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透明の向こう側  作者:
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 時刻が二十二時を少し過ぎた。「明日は仕事?」「いいえ。久しぶりに大阪の街をブラブラしてからライブに行こうかなって」「じゃあもう少しゆっくりしても大丈夫だね」「ソノさん、昨日も朝まで飲んだんでしょう?」「どうせこんな時間にホテル帰ったってメンバーだって誰も戻ってないよ」「明日は何時に移動なの?まさか電車じゃないですよね?」「電車だよ。楽器や機材はトラックだけど、メンバーは基本的に車で移動しない。東京近辺なら自分の車で行っちゃうときもあるけど、まとまって行動はしないな」「じゃあバラバラに会場入りなの?」「そう、だから時間にきっちりしていつも待たされる奴と、遅れる奴が決まってる」「じゃあ一緒に移動すればいいのに」「いい歳の男がそんなにずっとツラ合わせてたって暑苦しいだけだよ」

 店内は空席もあり、コースが終わったからと言って慌てて出て行かねばならない雰囲気でもない。真由は少し迷っていたようだが「じゃあ私はカンパリにしよっかな」ドリンクメニューを見ながらそう言うと嬉しそうにニッと笑って有薗が軽く手を上げてウェイターを呼び、自分はバーボン、真由にカンパリソーダを注文した。

 今までで一番激しい遅刻をしたのはリーダーの清水で、リハももう終わりという頃にようやく現れてメンバー一同呆れかえり、マネージャーにはこっぴどく叱られ、ディレクターはじめスタッフにも小言を浴び、結局その日の打ち上げは清水がおごることになった、そしたら打ち上げに我も我もとスタッフも加わり、いつも以上に参加者が多いじゃねーかと清水が切れた、と笑い話を披露してくれた。

 店を出たのは結局〇時近かった。ラストーオーダーだとウェイトレスが注文の確認に来たとき、真由が「もうそろそろ行きましょう」と促し、有薗も従った。

「まだまだ蒸し暑いな。建物の中にいると気付かないけど」歩き出したとたん額に噴出す汗をぐいと腕でぬぐいながら有薗がそうつぶやくと「でも東京の方がヒートアイランド現象だなんだで暑いんじゃないですか?このあたりは浜風が吹く分ましですよ」と真由の返事は生真面目一方だが有薗は構わず「真由さんは長袖なんか着こんで暑くないの?」と長袖のブラウスを着込んでいる真由をいくらか暑苦しげに見やった。「日焼けしたくないし、冷房に弱いから」彼女のその返事が「家族がいない」とさらりと言ったときと同様の「答え慣れている」という感じのスムーズさで有薗に少しひっかかった。なんだろう、あらかじめ答えを用意しているかのような奇妙なまでのなめらかさ。その滑らかさが逆にひっかかる。

 店は繁華街から少し離れているが、駅に近づくと終電を逃すまいと早足の人でどっと込み合い、人をかき分けるように歩くうち、二人は手を取り合っていた。どちらから差し出したわけでもなく、気付けばそうだった。

「ソノさん、このままホテルに戻りますか?もしかしてまだどこかで飲み足す?」「いや、帰るよ」「じゃあソノさんの電車はこっち」つないだ方の手を軽くひっぱって誘導するように真由が歩き出そうとすると有薗がふいと立ち止まり、真由もつられて立ち止まった。「真由さんはまた歩いて帰るの?」「いっぱい食べたし、運動がてら」「そっか。じゃあここでいいよ。今日はありがとう。ほんとにいい店だったと思う」「そう思ってもらえると嬉しい。こちらこそ忙しいのにご一緒していただけて、嬉しかった。ありがとう。じゃあ、しっかり寝て、明日また素敵なステージを見せてください」「うん。そうだ」「何?」「昨日、神戸だけ違うセットリストにしたのは、怪我から一年経った僕なりの真由さんへの感謝の気持ちも兼ねて、ずいぶん遅くなったけど、誕生日プレゼント」「えっ?」驚きに立ち尽くす真由を置いて有薗はくすっと笑うと「気をつけて。おやすみ」と言い残してひらりと改札へ向かう人ごみに吸い込まれていった。

 とんでもないプレゼントをもらってしまった!あまりの衝撃に真由はしばらくその場から動けなかった。

 翌日の大阪公演は確かに神戸とは選曲も曲順もいくらか異なっていたが、どの曲も楽しくて、大人っぽくて、色っぽくてムンと男臭いくせにどこかスマートで・・・言葉に言い表せないJAMANIAの魅力が存分に発揮されていた。なるほど昨日聞いたとおり、有薗の曲は前半四曲目に早くも登場し、会場の熱狂はそこで一層盛り上がった。

「神戸とは微妙に違ってたな、順番。曲も二つくらい違ってなかった?今日も来て良かった」美樹がセットリストの細かな差異にしっかり気付いたことに真由は少々驚いた。JAMANIAへの情熱は真由よりも美樹の方がずっと上回るような気がする。JAMANIAを知ったのは真由が先だが、いつの間にかファンとしての熱意は追い越されてるな、と心の中で美樹の傾倒ぶりに感心するやら苦笑するやらだった。「うん、違ってた。神戸と場所も日程も近いから、私らみたく同じお客さんが来ることを見越して違う構成にするのかもね」そう応えつつも、有薗が「プレゼント」と言ったことを思い出さずにはいられない。

「僕なりの感謝の気持ちと誕生日プレゼント」

 彼にしかできない、音楽という素晴らしい贈り物。会場いっぱいの観客の中の、ほかでもない自分自身に向けて演奏された曲。

 ああ、もう、ソノさんは罪な人だ。そんなことを言われてしまったら、あのライブ以上に素敵に思えるライブなんてなくなってしまう。

じわっと体が熱くなる。

 もちろん今日のライブも真由の気分は高揚した。会場いっぱいの熱気にも圧倒された。ステージパフォーマンスだって最高だった。なのに、どこか物足りなく思えてしまうのだ。

 自分のために演奏した。その事実が、あまりに大きく重く、どっしりと真由の心を占めていた。もちろん真由も子どもではないから、有薗の「プレゼント」という言葉には大いにリップサービスが含められていることくらい承知である。それでも、あまりある嬉しさがこらえきれない。


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不透明人間
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