かわいくねーし! 2
その日のお昼休み。
いつもよりソワソワとしている瑞希の異変に気づいたのは、教室で机を付き合わせながら向き合って一緒にお弁当を食べていた親友の高槻茜だった。
「はぁ……」
お弁当をひろげてしばらくたっても瑞希は元気なくおかずをつつくばかり。
いつもなら元気一杯の瑞希の方から、他愛も無い話題を振りまく方なのにだ。。
また大きくひとつ瑞希がため息をこぼすと、茜が探るように切り出す。
「まったく何を動揺しているのかしら、瑞希の顔はわかりやすいんだから」
苦笑を浮かべて茜は続ける。
「それで、何があったの? 親友のわたしにも言えない事かしら?」
「ななな何のことだよいったいっ」
お箸でおかずをつまんでも、ポロポロと落としてしまう瑞希は慌てて茜の顔を見やった。
「ほらその顔、何かあったから顔が赤いんでしょ。授業中もずっとソワソワして、窓際の方ばっかり見てたし」
そんな風に言って、午前中の授業時間に瑞希がチラ見していた方角に茜が視線を向ける。
「何でもねえってば!」
ちょっとだけ声を荒げながら瑞希が立ち上がる。
「ホントかしら」
「ホントだっての」
「じゃあ何でそんなに今日は落ち着かないの? 部活の朝練で何かあったとか」
「ぶ、部活では何にもなかったよ。ただボサっとしてて先輩に怒られたけど……」
着席した瑞希は、お箸でお弁当のおかずをイジイジとつつきながら返事をした。
「何かあったから、先輩にどやされたんでしょ」
「………」
「そうねぇ……勉強以外で瑞希がおかしくなることっていったら……」
小首をかしげながら茜が思案する。
そんな茜の態度を、おそるおそる瑞希がのぞきこむ。
「な、何だよ? 何にもねーよ」
茜と視線が合ってしまい、あわてて瑞希は顔を背けながらペットボトルのお茶を口にもっていった。
「ははーん、さては告られた訳ね?」
そう茜が切り出した瞬間、
「ぶぶぶっ……ケホッケホッケホッ――」
口に含んだお茶を吐き出した。
茜はというと、そんな瑞希の行動を予測していたように、小さなお弁当をひょいと持ち上げて、タイミング良くお茶の噴水をよけてみせた。
「あら正解?」
「――ち、ちげーよ。手紙もらっただけだっての!」
「手紙? あらラブレターもらったの」
ポケットティッシュを差し出しながら茜が聞く。
「今日、いつもの様に朝練に出てきたら、下足箱の中に手紙が入ってたんだ」
受け取って吹き零れたお茶をを拭きながら、観念した様に瑞希が言った。
「それで?」
「あたしのことずっと好きでした。だからお友達からでいいのでお付き合いできませんか、みたいな……」
「誰から?」
「ほら、うちのクラスの」
「うん」
「吹奏楽部で笛を吹いている仏光寺だよ」
「あー。あのメガネの彼? 確かフルートを担当していたのですっけ」
「そのフルート君だ」
二人はそういいながら、午前中に瑞希がちらちらと眺めていた窓際の席の方を見やった。
幸か不幸か、昼休みに仏光寺少年は不在だった。おそらく学生食堂か購買部でパンでも買っているのだろう。
「ふーん。いいじゃない、割とマジメな子だし。学校の成績もそこそこ良かったんじゃないかしら? わたしほどじゃないけれども」
思案しながら茜が言った。
「………」
「そうね、成績の悪い瑞希がもし勉強で困っても、仏光寺君なら手取り足取り、教えてもらえるんじゃないかしら?」
などと、面白そうに茜が笑った。
「てて手取り足取りって、やらしー言い方すんなよっ」
「うふふふ。それでどうするの?」
「むーーーっ。わかんねぇッ」
「付き合わないのかしら?」
「わかんねえっ――……ってばよっ」
たまらず大きな声を上げそうになった瑞希。途中ではっと気づいて声を小さくしたけれども、教室で食事をしたり雑談しているクラスメイトの注目を集めてしまったようだ。
「ホント、瑞希って判りやすい子ね。あなた、オデコまでまっかっ赤になってるわよ?」
からかうような、同情するような、そのどちらとも付かない表情で茜が言う。
すると瑞希は立ち上がって、
「ちょっと、顔洗ってくるっ」
そう言い残すと教室を飛び出そうとした。
すると、そのタイミングで教室に戻ってきた仏光寺少年と鉢合わせになる。
「あっ堀川さん――」
「ぶぶ、仏光寺っ」
「堀川さんあのっ」
「はわわわっ、うわーーーーーっ」
何かを言いかけていた仏光寺を制する勢いで、瑞希は意味不明な奇声をあげながら逃げ出した。
☆
そんな光景をぼんやりと眺めていた茜。
「仏光寺君と……瑞希がねぇ」
弁当をつつきながら茜が呟いていると、たまたま仏光寺と視線が合ってしまう。
「頑張れ仏光寺君っ」
と小さく言葉をもらして、さり気なく親指を突き立てて見せた。