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「初のホールツアー、いよいよ明日がファイナルですが、今どんなご気分ですか?」リビングに戻った真由が急にレポーターのような口調になってそう質問し、ソファに腰を降ろしてタバコの火をつけた有薗にマイクを向ける真似をした。「何それ」「取材ごっこ」ごっこ?と有薗はぷっと小さく噴出したが「そうだなあ。ライブハウスと違って指定席だしどうなるのか心配もあったけど、余計だった。お客さんのはしゃぎっぷりが良くって嬉しかったな」などと正直に応じてやる。ホールでのライブなどもちろん何度も経験しているが、ツアー全日程が指定席のホールという組み方はまったく初めての試みだった。いつもならキャパ四百人程度のライブハウスでやっている地方でいきなり二千人のホールを押さえたりして「客は集まるのか?」「指定席で踊り慣れていないだろう」と不安を抱く者もあったが、日程の殆どがチケットは完売、どの会場も終了後には警備員が疲れ果てるほどに観客は席を飛び出す勢いの大盛り上がりを見せメンバーも関係者も大喜びの大成功を収めようとしていたのだ。「観客の反応はステージからよく見えているんですか?」「しっかり見えてます。お客さんがノッてくると、もっとやるぞと力が入るね」「お客さんも、メンバー自身が楽しんで演奏してくれるのが一番嬉しいと思いますよ」「そうだといいね。ライブの一体感っていうのはいい」「全国を回って、どこか思い出に残っている場所はありますか?」「広島で、メンバー全員で宮島に行ったことかな。海に浮かぶ鳥居を見る筈が、ちょうど干潮時刻で。砂浜に立つ鳥居の下をくぐってきた。伊藤がぽつっと『俺たちは何しに来たんだっけ』ってぼやいて大笑いだったな。あ、そうだ」立ち上がってリビングから一度姿を消すと、紙袋を手に戻ってきた。「はい、お土産」と真由のすぐそばに体を寄せて同じように床に腰を下ろしながら有薗はそれをぽすっと落とすように手渡した。「やたっ。ありがとう」「東京は自分で明日買いなさい」「うん」ひとつひとつ、ワクワクしながら紙袋から人形を取り出してテーブルに並べてみると、地方の名産を頭に被っていたり手に持っていたり、いやに派手派手しい台紙だったりとそれぞれに個性があって、かわいいやらおもしろいやらだ。真由が人形を並べているのを眺めながら有薗は「行ったところ全部じゃないのがなんとなく悔しいんだ。こういう感じがコレクター魂なのかな」もっと早く気付けば良かった、このツアーでの最大の心残りかもしれない、とまで言っていかにも無念そうな表情をして真由を笑わせた。「ほんとありがとう。壁一面覆うようなおっきな日本地図書いて、そこにぺたぺた貼ろうかな。JAMANIA初のホールツアーの軌跡」と真由が目一杯両腕を広げて大きな仕草をすると「大げさだなあ」と笑いつつも有薗も嬉しくなった。土産を喜んでくれることもツアーの成功を喜んでくれていることも満身から伝わってくる。「ソノさんは音楽でも俳優でもなんでもいいや、誰か好きな人いる?」「ショーン・コネリーかな」「もし彼がソノさんのために自分で選んだプレゼントいっぱいくれたら嬉しくない?自分のことを思い出しながら、喜んでほしいって考えてくれてるんだよ」「それはもちろん嬉しいだろうなあ。はるか遠い大物すぎて想像もつかないけど」「それが今の私の心境」「そんな大物と比べちゃ駄目でしょ」「でも本当なら一生、手の届かない筈の人だった」真由がそう言って彼方を指すように手を上に伸ばしたとき、有薗を一瞬わけのわからぬ不安が襲った。僕が遠いんじゃない、君が遠い。その不安を打ち消すようにぱっと天井を仰ぐ彼女の手を掴んで下ろさせ、そのままふわりと体を手繰り寄せる。有薗は真由の頭にトンと自分の頭をかるくぶつけて、頬がくっつきそうなくらいすぐ近くに顔を寄せた。その腕の不安には気付かず、真由はくすっと笑うと「ショーン・コネリーがタイプなの?」と訊ねた。「好きな俳優って言うだけで、タイプじゃない」「どういうのが好み?」「好みっていうのは別にないな。真由さんは?」「私は手に色気を感じる人」「手?」「指フェチ」「指に色気を感じるの?よくわからんな」「指そのものっていうよりちょっとした仕草とかの瞬間なんやけどね」「ますますわからん」有薗は真由にからめていた腕をほどくとタバコに火をつけた。タバコをつまんで取り出す指、ライターをカチッと鳴らす指。ピアノを弾く指。ベースをかき鳴らす指。あなたの指先もとても魅惑的よ、と内心思いながら真由は一連の動作を見つめていた。「いよいよファイナルかあ、楽しみだけど、ちょっと寂しいかな。また当分JAMANIAに会えなくなる」言葉のとおり、期待といくらかの寂寞の混じった表情で真由がそう呟くと「今年は冬にもう一度ツアーやるよ、ちょっとだけ我慢しなさい」と有薗は嬉しい知らせをもたらした。「ほんとに?」と顔を輝かせて有薗を振り返る。「うん、ライブハウス巡業」「またちっちゃいハコですぐ近くでJAMANIA聴けるんだ。楽しみに待ってる」「真由さんは本当にJAMANIAが好きって感じで楽しそうに話してくれるから嬉しいな」「JAMANIAマニア。ほかにもたまにライブ行くけどJAMANIAがダントツ一番熱くなれる」「ガンガン燃えて」「うん。ソノさんもかっこいい音楽やって。もっとかっこつけて」「かっこよくか。難しいな」「今でも十分かっこいいねんで。でも、もっともっとかっこよくなって。ファンは貪欲やねん。ファンの期待に応えるのがプロでしょう?」「プロか、厳しいな。頑張るよ」「うん、力一杯応援してるから」「心強いね」「ファンの応援ってエネルギーになる?」「もちろん」有薗を見つめる目は最高の期待を寄せるファンそのもので、熱い。「めっちゃ応援する」とその目はさらにひたむきさも増してくる。「うん。ありがとう」こんなに自分たちの音楽を愛し、一所懸命に応援を送ろうとしてくれることがたまらなく嬉しくて。真由の体を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。「ありがとう。すげえ頑張れそう」真由はそれ以上何も口にはしなかったが、自分の両手を有薗の背中に回してきゅっと抱きついて応えた。しばらく二人はそこで抱きしめ合って動こうとはしなかった。
その夜、真由の肌はいつも以上に大胆なまでにしっとりと有薗の肌にはりつき、離れることを許さなかった。唇が吸えばなめらかな肌がやさしく応え、手が触れれば弾力が激しく応える。体全体が熱を持ってからみついてくる
翌日、正午少し前に家を出て、駅の改札を通るそのときまで二人の手はしっかり握り合っていた。「じゃあここで。今夜もしっかり楽しんでね」「うん。ソノさんも頑張って」「おう」くるりと有薗が背を見せて歩き出したとき、真由は「ソノさん!」と力強い意思を持った声で彼を呼び止めた。「うん?」彼が少し振り向いて立ち止まった。「ソノさん、ゲームセットです」「え?」「私はソノさんとのゲームに負けました。もうどうしようもなく完敗です。だから、もう会わない。これからはファンに戻って応援します。今までありがとう」一気にそう吐き出すと、なんのことだかわからず立ち尽くす有薗をまっすぐに見つめた。微笑んでもう一度「ありがとう」とだけ言って、その場から逃げるように駆け出し、ちょうど滑り込んできた電車に乗ると、真由はぎゅっと強く目を閉じた。




