とある完璧なお嬢様の恋
わたしは言わゆる天才だった。普通の子が1から5まで言われて出来ることを1いわれるだけで出来たのだ、それを天才と呼ばずになんて呼べば良いのだろうか。そんなわたしを周りの大人は放っては置かなかった。あれよあれよと祭り上げられ期待され、わたしは子供ながらに世界というものを理解してしまった。いや、させられてしまった。天才のわたしには普通の生活なんて出来ない。お父様やお母様は決して悪い人ではないのだけどわたしは普通でありたかった。普通の幸せを知りたかった。
そんなわたしに一つの幸せが転がり込んできた。家の前で偶然倒れていたわたしと同い年かそれぐらいの男の子。彼には記憶がなかった。お父様とお母様は警察に任せようとしたがわたしは彼を執事にしたいと言った。恐らく初めて両親に言った我儘だったと思う。お父様とお母様は最初は渋っていたが最後は本人にも同意を取れたのならと言って許してもらえた。何故この時彼を執事にしたいと思ったのかはよく分からない。でもわたしはきっと普通が欲しかったんだと思う、彼がもしわたしのオトモダチになってくれたのならそれはきっととてもとても幸せなことだから。
彼はわたしの執事になることを承諾してくれた。でも、そこからが大変だった。礼儀作法に一般常識、基本的な執事の仕事、覚えることはたくさんあった。失敗も何度も何度も繰り返した。周りの大人はそんな執事よりもうちの…などと巫山戯た事を言っていたから思いっきり反論して論破してやった。彼はわたしの大事な大事な普通の幸せに繋がる大切な人なのだから、それを奪わせるつもりは無い。
数年が経って執事もだいぶ仕事に慣れた頃たまたま執事と二人で出かけていた時多分だがお父様のことを逆恨みした変質者がわたし達を襲おうとして来た。執事はわたしを守ろうとしてくれていたようだけど足が小鹿の様に震えていたから変わりに軽く投げ飛ばしてやった。これでも合気道を習って有段者なのだからこの程度はわたし一人でも問題はない。────でも、わたしを守ろうとしてくれた彼が少しカッコよかった。
その日から彼が体を鍛え始めたのはきっとわたしを守ろうとしてくれている証拠かしら。そんなことをしてくれなくてもわたしの傍にいてくれるだけでいいのに…。それから更に数年の月日が経ってお母様が亡くなってしまった。癌だったそうだ、だいぶ前から調子を悪そうにしていたけどわたしは気がつくことができなかった。葬式の間、わたしはずっとわたしを攻め続けた。何が天才なのよ、天才ならなんでっ、なんでお母様の癌をそうでなくても病気だと言うのを見抜けなかったの…どんなに賞を取ったってどんなに勉強が出来たって…わたしはお母様一人の命を救うことすらできなかった。
葬式の後わたしは夕食も食べる気になれなくて部屋に篭った。お父様は心配してくれていたけどわたしにはその優しさが痛かった。暫くして疲れて寝てしまったのかわたしはさっきまで薄くとも明るかった窓の外が月明かりに照らされ薄暗くなっているのに気がつく。
部屋の外で不意にノックがした。
『お嬢様…起きていらっしゃいますか?』
「ええ、入ってきていいわよ」
────失礼します。そう言って入ってきたのは片手にプレートを持った執事だった。執事は部屋に入ると机の上にプレートを置いて一言。
『お嬢様…私の作ったお夜食食べていただけないでしょうか?』
プレートに乗っていたのはハンバーグだった。それも随分無骨で少しボロっと崩れた出来損ないなハンバーグ。わたしは食べる気はなかったけど体は正直で、ぐぅぅとお腹は訴えてくる。
執事はその音にクスリと笑うと、お水を忘れてしまいましたので今お持ちしますね。そう言い残し部屋から出ていく。
部屋に残されたのは無骨なハンバーグとわたしだけ、お腹は仕切りなしに訴えてくるので仕方なくハンバーグを食べ始める。ハンバーグは不味かった、それはもう不味かった。でも、わたしにはハンバーグは美味しく感じられた。この不味い味はお母様が昔一度だけ作ってくれたハンバーグと同じ味だった。お母様は料理が下手だったとそのハンバーグを作ってから分かり料理長から調理場を出禁にされたのが懐かしい…。
それから一心不乱にハンバーグを食べ尽くす間目から何故か汗が流れていたけど気の所為には感じられなかった。
そして、このハンバーグが何故持ってこられたのか…
彼が一生懸命に作ったこのハンバーグ…察しの良いわたしにはわかった。きっと優しいわたしの執事はわたしが自分を責めていると思ったのだ。正しくその通りだしぐうの音出ないけど彼のおかげで助かった。目を覚ますことができた。今度お礼に何かプレゼントを上げようと思った。
一年が経ってわたしも心の整理がつきお父様もだいぶ落ち着かれた。わたしは今日この屋敷に来てから五年を迎える彼にプレゼントを渡そうと考えている。正直に言おう。わたしは彼が好きだ、家族以外に唯一わたしを【普通】に扱ってくれた人だからだ。もちろんライクではなくてラブの方だ。彼のすべてが愛おしい、だからこそわたしは彼にプレゼントをする。このホトトギスという花を模したキーホルダーをわたしの大切な大切な執事の渡すのだ。
彼はきっと気づくことはないだろうわたしの告白も想いもきっと気づくことはない。彼はそういう人間だからだ酷くそういった感情に疎い。それでいて意識してるのではないかと思うような行動をいきなりしてくるのだからとても心臓に悪い。
夕食を終えひと段落ついたであろう時を見計らって彼を呼び出す。
『失礼致します。お嬢様何か御用がございますでしょうか?』
「えっと、大した用じゃないんだけどね。その…えっと…だからね…」
わたしがしどろもどろになっていると首を傾げる彼。
何が頭脳明晰容姿端麗で社交的だ、こんな彼に気持ちを伝えるだけでしどろもどろになるなんて情けない。頬が赤く染まるのを実感しながら要件を伝える。
「あのね、ほら、あなたもここに来て五年が経ったじゃない?だからプレゼントでもって思ってね」
『ありがたき幸せにございます。お嬢様。』
「ううん、いいのよ。普段のお礼も兼ねてるのだし…それに別の意味もあるのだから…」
『勿体なきお言葉』
「あのねっ、わたしあなたがいてくれなかったらきっとこんなには幸せになれていなかった、ありがとう…大好き!」
『────それはこちらのセリフにございます。あの日お嬢様が私を拾って下さならければきっとどこぞの孤児院にでも入れられたでしょう。こちらこそありがとうございます、…いつまでもお慕いしていますよ』
つい、言うつもりもなかった言葉が自然と出てしまい脳内のキャパシティがオーバーしている所に更に止めのごとく彼からの笑顔を貰ってしまい余計に混乱を極めた。頭が混乱していた為彼が最後にボソッと言った言葉は永遠にわたしが知ることはなかった。
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告白(彼はそうは思ってないだろう)をしてから数年後。わたしもそろそろ二十歳になるので最近はお父様が見合い話を持ってくる様になった。わたしには彼がいるのだから他の殿方とは結婚するつもりは無いだけどそれをお父様に伝えることなんか出来なくていつもいつも好いている相手はいるのか?と聞かれるとしどろもどろになり無理やり話を逸らしてしまう。
しかし、いつまでも結婚しないという訳には行かなくていつかは決めなくてはならないだろう。彼のことが好きだというのをお父様に言う?果たして許してくれるだろうか…。そもそも彼はわたしが好きだといって困らないだろうか嫌われないだろうか…。今まで考えてこなかったその答えに急に不安になる。彼がわたしを嫌いだと言われたらわたしはどうにかなってしまいそうだ。考えれば考えるほど不安になる思考から逃れるべく考えるのを一旦隅に置いておく。
そうだ、彼にハンバーグを作って貰おう、そうしてそれからゆっくりと考え様じゃないか大丈夫時間はまだまだたくさんあるのだから、心配することはないさ。
わたしはそう考えることで心を落ち着かせ部屋を出た。
ホトトギス
花言葉は私は永遠にあなたのもの。秘めた想い。秘めた意思。恥ずかしがり屋