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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
風鈴
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風鈴

百合習作です。苦手な方は読み飛ばしてください!

「えっ? ミスズさんに恋人が、その。お出来になったの?」


 内心それはもうフゥ子は狼狽した。


「うんっ。そうなの!」


 そう宣言したフゥ子のクラスメイトは、色恋話よりもお菓子が大好きなような少女然とした風貌で、とても同い年――高校二年生には見えないのだから。


「えっへん、ミスズも大人の仲間入り。一人前だってこれで証明されたね!」


 この夏のフゥ子といったら部活動や習い事、来年は受験だからとフゥ子のお母様の言いつけ通り塾と家庭教師に忙しくって、ほとんど友達と遊びにいったりもしていない。

 級友ミスズの方は、聞けば部活動もサボりがちに、そのついに出来たという恋人とどうやら楽しくすごしていたらしい。

 そんなこんなの内に、残すところ数日となった高校二年生の夏休みの今。ふたりは、休み明けの模擬試験に向けてフゥ子の家にお泊りでお勉強会だった。


 リンッ。


 熱帯夜の窓際で、気持ちばかりの清涼を与える風鈴が音を奏でた。


「あら、そそうかしら。あたくしくらい大人になると、部活動もお受験勉強も両立して、将来のことを考えながらいろいろ忙しいのよっ」


 フゥ子はそう口にしてみて、やっぱり悔しい気持ちになってきた。

 腰に手を当てエッヘン顔を作っていたクラスメイトは、楽しむかのように片眉をつりあげたまま言い訳を口にしたフゥ子を観察していた。

 勝利宣言したミスズの頬は少しだけ上気している様で、恋する乙女だからそう見えてしまうのだろうか。同い年なのに、いつもより、フゥ子なんかより大人びて見えてしまう。


「恋愛だなんて……そうっ、お子様のやることに時間割いてなんていられないのっ」


「やーん、なにその反応ミスズつまんないぶーっ。せっかくのお泊り会なのにいい」


 日焼けした顔のミスズがいやいやをしてみせる。視線を合わせないように眼中水泳をはじめるフゥ子の目は、やがて溺れそうになった。


「……そそそそういう訳で、いまはお勉強中なんだからミスズさん。お話の続きはまたこんどになさいっ」


――な、何よこの余裕はっ。か、可愛いわね! 見ちゃダメよ見ちゃっ。あたくしは勉強をするの勉強を――

 ぷい、とばかり勉強机に向かって居住まいを正したフゥ子に、


「えー? フゥ子ちゃんミスズの事、気にならないの?」


 背後から伸びてきた両の手が、フゥ子の前で交差して、彼女の背筋にヒヤっとした感触が伝わった。


「き、気になんかならないですわ」


 スリスリスリっ。


「どんな相手とかー、どこで知り合ったとかー」

「あたくしには関係ないですものっ」


 さわさわさわっ。


「本当に関係ないのお?」

「本当に関係ありませんわっ、祝福でもなんでもしてさしあげますわよっ」


 にょろにょろっ。


「ふたりは何処まで進展してるのかとかー」

「そ、そんなふしだらなお話はおよしになってっ」


 ぞわぞわぞわっ。


「やっやめなさいっ。ミスズさんっ、あんっやんっひぁッ」

「えへへへーっ。だーってフゥ子ちゃんの反応がつまんないんだもーん♪」


「ミスズさん、いいかげんになさいっ!」


 背筋に悪寒を覚えたフゥ子は、おもいきり椅子を倒し立ち上がって、勢いミスズの側を向き直った。

 ミスズはというと、驚いた拍子に尻もちをついてしまって呆けた顔でフゥ子を見上げていた。けれども、少しすると顔をひしゃげさせて、やがて鼻をすすって。


「えぐっえぐっ、本当はフゥ子ちゃんの気を引きたくって、嘘ついたの」

「まったく。悪戯がすぎますわよミスズさん」

「えぐっえぐっ。……ごめんなさい」

「……ミスズさん、お怪我はなくって?」

「えっぐえっぐ、だいじょうぶじゃないけどだいじょうぶ」

「ほんっとしょうのない子。ほら、手をお出しになって」

「うんっ。フヒヒヒ」

「キャアッ!」


 フゥ子の差し出した手を取ったと思うと、ミスズは強引にフゥ子を引き倒して、フゥ子の顔を両手で触れて、唇を封じてしまった。


「……んぷっ」

「ちゅうっ」

「にゅぱ」

「ぷはぁ……」

「………」


「やあぁん、ちゅうしちゃった。ちゅうして二人の愛を確かめ合ったって事は、これでフゥ子ちゃんとミスズは恋人同士って事だょ。そうだよね? フゥ子ちゃんだって恋人できたよっ。よかったねー!」


 絨毯の上に折り重なった娘二人。

 一瞬の、その一瞬だけの唇の感触がフゥ子の思考をボオっとさせて、何もかも勉強のことも真っ白に塗り替えてしまった。


「み、ミスズさん!」


――(いや)あああああぁぁぁぁっ。


「あたくしのファーストキス、予想していたのと違いましたわあああぁぁっ」

「うっひひひ~。初ちゅうもおらいい」

「でででもミスズさん。キ、キスしたからって即座に恋人同士ってのは早計に過ぎるというものですわっ。ま、まずはお互いの意思というものが大切なのじゃなくって!? 第一あたくしたち、その。女の子同士じゃないっ」


 必死に抵抗しようとフゥ子が弁舌を奮ってクラスメイトを見返すと、悲しそうな顔をしたそのクラスメイトが、小さくかすれそうな声でフゥ子を見返した。


「……フゥ子ちゃんはミスズの事、嫌い?」

「……そ、そんな事なくってよ」

「ありがとぉミスズもフゥ子ちゃんの事だいすきだよぉ!」

「あっ、やんっ、こら、おやめなさい」


 ぎゅうっと抱きしめられて、いやいやをするフゥ子だけれど、心のどこかで心地よかった。もしかしてあたくし、ミスズだったら許せるかも、とか思ってしまう。

 キスって、それくらい心地いい。

 遠くから足音が近づいてくる気がした。


――あああっ、あたくしどうなってしまうのおぉ!

 そんな風に、ちょっぴりフゥ子は乱れた気分になる。


「フゥ子っ勉強はかどってるか?」


 そういえば、と急に思い出す。大学生になるフゥ子の兄が、今日は勉強を見てくれるという話になっていたのを。ガチャ。




「お茶いれてきたから、お友達と二人でケーキ食べな……」

「お、お兄さまっ!?」

「何だ君たち、もう勉強に飽きたのかぁ。休み明け模擬試験あるんでしょ? ちゃんと勉強しないと」

「あらお兄さま、あたくしたちは勉強熱心だからもう先に済ませてしまったのですよ」


 お兄さまったら、勉強見てくださるとかいっておきながら、ちっともいらっしゃらないんですもの。とフゥ子が気取った顔を慌ててとりつくろって、そう言い添える。

 兄がドアを開けた瞬間、フゥ子は慌てて床に転がったファッション雑誌を右手で引っ張り、ミスズは寝たフリをした。


 フゥ子の左手は、ミスズの右手と絡み合ったまま、テーブルの下に隠していた。


「なんだ、ミサトちゃんも寝ちゃってるのか。お子様だなあ」


 座卓にケーキと紅茶の乗ったトレーを置くと、フゥ子の兄は邪魔しちゃ悪いな、と苦笑して彼女の部屋を出て行った。

 とんとんと、遠ざかる足音を確認して、


「……お兄さん、もう行った?」


 片目だけ見開いて、寝たふりをしたミスズがフゥ子を見やった。フゥ子がギュっと手を握って言葉を返す。


「行きましたわ。……ミスズさん、もうご冗談が過ぎます事よっ。あんな事されてしまいますと、本気にしてよ?」


 からかうつもりが少しあったのか、フゥ子は語尾の具合を少し悪戯っぽい具合に締めくくったのだけれども。


「なにいってるのフゥ子ちゃん? ミスズはいつだって本気だよ?」


 フゥ子の手を握り返したミスズは、つぶらな瞳をフゥ子の側に向けて、そう返した。


「え?」


 リンッ。

 と、もういちど風鈴が涼を運んだ。


――認めたくないものですわっ。これが若さ故の過ちだなんて。

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