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透明の向こう側  作者:
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「真由、なんか疲れてない?忙しいん?大丈夫?」

 一緒に大阪でのJAMANIAのライブに行って以来会った美樹の第一声である。小学校時代からの幼馴染で、一番真由をよく知る友人である。真由が医学部進学を決めたとき、一番驚いたのも、一番応援してくれたのも彼女だった。真由は一度、地元神戸の大学を卒業している。そしてそのまま神戸で社会人として勤めていた。しかし、子どもの頃からの夢であった医師になることを諦めきれず退職して予備校に通い、二十六歳で医学部入学を果たした。医学部受験は突拍子もない目標のようで周囲の誰にも話していなかったが、美樹にだけは「もう一度大学に行って勉強しようと思う」と告げていた。医学部卒業を機に真由は神戸へ戻った。三十三歳の今、同級生は次々と結婚していくのに、医師としてスタートしたばかりの真由と「縁がないねん」と仕事に没頭している美樹とは「独身を謳歌しよう」と笑って結束していた。しかし、本当は美樹が人一倍結婚を夢見ていることも、彼女が結婚すればとても楽しくて温かい家庭を作られるであろうことも真由は知っている。いい人と出会えたらいいのにな、と彼女の幸せをいつも真由は願っている。

「ああ、少し疲れてるかな。顔に出てる?いかんなあ・・・」と真由は困ったように頬を手でさすった。「そういう美樹こそ、またやせたんじゃない?少しやせすぎだよ」と美樹の手にそっと触れながら真由が言うと「そうかな。最近忙しくって。昨日も家帰ったの、日付変わってた」と美樹はぼやいた。そして予約していたレストランに入って席につくと、美樹が「今日はまりっぺも佳奈りんも来れなくて残念だったね」とつぶやき「美樹はほら、JAMANIAの神戸ライブで会ってるやん」と真由が応じると美樹の顔がぱっと明るくなり、ぽんと手を打つと「そうそう、JAMANIAといえば、来年新しいCDが出るらしいよ。今度は全曲オリジナルだって」とうきうきと報告した。美樹は真由に誘われてデビュー直後のツアーに行ってJAMANIAを知って以来、真由以上に夢中になり、すぐにJAMANIAのファンクラブに入った。当時ファンクラブはできたばかりで、会員番号が二桁なのが彼女の自慢だった。そのファンクラブからメールマガジンでアルバム発売情報が送られてきたとのことだった。

 この数日前、有薗から電話があった。携帯電話の画面に点滅する、登録されていない見覚えのない番号を少し不審に思いながら出てみると、有薗だった。真由は東京で着信のあった有薗の番号を、結局着信拒否にしなかったものの、登録もしなかった。登録してしまえば、もし着信があったときに、それが有薗からだとわかる、そして出るか否か迷わねばならない。彼と親しくするのかどうか、自分では決められなかったのだった。そして彼からの電話を期待しないことにして着信履歴を消去した。だから、見知らぬ番号から着信があったとき、それが有薗だとは少しも気付かなかったしほんの少しの期待もなかった。有薗の声に真由の体は一気にこわばり、神経のすべてが電話の触れる左耳に集中した。彼は真由がそんなに緊張しているとはまったく気付かず彼らしい艶めいた声と優しい口調で「新しいアルバムのコンセプトが決まったから、知らせようと思って。こないだのツアーファイナルの音源からオリジナル曲だけを何曲か収録するのと、新曲と」と言うと、少し間を置いて「新曲の中で一曲ね、僕の曲があるんですよ。怪我して静養中にふと思いついたフレーズがあって、それを元に作ったんです。だからそれがCDになるの、真由さんに知らせたかった」と言うのであった。アルバムが完成したら送ると言うので、真由は自分でも驚くほど冷たく「自分で買いますから」とひとことつき返してしまった。有薗の優しさに触れることが怖かった、と言えば嘘になるだろうか?しかし有薗は真由の冷ややかな言葉に内心衝撃を受けつつ、それをまったく感じさせずに「じゃあ、きっと聴いてくださいよ」と、ふわりと温かみのある声で答えるのであった。その温かみに、真由の方が驚いた。自分の発した言葉の冷たさと、対極にあるような温かさだった。どうしてこの人はこんなに寛容に言葉を発することができるのだろうと思った。

 電話を切った有薗は携帯電話の画面を閉じるとぐっと握り締めながら、真由の言葉を思い返した。とても「ファンだから自分で買いたい」というニュアンスではなかった。もっとせつなかった。この感じはなんだろう?

 ツアー最終日、ホテルのバーで会ったときにも感じたことだった。入院中には微塵も気付かなかったが、彼女はなぜこんなにもせつないのだろう。「自分で買いますから」。有薗との接触を極力避けようとしているのがあまりにもよくわかるひとことであった。しかしそれが、有薗に対して悪意があるとも思えなかった。そう、彼女がなぜかとてもせつない・・・。彼女の悲しい瞳がありありと脳裏に描かれた。入院中に「親しくなりたい」と感じた朗らかさとはまったく違う関心の抱き方だった。


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