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透明の向こう側  作者:
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 日曜日、美樹に誘われて彼女の部屋に遊びに行った。部屋には気持ちのいい香りが満ちていた。アロマキャンドルを焚いているようだ。香りに凝り始めた当初は香を焚いていた。そのうち既存の香では物足りなくなって自分で配合できるアロマに目覚め、最近では何種類もの精油を揃えてブレンドしているらしい。香りの質もアロマの方が自分の好みに合っているようだと本を買って独学でアロマの効果なども勉強しているらしく、真由も何度か「リラックスできる香り」「食欲が出る香り」などとオリジナルブレンドをもらったことがある。キャンドルに成型されていたり、ルームフレグランスとしてスプレーボトルに詰められていたりする。キャンドルやボトルの容器、手作りのラベルにまで彼女のこだわりがふんだんに発揮されており店で売れるのではと驚くほどの完成度の物をぽいと渡されたこともある。と言って決して美樹の趣味を押し付けているのではなく、真由が疲れているときなどにそれとなくその時々に応じた香りをプレゼントされることを思えば、美樹のそういう思いやりが真由には嬉しい。確かに、アロマを焚いてみると少し、心が軽くなるように思えることもあった。

「実家帰ったらなんか野菜いっぱい持って帰らされてさ、一緒に食べよう」と、真由が着いたときにはエプロン姿で出迎え、美樹はせっせと料理してくれた。美樹の実家には父親が趣味で家庭菜園をするほどの庭がある。子どもの頃何度か遊びに行ったが、大きなおうちだなーとうらやましく思ったものだった。歳の離れた兄が結婚してすぐに子どもが産まれ、兄一家も家族と同居するようになったときに「追い出されちゃった」と言って一人暮らしを始めた。「家にいると結婚しろってうるさいしね」というのが本音だった。

「で、JAMANIAのラジオが本題でしょう?」料理をする美樹の隣で洗い物を片付けながら真由はこらえきれずくすくす笑った。野菜がどうのと真由を誘った理由を話しながら、顔はほかのことを話したくてうずうずしている美樹がたまらなくかわいらしく思えた。「出演するって教えてもらって良かったわ。じゃなきゃ聞き逃してた」一気に美樹のテンションが高まりつつ、料理の手も休めずに嬉々として彼らがラジオで話したことやそのときかかった曲のことなど実に事細かに喋るのであった。食事の間も食後も時間を忘れ、アルバムではこの曲が好きだとかツアーが楽しみだとか美樹は夢中で話し続け、真由が四月に行ったミニライブの模様をもう一度聞かせてくれとせがんだりした。「清水さんってめっちゃいい人やで」といやに力強く断言するものだから「そんなことわかるの?」と真由は噴出したいのをこらえて聞き返した。彼らがラジオに出演したのはアルバムから三曲流れたのを含めて二十分程度だったらしい。新しいアルバムが発売中で、全曲オリジナルなのは初めてで思いいれもやる気も満々、最高の仕上がりだと熱心に繰り返していたという。その言葉の節々に男気と優しさを感じた、と美樹はますます力をこめて言う。ほとんど清水が話してばかりで「SONOさんはいるのかいないのかわからんくらいやった」と美樹が振り返ったとき、真由はああ、彼ならそうだろうなと思った。有薗はライブのMCでも滅多に口を開かない。ほかのメンバーのようにステージ上を動き回ることもしない。東京でライブの後会ってメンバーのプロフィールの話になったとき、彼は露骨に「そんなことなぞ気にせず音楽を楽しんでくれ」という態度を見せた。あのとき決定的に思ったのだが、どうも有薗は音楽に対して、もしくはJAMANIAでの自分の存在に対して独特の美学を貫いているようだ。自分は音楽のプロであって音楽以外の手段で関心を引いたり笑いを誘ったりするのは自分の領域ではないとはっきりと区別しているような節がある。会えば決して多弁ではないものの、無口でもない。喋る気になればラジオでも喋れるのだろうが、一緒に清水がいれば自分が出しゃばるような真似をする男ではない。自分の出る幕ではないと割り切って清水にトークを任せた有薗が簡単に想像できた。しかし美樹に言わせれば「無口なSONOさんの分まで清水さんが一所懸命代弁してる感じで、要所で笑いもとりつつ、そのフォローもナイスやった」から清水はめっちゃいい人、だそうだ。「DJもSONOさんに話振りにくそうやった」と美樹にとって有薗の覚えはあまりめでたくないようだ。ソノさんは無口でもぶっきらぼうでもない、むしろ穏やかな空気に満ちた人だ、ただ自分の哲学があるんだよと美樹に伝えたかったが、そう言える根拠を提示できないことも十分わかっていたし、何より有薗がそんなことを望まない気がした。ラジオでのトークが冴えないからなんだとふふんとせせら笑う彼の声が聞こえてきそうで、結局真由は言葉を飲み込んだ。「『ツアーでは必ず大阪に来るからみんな来てね』って。いつかなあ。楽しみやね。神戸も来るよね。神戸と大阪、両方行けたらいいなあ」とライブ待ち遠しいうっとりした目をする美樹には真由も心から同意し「楽しみやね」とふたりでわくわくした。「これからは清水さんに大注目やな」と美樹が大いに清水を持ち上げるものだからつい「美樹って付き合うなら絶対同世代って言うわりにずいぶん清水さんに入れ込んでるね。彼ら四十過ぎくらいじゃないの?オッサンやで」と真由はからかった。「清水さんやったらOKやな」との即答には真由は腹を抱えて大笑いした。「何が『清水さんならOK』やねん。向こうが相手にしないって」「まあありえへんけどな」とふたりして笑いあった。散々ふたりで喋りあい笑いあって、真由は気持ちが軽くなっていた。高遠に手首の傷をさりげなく注意されて以来少し気分は落ち込んでいたのだが、こうして大好きなJAMANIAの話で盛り上がり、美樹の妄想に大笑いし、時間が過ぎると心の重荷も少し軽減した。五月に入っており、講義形式の研修もようやくすべて終わり、本格的に救急部の一員としてシフトに組み込まれていた。こんなに気楽な日曜日も当分ないな、と思った。天気もよく気持ちのいい日曜日だったし、美樹の手料理もおいしかった。


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