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コ・イ・ノ・カ・タ・ス・ミ  作者: わしこ
かわいくねーし!
4/48

かわいくねーし! 4

 普段、瑞希は女っ気のかけらも無いような格好で過ごしている。

 もちろんお出かけ用の服はもってはいるけれど、その中に「男の子とデートするための勝負服」は含まれていなかった。


 身動きのとりやすいパーカーやジャージの類ばかり引き出しに完備されていて、いざという時になって瑞希は泣きそうになった。

 こんな時に頼りになるのは、やはり小学校時代からの大親友、高槻茜だ。

 デートの前日である週末の深夜になって泣きつくと、


『まったく、瑞希って昔から甘えベタなのよ』


と、ひとしきり愚痴をこぼしながらも、茜は戦闘用具を持参で朝一番に堀川家に来てくれる事を快諾してくれた。

 そして、


「なにこれ?」


 ヘアバンドで前髪をアップした瑞希が声を漏らした。


「見ればわかるでしょう? つけまよ、つけま」

「つけまって着けまつ毛か?」


 鏡台の前に女子が二人。


「そんなのいらねーし。普通の化粧で十分だろ」


 気恥ずかしそうに瑞希が抵抗した。


「女の子は目力でビックリするぐらい印象がかわるんだから、ちゃんと着けなさい」

「いらねーし!」

「ほら、しのごの言わないで着けるの。前日になって泣きついてきたのはどこの誰だったかしら?」

「あたしだけど……」

「んじゃあ、わたしの言う事を聞いてもらわなくちゃ困るわね。抵抗したら金輪際、ヘルプには着てあげないわよ?」


 そう言って動き回る瑞希を押さえつける茜。


「そんな~あかね~っ」


 普段はアップしている前髪を下ろして、少し横に流すように茜がセットしてやる。

 鏡の向こうに映った瑞希を見ながら茜が言った。


「ほら、瑞希。すっごく可愛くなったじゃない?」

「べ、べっ別にかわいくねーし!」


 朱顔の瑞希がそれを否定する。


 女の子らしく、というか唯一かわいらしく見せられそうなブラウスとキャミの組み合わせ、それにショートパンツのコーデにしてみた。

 あいにくスカートの類は普段から瑞希が嫌がってほとんど買わなかったために、相性のいい組み合わせが無い。


「うわあああっ、やっぱこれおかしいんじゃねえの?!」

「大丈夫よ瑞希、自信を持ちなさい」

「んでもようぅ?」


 ぐずる瑞希を諭しながら、堀川家の玄関から送り出す。


「ほら、急がないと待ち合わせの時間に間に合わないよ!」

「わ、わかった行って来る!」


 せっかく茜をヘルプで読んだのにギリギリまで瑞希が納得しない具合で、もう待ち合わせ時間までは猶予が無かった。

 運動部女子らしくいつもの様に全力疾走とはいかず、瑞希はちょっと小走りといった感じで駆けていく。

 そんな姿を茜は見送った。


「心配しなくても瑞希はとっても可愛いもの。仏光寺君もびっくりするわきっと」


 そう呟いた茜は、手に持っていた携帯電話で時刻を確認する。


「まだもう少し時間には余裕がある見たいね……ってこれ、あらま」


 茜が手に持っていたのは瑞希の携帯電話だった。


    ☆


 家を飛び出して、もよりの私鉄駅に行くバスに飛び乗る。

 こんな時に限ってバスは渋滞していた。

 デートの前日に仏光寺とは連絡先を交換していたので「もしかしたら遅刻してしまうかも」とあわててメールをしようとした。

 けれども。


「はれ? んと……ケータイ、どこだ!?」


 カバンの中に入れているつもりだった携帯電話が見つからない。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよーーーーう。

 揺れるバスの中で瑞希は大いに焦る。


 初デートなのに。


 人生ではじめてのデートなのに、遅刻するとかありえない。

 バスは瑞希の焦りとはうらはらに、一向に渋滞から抜け出す気配は無かった。

 ずっと続けてきた空手の教えから、どんなときも五分前の精神で行動する事と父や先生たちから指導されてきた。


 今までだって瑞希はずっと守れてきたのに。

 肝心なときに間に合わないっ!

 自宅を飛び出した時間から逆算すると、普段なら余裕を持っても三〇分で到着できるはずなのだが。

 渋滞に巻き込まれた時点で、それはもうかなわない。

 今が一体何時なのかがわからない。

 バスがあとひとつで私鉄の最寄り駅――待ち合わせ場所という時になって、どんどんと瑞希の感情は高ぶり始めた。


 せっかく仏光寺少年にデートにさそってもらえたのに、はじめて告白されたのに。

 仏光寺だって勇気を出して告白をしたに違いない。こんなガサツな女でも好きだといってくれたのに。それなのに遅刻とかしたら、やっぱりあたしはガサツとか思われちゃうじゃねーか。

――あたしにも、もしかしてやっと恋愛とか出来るかもしれないチャンスがきたのにーっ!

 感情が最高潮まで高まっていったちょうどその頃、バスは待ち合わせ場所の私鉄駅のロータリーに侵入していった。

 あわててバスの窓から駅建物にかけられた時計の時刻を見る。


 時刻は午後二時五分。


 プシュウとバスが停車してドアが開いた瞬間、定期入れをバスの運転手に見せるのもまどろっこしいという風に、瑞希は弾丸のごとく飛び出すと、ロータリーの端にある花壇まで走った。

 とにかく、一秒でも早く待ち合わせ場所に行って謝らなくちゃ、と瑞希は思う。

 花壇の先に、仏光寺少年がやわらかい笑顔を浮かべて待っていた。


「あ、堀川さん」

「……すまん仏光寺まじごめん……せっかくのデートなのに遅刻しちまって……」


 乱れた息を整えながら瑞希が言葉を絞る。

 仏光寺少年はいつもどおりの優しい顔にメガネ姿。一方の、


――あたしは、完全にボロボロだ。自分では最大限の可愛い服とかメイクとか髪型とか、そんなことを意識して茜にも手伝ってもらって、精一杯やったのに。遅刻もして髪型も服も乱れて、何もかも、もう台無しだ。


 しまいには、瑞希の目元がうるうるとしてきた。


「せっかくのデートだったのに、ほんとすまん」

「うん、気にしてないから。それよりほら」


 仏光寺は口を開いた。


「俺のために、今日はすごく頑張ってくれてありがとう。あの、」

「んだよぅ……」

「すごく、可愛いです。瑞希さん」


「かっ……かわいくねーし!」

かわいくねーし! この回で終了です。


次回から別の主人公視点の短編になりましが、

名作ラブコメ「BOYS BE…」みたいなノリで受け止めていただけると幸甚です!

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