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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
放課後レイン
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放課後レイン 1

雨っていいよね。

なんだかふたりの距離が近づくから。

 彼女(あいつ)は俺が知る限り極めて地味目(じみめ)な女子だった。


 少なくとも俺が三年生になるまるでその存在を知らなかったし、普段教室で見ている限り、休み時間はじっと大人しく自分の席に座って読書をしている様なやつだった。


 さらさらとした長い黒髪は背中まで伸びていて、パッツンというのだろうか、切りそろえられた前髪はいつもやつの表情をうまい具合に隠していた。


 けれども、よくよく観察してみると切れ長の眼と整った鼻筋をしたなかなかの美形顔でもある。

 そうであるにもかかわらず特にやつがクラスで目立つ事がなかったのはその少ない口数と、時間さえあればいつも何かの本を読みふけっている所為もあるだろう。


 本当のあいつを誰も知らない。


 教室には独りぐらいその場の空気みたいな存在のやつがいるものだが、一見すると桜田未来(さくらだみらい)はそういう女子だったのである。


     ★


 その日、俺はいつも通り放課後に校舎四階から屋上へと続く階段に足を運んだ。


 季節は五月下旬、他の生徒たちはようやく自分のクラスに馴染んできた頃だろう。

 成績がイマイチどころではない俺は、すでに今のクラスでも窮屈な空気を感じているところだった。


 何か特別な理由があったわけではない。ただ単純にウサ晴らしのため、いつも授業をサボる時に使っていた屋上で、少年漫画の雑誌でも読んでから家に帰ろうと思っていただけだ。


 俺の通っている県立欄坂(らんさか)高等学校は、県下でもそれなりに知られた進学校だったけれど、そんな高校でも俺みたいに落ちこぼれた人間の数人はいるものだろう。

 校舎の屋上といえば不良の溜まり場になるのが定番だった。けれども本来は屋上と校舎内をへだてている扉は鍵がかかっているはずだし、四階からそこに至るまでの階段や踊り場にはダンボール箱とか使われなくなった机や椅子が山積みになっている。


 しかしいつからか屋上へと続く鍵は馬鹿になっていて、開かずの扉だった屋上へと続くそれはいとも簡単に開けられる。その事を俺たちは密かに知っていた。


 学年が変わり旧三年生たちが卒業してしまうと、そこはこの春から俺にとってささやかな秘密基地となったわけだ。


 そんな次第で。


 着崩した学生服のポケットに手を突っ込んで、俺が屋上に向かう階段を軽やかに登っていると何故か扉は開いていて、そこには珍しく先客がいた。

 屋上から口論するような言葉が聞こえてくる。

 声は男子のものだった。二人が言い合いをしているというよりも、誰かに向かって言葉をまくし立てているという方が正しい。

 俺みたいな落ちこぼれに関わりたくない連中はここに来るはずもない。となれば、もしかすると教師がついに仲間の非行を見つけたのかも知らない。

 相手の正体を確かめるべく、俺は扉から屋上の様子をうかがう。


 すると、そこにいたのは予想外の相手だった。

 ひとりはクラスメイトの野島という男、そしてもうひとりは意外にも桜田未来じゃねえか。


「な、何でただ付き合うだけのためにそんな事をする必要があるんだ。普通、告白したらハイかイイエ、そういうもんじゃないのか?」


 何を言ったらそんなに慌てるのかわからないが、野島は大いに焦っていた。


「第一そんな事したら、警察に捕まるだろ!!」

「では、わたしと付き合うのは諦めてもらって、そういう事でいいかしら?」


 桜田未来はそう返事した。


「ったく、訳がわからないよ。俺と付き合いたくないなら素直にそう言ってくれたらいいじゃないか!」

「勘違いしないでちょうだい。わたしは付き合わないとは言って無いわよ? ただ条件を出しただけ」

「そんな条件なんてあるか!」


 野島はクラスでも成績はそこそこ、容姿もそれなりに今風の顔をしているし、まったくのブサメンという事は無いだろう。しかし、どうやら桜田は何か無理難題を言って野島を怒らせたらしい。まあ野島は桜田のタイプではなかったという事だな。


「じゃあ別の条件なら飲めるかしら?」

「……何だ、また出鱈目な要求するんじゃないだろうな」


 いったい何を言われればそんなに警戒するのかわからないが、明らかに野島の背中はおびえた風に縮こまっていた。

 まあこの調子じゃどんな条件でも桜田は首を縦に振らないだろう――そんな事を考えながら興味本位で乗り出した瞬間。

 見事に桜田に気づかれてしまうという失敗を俺はした。明らかに視線が交差してしまったのだから、言い訳のしようもない。


「来栖川君に喧嘩で勝つことができたら、考えてもいいかしら?」


 何を言い出すかと思えば、喧嘩で勝ったらかよ……。


「は、はぁ? 来栖川ってうちのクラスの馬鹿の事かよ」

「そうね。そこでわたし達の事を高みの見物している、三年四組の来栖川隆景(くるすかわたかかげ)君の事よ」


 野島が素っ頓狂な声を上げながら、桜田が視線むけていたこちらの方に振り返る。

 来栖川というのは俺の事だ。しかも丁寧に下の名前まで口にして自分が指名されると思っていなかった俺も、一緒に「なに?」と思わず言葉をもらしてしまった。


「く、来栖川、いたのか」


 バツの悪そうな顔をしながら野島が俺の方を見やった。

「馬鹿で悪かったな野島」


 野島に馬鹿呼ばわりされて不快だったが今はそれどころじゃない。俺もいつのまにか当事者の一人に巻き込まれて状況が把握できていないからだ。


「い、いや何でもないホント失礼しました。じゃあ俺ホント用事あるんで、ホントごめん帰るわ!」


 野島はそうまくしたてて勢いよく俺に頭を下げると、告白相手だった桜田の事をチラ見する。俺の前をすり抜けて勢いよく屋上の扉を閉めて走り去っていった。

2013年5月関西コミティア向け収録作品。

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