僕の好きな人は、教室の斜め前に座っている。 2
憂鬱な物語表現があります。
苦手な方はお読み飛ばし下されば幸甚です。
3
僕の好きな人はお兄ちゃんが好きだと告白した。
そのひとはお兄ちゃんとラブホに向かった。
この事実を受け入れられない僕は、先日にもまして寝つきの悪い夜を過ごすことになり顔色はより一層悪かったに違いない。
「お前、本当に大丈夫か?」
朝、登校してきたトモカズが教室の自分の席に突っ伏している僕にそう声をかけてくれた。
正直なところ放っておいてほしいという気持ちが半分あった。
それでも何か話していれば少しは気がまぎれるかもしれないと視線を上げてトモカズを見やる。
「ああ、まったく寝つけなかったのできっと青白い顔をしているんだろう僕は」
「青白い上に、目の下のクマが昨日の二倍だ。というか何があったんだ……」
「何が何だかわからないぐらい、訳が分からない。とりあえず気分が悪い」
「そりゃ見ればわかるが……」
摂津さんはまだ学校には来ていなかった。
なので僕の心はまだ生きた心地がしている。
ただし摂津さんが登校してきた後は、どうなるのか僕にも分らない。
ひとつ言えることは僕の摂津さんへの思いは叶う事なく、そればかりか憎悪にも似た気持ちが僕を包んでいたという事だ。
かわいさ余って憎さなんとやらだろうか。
わからない。わからないけれど、ちょうど登校してきた摂津さんを目撃した僕は自分でも眉間にしわを寄せている事を理解していた。
こめかみが痛くて、少し吐き気も感じた。
摂津さんは僕と一瞬だけ視線を交差させたけれど、昨日と同じように僕の方からその交わりを解いた。
けれども。
視界の端から彼女が消える瞬間に、彼女の口元に微笑めいたものが浮かんでいるのだけは覚えていた。
どういうつもりだ。
僕はそんな思いで胸を焦がして、吐き気をさらに込み上げさせてしまった。
そしてその放課後、今度は摂津さんの方から僕に話しかけてきたのだ。
「小谷くん。これから少し話があるのだけど、いいかしら?」
今さら僕から彼女に話なんてあるはずがない。
摂津さんはお兄ちゃんとイケナイ関係を結んでいるのだ。つまり僕の一方的な想いはそこで潰えたのであるし、これ以上なにもあるはずがないではないか。
あるいは摂津さんは、彼女に秘密を知ってしまった僕が誰かに言いふらす事を警戒したのかもしれない。
そんな馬鹿な事を僕はしない。
仮にも僕は普通の人間だ。摂津さんと違って変態でもないし、脅迫まがいの事をして何かを得ようと思うほどの鬼畜さも持ち合わせない臆病者だ。
摂津さんの事は憎いけれども、彼女とこれ以上関わり合いを持とうなどとは思わなかった。
むしろ一刻も早く忘れたいと思うのが本音だ。
そんな事を心の中で思案しながら黙っていたら、彼女が僕の手を引っ張ってきた。
「いいから、そんなところに突っ立ってないで」
「お、おい」
僕はまだ何も返事すらしていないというのに、彼女は強引に手を引いて昇降口を飛び出す。
普段は誰ともつるまないような摂津さんが僕と手を繋いでいるものだから、ちょっとした注目をぼくたちは集めてしまった。
悔しいけれど、こんなカタチだけれど、手をつないだ瞬間に僕はドキドキした。
馬鹿らしい、もしかしたらこれから摂津さんに何かしらの口止めをされるだけかもしれないのに。
もしそうだとしたら馬鹿にしないでほしいと言い返してやるつもりだ。
それなのに胸の鼓動はいよいよ激しくなってきて、この先のまったく読めない展開に僕はおもいきり狼狽していた。
「さてと。それじゃ」
昨日と同じ校舎裏へとやってきて、摂津さんはツインテールを揺らしながら僕の顔を見た。
「話って何だよ……」
「小谷くんは中山くんと仲がいいんだっけ?」
中山はトモカズの事だ。休み時間になるといつもトモカズと、もうひとりの悪友ユウジとだべってばかりいるのは摂津さんも目撃していたはずだ。だからその事を彼女が知っていても特におかしくはない。
「まあ前のクラスから一緒だったし」
「中山くんには、わたしの事しゃべったりした?」
やはりそう来たか。彼女は僕にくぎを刺すつもりらしい。
「馬鹿にするなよ。僕はそんなに口の軽い男じゃない……」
摂津さんから視線をそらしながら僕はうごめく様に返事する。
「好きな人がお兄さんとデキてるなんて、ショックすぎて他に言いふらしたりできるかよ」
「ふふ、ありがとうね」
そう言うと摂津さんは小さな顔に艶やかな笑みを浮かべた。
見ていられなくなった僕が視線をふっと外すと、彼女は僕の顎に手をすっと差し出した。そして、
「黙っててくれて、ありがとうね」
摂津さんが僕の唇を封じた。
僕の唇は封じられて、否、僕と彼女の唇が重なり合ったかと思うと、次の瞬間に僕の口の中のさらりとした感触が侵入してきた。
何が起きているのか僕の思考が追いつかないうちに、僕の下唇を最後に摂津さんのやわらかな唇がつまむようして、そして離れていった。
僕は生まれて初めてキスをしてしまった。
★
キスをした事について考えを巡らせた。
それは突然の事だったので、僕が何かその事に感想を抱くよりも早くにすべてが終わっていた。
改めて思い返してみると、悔しい事に興奮した。
その唇はきっとお兄さんともふれあっていたに違いない。
否々、そんな生易しいものではなくずっと艶めかしい絡み合いをお兄さんとはしているに違いない。
そう思うとたまらず吐き気が込み上げてきて、そして僕は胃の中身をまき散らした。
有り難い事にそれは下校してから家での出来事で、誰にも迷惑もかけてないし醜態もさらさずに済んだのだけれど、おかげで昨夜もまともに眠る事が出来なかった。
当然そんなひどい状態の僕を心配して、教室に姿を現したトモカズは僕に話しかけてきてくれた。
「悩みがあるんだったら、俺でよければ聞いてやるから」
彼はそうは言うけれど、とても話すことは出来ない。
口封じとばかり僕の唇を奪った摂津さんへの義理立てという訳ではない。
もちろん、それもどこかにあったかも知れないが、それよりずっと大きく僕の中であったのは、長らく消化しきれないでいる摂津さんとお兄さんの関係についてだった。
こんな事、話したところで気が楽になるはずもない。
第一、自分が好きだった人が兄と出来ているという、こんな自分の秘めた思いを汚された事について誰かに知られるのはずっと嫌だった。
だから返事はおのずとおざなりになっていた。
「悩みというか、単にアテが外れただけだ」
今できる返しはこれが精いっぱいだ。
「つまりフラれたという訳か」
トモカズがしたその答えに僕は驚いて顔を上げると、彼の視線は教室へと入ってきた摂津さんを向いた。
「コソコソ摂津さんと会ってたもんな」
その事はすでにトモカズに知られていたらしい。
気分がすぐれない所為で、どこで知られたのかどこかで見られていたのか詮索する気分にはれなかった。
トモカズにぼくが摂津さんを好きだったことがバレていた事も少々驚いた部分ではあるけれど、重いため息とともにその事もどうでもよく感じてしまった。
「とにかく今はしんどい。頭が痛いし気分が悪いよ」
「まあこういうのは時が解決してくれるさ。早く忘れろ」
ポンと肩を叩くとトモカズは自分の席へと戻る。
僕と摂津さんは今日も視線を一瞬だけ重ねてしまったけれど、彼女は何事もなかった様に僕に一瞥くれた後、自分の席に腰を落とした。




