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三月、JAMANIAの『message』が発売された。メンバーがそれぞれ一曲から四曲手がけており、全メンバーの個性がいかんなく発揮されていて、初の完全オリジナルだった前作よりもさらにパワフルかつカラフルになったアルバムだった。アルバム発売に先立ってツアーの全日程は発表されており、ツアー初日がアルバム発売のわずか二日後というスケジュールで、殆どのところではアルバム発売日にはチケットが完売という状態だった。真由もすでに五月末の神戸、大阪のチケットを取っている。神戸はチケット発売の数日後に売り切れ、その後好奇心でチェックしてみると大阪も残席わずかとチケットサイトでは表示されていた。今回も神戸は四人組、大阪は二人組での参戦である。当初、アルバムに有薗は曲を書かないつもりだったのに「今回は全員楽曲提供」をノルマにされてしまい、大慌てで昔書いたつたない曲を練り直した、実は発表するのはものすごく恥ずかしい、と照れくさそうに説明していた。「JAMANIAをきっかけにジャンルにこだわらない幅広い音楽を知ってほしい」「明るい未来を自分の手で切り拓いてほしい」等、それぞれに思いがこめられているらしい。CDのブックレットは曲ごとに作曲者のメッセージが添えられたセルフライナーノーツになっており、それを読みながら聴くとなるほど思いが伝わってくるような気がする。これがプロの仕事か、と妙に感心した。有薗の曲はタイトルもテーマもずばり『愛』だ。「思いに正直であれ」とだけ書かれている。彼らしい、とその短い言葉に真由は知らず笑みがこぼれた。多くを語らずとも音楽で感じ取ってくれ。そう言いたいんでしょう?そうね、あなたは愛にとても正直な人だ。いつだったかけろっと「真由さんのこと好きだよ」なんてぬかしていたが、その言葉は決して嘘ではない。恋愛感情ではなく、ただ、好き。あの人は人を愛するエネルギーがたっぷりある人なんだ。そして正直だからこそ、恋人がいながらも、好きと感じた自分と寝てしまうような男なのだ。真由は決して有薗を軽薄な男とは思っていない。むしろ愛に溢れ、正直であることが羨ましい。
このCDを初めて聴くとき、真由は久しぶりにスピーカーを通して音楽を聴いた。真由が音楽を聴くには書斎のパソコンか、リビングのDVDデッキを使用する。DVDデッキには5.1chのスピーカーをつなげてあるのだが、以前苦情が来たのはこのスピーカーで重低音の響くロックをかけていたときだった。以来、音楽を聴くのもすっかりパソコンになってしまったが、所詮ノートパソコンの搭載しているスピーカーなどたかがしれている。いくら真由の耳が肥えていないとはいえ、音楽を聴くには頼りない。リビングで音楽を聴きたいときにはヘッドホンを着け、一層物足りなさにフラストレーションを募らせていた。新品のCDを手にしたとき、初めて聴くこのアルバムは、メッセージが込められているというこのアルバムは最良の環境で聴きたい。込められたメッセージのどんな小さな欠片も逃さず聴き取りたい。そんな思いが勝った。
周囲の喧騒にぎやかな日中に、窓をぴたりと閉めきり、以前苦情が来たときよりもずっと音量を絞り、細心の注意を払いながらだったが、やはり格段に音楽は美しいものだった。スピーカーはJAMANIAの音楽の持つ軽快さを余すことなく再現し、音楽はこんなにも美しく、楽しいものかとあらゆるしがらみから解放される思いがした。年末に有薗に勧められたヘッドホンは、年明けすぐに真由は購入した。早速JAMANIAのCDを聴いてみると安物のヘッドホンで聴いていたのとは確かに圧倒的な差があり、あまりにも驚いた。ロックを聴いてみれば、その重低音の再現には呆れるほど大きな差があった。これまでずいぶん自分は損してきたと思うと悔しいとともに、ヘッドホンのことを覚えていて調べてくれた有薗に感謝した。しかし、上質のヘッドホンで力強い音を聴くと、欲が出た。やはり、スピーカーから思い切り音を鳴らしたい。そこで自分が楽しめるぎりぎり最小限まで音量を絞っての上で、思い切って聴いてみることにしたのである。そのことをメールで有薗に知らせると、彼は思いのほか喜んでくれた。「スピーカーで音楽を聴けたのは、音楽だけじゃなくて、いろんな意味で真由さんの大きな進歩だと思う。その記念すべき第一歩が『message』だったことをとても光栄に思う」と。また、『message』を聴いた感想を真由が述べると「そういうことをファンから直に聞けるのは嬉しいね」と喜んで耳を傾けてくれるのであった。増岡が「メッセージを込めた」と詩まで書いてきたときにはメンバーみな驚き「誰が歌うんだ」ともめた結果、詩を書いた増岡自身がトランペットを要所要所で吹きつつ歌うという暴挙に出た、そうしたら意外にいい声でみんな驚いたという秘話も明かされた。レコーディングでは増岡のトランペットに増岡自身のヴォーカルを重ねることができるが、ライブではそうはいかない。ライブバージョンとして別の曲のようにアレンジされるから楽しみにしててくれ、と。




