼働率が大幅に減り、池の畔に着いたところで動かなくなった。

 いちおうソーラーパネルを広げたが、今日はもう大して充電できないだろう。明日、太陽が昇るのを待つしかない。今夜はこのまま放置だ。

 木陰ではミアサがトカゲ肉の保存加工の準備をしていた。燻してジャーキーにするのだ。ふたりで火の燃料にするため木の枝を集める。

 そうして、燻製機の内部でもくもくと煙が上がる。

 日が傾き始めるのを見計らい、アサフィトはグロリオサの洗浄を始めた。バッシャバッシャと水をかけまくってゴッシゴッシと束ねた草をブラシ代わりにしてこする。ちゃんと臭いは取れていることに安堵する。

 幸い、この池の周囲も大トカゲの縄張りの範囲内だったのだろう。危険な獣は近づいてこないようで思ったより静かなのは助かった。

「ふぃー、疲れたぁ」

 グロリオサを洗い終わったアサフィトが、アングレカムの脇で夕食の準備をするミアサの近くに来た。

「おつかれ、フィーくん。トカゲ肉ジャーキーの味見、してみる?」

「うん、してみる」

 しっかり水気が飛び、出来上がったジャーキーをミアサが持ってきた。

 ひとくち齧りつく。なかなかの歯ごたえだ。かなりクセがあるが胡椒が効いているので不味くはない。保存食としては及第点だろう。

「スープとかに使ったりするのはちょっと怖いけど、このまま食べるなら悪くない味よね。晩ご飯は生のお肉を焼こうと思うんだけど」

「ミア姉の腕を信じるよ。僕はもうちょっと木の枝とか集めてくる」

「気を付けてね」



 そうして夜が更けていく。

 北を目指して旅をする。最終的に目的地はどこになるか分からない旅だ。

 グロリオサは修理できるだろうか。都市部に行くまでもってくれればいいが。とりあえずはアングレカムとバッテリーを共有するか。ケーブルはある。

「んふふふ……フィーくぅん…………」

「ぐえっ」

 隣りで寝ているミアサが寝ぼけて首元に腕を回して締め付けてきた。

 右肩に乗ったミアサの身体の豊満で特に柔らかい部分を感じつつ、アサフィトは思う。

 問題があってもやることは変わりないか。ミア姉がいれば僕も頑張れる。

 木々の隙間に見える星空。流れる星に願いをかけた。


 無事、あいつを見つけ出せますように、と。

 

お読みいただきありがとうございます。




弟ラブなお姉ちゃんっていいよね!

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