驚きません 前
オトナレンアイという趣向で執筆した作品です。
不器用な大人の恋愛っていいよね。
「いらっしゃい、はいって」
と玄関のチャイムを鳴らして、結衣に誘われるまでのわずか数十秒のうちに鼓動が高鳴った。
女性の部屋に入るときはいつもそう、ひどく緊張を覚える。光郎が結衣の部屋に来たのは、これが二度目だった。
いつかはこういう感覚にも慣れるんだろうか、そんな事をふと思いながら光郎は靴を脱ぎ、揃え、そしてゴクリと唾を飲んだ。
ほのかに匂う結衣の香りとでもいうべきだろうか、彼女の愛用する香水、あるいはボディーソープ。アロマなお香がその要因なのかもしれない。とにかくそうした彼女を識別する上で光郎が思う、女性らしい匂いを感じて、余計に緊張は高まる。
何せ今日は、大事な話があると聞いて、ここに着たのだから……。
一度目に大切な話があるからって呼ばれて、それで光郎は夜遅くに話を聞きに言った時。誠意を見せるつもりで、部屋に入るのはどうかと思うからカラオケで話を聞くよ、って言って確かそうしたはずだった。
けれども、その時は歌も歌わずに二時間をただ寡黙に過して、場所を変えようって事でショットバーに行った気がする。
それで酔った。酔って、しかも時間が午前3時とか、有りえない時間だったから電車が動き出すまでを結衣の部屋で過したんだ。
結局、大切な話なんて交わさずじまいだった。
だからここに今、改めて光郎と結衣は彼女の部屋で向き合っていた。
付き合いだしてまだ、十日あまりが過ぎたばかりだった。
OLとフリーター。大人びた結衣と、学生気分の未だ抜けきらない青年。年上の彼女と、年下の彼氏。
付き合う、という約束はした事が無かった。正確には。
でも、二人は、酔った光郎が結衣の部屋へ入室した時に、二人は付き合い始めたんだという認識を持っていた。
大切な話は、結衣がコタツに入りながら口にした。
「紅茶でいいかな、ええと」
気遣いを見せる彼女は、光郎と違って落ち着いていた。光郎からすれば年上の彼女だからそう感じてしまうのか、それとも事実大人であるから、そうなのかは判らなかった。
「ありがとう」
「お砂糖はこれくらいかしら?」
「いいよ」
「え?」
大切な話が先だろう? と光郎がそういう顔をしてみせる。
若い事は、せっかちなんだと思う。話をひとつ切り出すにも、それなりのタイミングがあるんだと光郎はどこかで知っていたけれども、若さがそうはさせなかった。待ちきれなかったのだ。
何と切り出していいかわからなかった結衣は意を決して向き直って、そうして話を口にした。
――私ね、
「本当はずっと好きだった人がいるのね」
ティーカップから、湯気が上がっていた。紅茶の香りを嗅ぐように、うつむいてティーカップを見つめながらに、つぶやいた結衣は申し訳なさそうな顔をしているのが伺える。
そんな事だろうと光郎は思った。そんな事を切り出されるような気がしていたからこそ、早く知りたいと思う。
自分がこの人よりも事実、若いんだと思うことが悔しかった。年下であると、それだけでなんだか対等じゃない気負いが生まれてしまう。
無念な気持ちが込み上げていたが、覚悟はとうに出来ていたから、とまどいはさほどでもなかった。
「でももう、ずっと連絡とれなくなってたから」
結衣と光郎は出会い系サイトで知り合ったのだ。
「だからね、何か心の隙間を埋める為に、手を出したんだと思うの」
そんな経緯が、二人の間に小さな壁を作っていた。
色々なお話がしたいです。趣味に付き合ってくれる友達募集。
「そしたら、光郎君がメールくれた」
ウクレレやってます。ウクレレならお教えできますよ。
「私の心の隙間に、貴方が入ってきた」
へぇ、ウクレレやってる人なんだ。私ギターすら触ったことないんだけどー。
「満たされたの。面白い話聞かせてくれる貴方に」
ギターの弦は六本でしょ、人の指は五本しかないから難しいんだよぅ。でもウクレレの弦は四本だから、大丈夫。簡単だよー。
「じゃあ聞くけど、その好きな奴ってのがまた姉さんの前にもどってきたら、俺の前から去るの?」
メールで人と接するのと、実際に会って話すのは、大きな違いがあって。
「わからないよ」
相手の顔を見て感じる、感じ取る事だってある。
「俺は、姉さんのことが好きだって、BARでちゃんと向き合って、言ったよね」
恋愛は、その僅かな機微に喜怒哀楽が折り重なって、恋が愛になる。
「うん」
今がその試練の時だった。二人にとっての。