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透明の向こう側  作者:
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 有薗は真由の横からパソコンの液晶画面を覗き込んでいたが、ふとデスク上の小さな置時計が地球儀を模したものだと気付いて突然笑い出した。「ほんとに好きなんだなあ。びっくりするよ」とおかしくてたまらないという風に腹を抱えて大笑いしている。リビングでもテレビの左右それぞれに趣の異なる地球儀がちょこんと置かれているのを見たときには胸の内で笑っていたのだが、今度はつい声に出た。数が多い上に、どれひとつとして似たものがないのだ。アンティークなもの、クリスタルの中に特殊レーザーで彫られた地球儀がほんのり浮かび上がっているもの、オーソドックスに海が青いもの。デスクにあるものは金属製で、時計に化けている。まったくよくこれだけ色んな地球儀を見つけてきたものだと感心するばかりだ。とことんこだわりを追求する奴なんだなと思う。

「ソノさん、こっち来て」真由は大笑いする有薗に落ち着いた声をかけて立ち上がると、和室の窓を向いた。有薗も立ち上がって真由がすっと手を伸ばして指差す方を見ると、カーテンレールを利用して何か小さなものがたくさんぶら下がっている。「私の一番自慢のコレクション」と言われてよく見ると、それは有薗が各地で買い集めたご当地人形たちだった。「ちゃんと北から並んでるねん」「地図作るんじゃなかった?」と面白半分にからかえば「絵がへたくそなのと、貼れる壁がないのとで断念した」と決まり悪そうに苦笑して答える。思えば、これまでどんな恋人や友人にもツアー先で土産など買ってやったことなど殆どなく、ツアーに出てしまえば連絡さえろくすっぽ取らなかった。そんな冷たい男が行く先々で真由の喜ぶ顔を思い浮かべては、こんな小さな人形をせっせと買い集めていたのだから、尋常ではない。とうに自分はすっかり惚れていたんだ、真由は特別な存在だったのだと思わずにはいられない。どうしてそんな単純なことに、贈った方も、贈られた方も気付きもしなかったのか。

「私、東京の人形、選べなかった。だからこのシリーズは完結してないねん」「東京で買わなかったの?」「ソノさんが紡いでくれたものを自分の手で終わらせるなんてできなかった」自ら別れを告げた後なのだ、平常心で土産を選ぶことなどできる状況ではなかったろうと思い至ると有薗にはたまらなくせつなかった。「いいんじゃない?僕らの間に、永遠に終わらないものがあっても。終わりがないから、一緒にどこまでも歩んでいける」なんて素敵なことをさらりと言ってのけるんだ。まったく涙が出るよ。真由はじわりと涙がにじむのを感じた。「ソノさん、ありがとう」わけもわからず、ただ口から漏れたのは感謝の言葉だった。「真由」と優しく呼びかけて有薗は真由と向き合う位置に立ちなおし、そっと肩に手をかけた。「僕のことソノさんて呼ぶのは構わないんだけどね」何を言い出すのか、と真由はまっすぐに有薗を見つめた。「君も、ソノさんになるんだよ。いつか、有薗真由さんになるんだ」「ん?」ハテ、と首をかしげてしばらく考えて、にっこり微笑んでいる有薗をまじまじと見つめて。真由は「あれっ?」と素っ頓狂な声を上げた。「もしかしてプロポーズされてる?」「たぶんね」「えええっ」真由の驚きと対照的なまでに有薗ヘ落ち着き払っている。むしろ驚嘆して表情が変わる真由を見て面白がっているくらいだ。求婚は何も今急に思いついたわけではない。本当は今日、会って真っ先にでも言いたかったくらい、固く決意してきていた。

「私、全然女らしくない」「そんなことない」「料理もできない」「おいしかったよ」「掃除もしない」「十分綺麗な部屋だと思うけど?」「洗濯大嫌い」「自分でやる。真由、僕はお手伝いさんを雇うわけじゃないんだ」温かい手が頬をなで、優しい眼差しが真由の顔を覗きこむ。「でも私なんかじゃいいお嫁さんになれない」真由の中で、結婚など考えられない、今きっぱりと否定しておかねばという長年貫いてきた頑なな非婚の意思と、本当に自分は女性らしいいいお嫁さんってものと対極にあるような人間だというもの悲しさとがせめぎ合い、表情にもその不安定さが溢れている。「そんなもの、期待してない」馬鹿正直な男がそう答えると「少しはしてよ」と女はいじけてみせる。「どっちなんだよ」余裕の笑みをたたえていた有薗もさすがに少々、困り顔になる。「内助の功なんて私には無理」「だからそんなこと期待してないってば」「仕事辞めるつもりもない」「安心しなさい、僕はお医者さんとしての君に出会って惚れた男だ。辞めさせるわけがない」「私、神戸から出るつもりないよ」「一緒に暮らそうとは言ってない。いいじゃない、東京と神戸にそれぞれの生活があっても」「だったら結婚にこだわらなくてもいい」馬鹿だな、と言ってふっと鼻であしらうように笑う。「君と、家族になりたいんだ」「家族?」「天涯孤独だなんて寂しいことを、二度と君に言わせない」それだけだよ。そう言ってにっこりと微笑んだ有薗をしばし見つめていた真由の目からはらはらっと涙がこぼれた。涙の理由は、真由にもわからない。でも、それだけだなんて軽く言うけれど、家族、なんて素敵な響きの美しい言葉だろう。ただ呆然と涙がこぼれ、言葉もなく立ち尽くす真由を有薗はたまらなく愛おしそうに見つめ続けるだけだ。


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