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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
放課後レイン
7/48

放課後レイン 3


「内側から開ける時になかなかドアが開かない場合は、ちょっとしたコツがあったんだ」

「どういう風にかしら?」


 不良仲間が助けに来てくれるまでの間、俺はフェンスに持たれかかって桜田未来と話していた。

 口を開いてみると、桜田は思っているほど無愛想なやつじゃなかった。

 いくらか無表情な顔をしている事は間違いないが、相槌はうつし嫌味のひとつも返してくれる。桜田の毒も慣れてしまえばたいした事ではないような気がした。これが中毒ってやつか、なんてね。


「肩をドアにあてるだろ? それからノブを回してグっと押し込みながら開ける。鍵そのものは完全に壊れてるから、あとは押し込むときのタイミングで上手い具合にあける訳だ」

「ふうん、その事はいつから知っていたの?」

「そりゃお前、(じゃ)の道は(へび)っていうだろ。悪い連中とつるむ様になって先輩を紹介されてからだな」

「つまり来栖川君が髪を染めはじめた一年生の頃からだったのね」


 桜田がそんな事を言った。そして俺はてきめんに驚く。


「お前、どうしてそんな事を知ってる? そんなに俺がこの進学校で悪目立ちしていたって話しか」

「さて、どうしてかしら?」


 耳に髪の毛をかきわけながら、桜田は視線をそらした。何を考えているかもわからない桜田だが、視線を落としてしまっては顔色すら伺えない。

 俺はそれ以上追及せずに、話の続きをする事にした。


「ま、知っていたというだけで実際に屋上を出入りするようになったのは三年からだな」

「それは何故?」

「だって先輩怖いじゃん」

「怖いって……あなたそれでも不良なの?」

「先輩は怖いだろ」

「わたしはあなたも十分怖いけれども。それに来栖川君はいつも怖いもの知らずみたいな顔していたから」


 大いなる誤解があるようだが、別に俺は我が物顔の怖いもの知らずな態度をしている訳ではないのだ。

 これでも人間関係には気を使うし、出来れば穏便に済ませたい方だ。ただ学業が振るわないからやさぐれているだけだというのに。

 俺が無念な顔を浮かべたところ、桜田が俺の顔を見て言葉を続けた。


「ほら、あなたは今怖い顔をしているわ」

「うるせぇ!」


 桜田と会話をしていると、俺はどうも調子が狂う。


「……あ、雨」


 顔にポツリと感じて見上げると、空はいつのか間に一面が雲に覆われていた。


「ホントだ」

「あいつら何やってるんだよ畜生、早く来いよ……」


 俺の不良仲間たちはまだ来ていない。

 放課後のホームルームなんてのは担任の性格で多少前後するが、落ちこぼれの馬鹿どもが真面目に放課後の特別授業を受けるわけも無いので、どうせどこかで油を売ってからここに来るつもりなのだろう。


「確かに遅いわね……」

「屋上以外の場所でたむろしている場合は、だいたい学生食堂か自動販売機が設置されているカフェスペースだ」

「とりま給水塔(ここ)の下に」

「ええ」


 給水塔の下側はちょっとしたスペースになっている。少しせまいが何もしないよりはマシだった。


「ここでなら多少の雨は防げるはずだ」

「そうね。けれども、雨足はあっというまにどんどん強くなっていくわね」


 ふたりして空の様子を覗き見する。空が薄暗く覆われているのだから、こりゃすぐにでも本降りになるんじゃないだろうかと俺は思った。

 そこから、俺たちはしばらく沈黙を続けた。


 先ほどは少しばかり桜田との話題が弾んだが、一旦途切れてしまうと話題というのはなかなか作りにくい。まして桜田は元来無口なタチだった。今もぼんやりと明後日の方向を向いて何を考えているのかわからない具合だった。


 だからそれ以上の会話が続かない。


 そうこうしているうちに風まで強くなってきて、雨は横殴りに俺たちを襲ってきた。

 内心で、いくらなんでも不良等(あいつら)は何をしているんだと悪態をつく。

 体がぬれると、五月と言えど微妙に肌寒くなってくる。

 女子は男子より体が冷えやすいだという話もある。うちの姉貴がそうだから、夏場もあまりエアコンを付けないぐらいだ。……もし桜田もそうなら。そんな事を考えながらやつの方向を見やると……!

 

 五月雨(さみだれ)に塗られた桜田の白セーラー服は、長袖が透けて見えていた。


「何かしら?」

「いや、何でもない」


 狭苦しい給水塔の下で体育座りした桜田と、あぐらをかいた俺。

 やつの白い長袖は雨を含んでぺったりと地肌に貼り付いているじゃないか。その事に妙ななまめかしさを覚えた俺は、あわてて視線を逸らさざるをえなかった。

 けれども。


「ああ、それは杞憂(きゆう)というものよ。だって」


 桜田はそう口にすると、胸を張る様にして背筋を伸ばしてみせた。


「透けて見えるとか、そういう事を考えていたのでしょう?」


 どうやら俺の思考はまるわかりだったらしく、表情の乏しい顔に僅かな笑みを浮かべて俺を見上げて言葉を続ける。


「女子は下にタンクトップを着ているから、ブラまで見えることは無いわよ」


 そう言いながら俺の顔を覗き込む。


「……そ、そうか」

「残念だったかしら?」

「いや――」


 何と言ったら言いか、しどろもどろの俺は言葉が無い。少しばかり胸を張って見せた桜田だが、両の膨らみは少なからず大きかったのだから。


「見たいのなら、力ずくで試してみてはどう?」


 俺の事を馬鹿にしているのか、それとも俺がそんな事をしないと思って言っているのか。桜田は先ほど浮かべたままだった笑みをすぼめると、フッとまた表情を消してしまった。


「本気か!?」

「どうかしら」


 俺は桜田と向き合い、まじまじと桜田の肢体と表情を見比べながら――


「おいーっす。来栖川ちゃん大丈夫かー?」


 気の抜けた声とともに、ズガンと勢い良く屋上と校舎を隔てるドアが開く音がした。

 解放された扉から現れた三年二組の落ちこぼれども二人組を見やって、俺はてきめんに焦って仰け反りながら口をパクパクとさせてしまった。

 桜田は相変わらず無表情そのものの顔をしていたけれど、そんな俺たちを見て不良どもが不思議そうな面白がっている様な顔をしていた。


「あれ、何やってたのお前等」

「俺たちもしかして邪魔しちゃったか。むしろお前ら付き合ってたのか?」


――話しが飛躍しすぎだ馬鹿野郎!


 俺はそう叫びそうになったもの、俺よりも先に桜田の方が凄い声で返事をした。


「そ、そんなんじゃないから!」


    ★


 さて、俺は桜田未来について色々と考えてみた。


 勢い勇んで告白してみたものの、見事につっけんどんな態度ではぐらかされてしまった野島は何を考えて桜田に凸をしたのだろうか。


 まあ顔は可愛い。それは俺が屋上で身近に接してみて納得がいったことだ。

 けれども性格はあの通り何を考えているのかわからないし、桜田は級友とかと交際を温めるような人間にも思えない。

 クラスの奴に聞いてみたが野島と桜田は特に一、二年の頃に接触があった様子もなかった。


 つまるところ、野島は恐らく清楚で大人しそうな桜田の顔と外見で勝手に好きになったというところだろうか。


 まあ、やつは黙って教室の片隅で静かに読書をしている限り、確かに様になる様な美人ではあるかもしれないが。


 では俺の場合はどうなのだろうか。


 実のところ、狭苦しい給水塔の下で体育すわりをした事があって以来やつの事ばかりを観察している。

 微妙にだが、やつに弄ばれるような挑発的な会話にいくらかの刺激を覚えてしまったのは事実だった。


 俺みたいな進学校のなんちゃってヘタレ不良相手でも、うちの学校の連中はビビッてあまりお近づきになってはくれないものなのに、けれどもあいつはそんな事はお構いなしに会話をしてくれるのだ。まあ、つっけんどんではあるけれど、そんなやつは今まであまりいなかったのだから。

 それに俺は、桜田が意外と恥かしがり屋である事を知っている。

 屋上で連れに助け出された時だって、俺より先に顔を真っ赤にして叫んでいたぐらいだからな。きっとその事を知っているのは俺だけなのだ。


 やってみなくちゃわからん事もある。未来の事なんてそんなものだ。

 玉砕覚悟で、俺は覚悟を決めたのだった。


    ★


 昼休み。

 いつもの様に独りで可愛らしい弁当を食べた後は読書にふけっていた桜田未来に対して、俺はこう切り出した。


「桜田、放課後は暇か――」

放課後レイン この回終わりです。

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