神風は階段の下に吹く。 後
「滝脇君も池田君も何をやっているのかしら?」
明らかに二人の犯行現場を押さえたという風に、茜が小難しい顔をして睨みつける。
小柄な体躯に長い黒髪をツインテールに結んでいる茜は、長身の男子二人を見上げる格好だった。
けれども、いかにも歳相応の少女然とした茜の表情は、もともと意志の強い性格だからか学級委員という立場がそうさせるのか、きつめの印象を与える鋭い視線を二人に向ける。
「あ、いや。ちょっと気象学についての話をしていたところだよ。な、滝脇君?」
「そそ、そうだよ高槻さん。なんだか今日は不可思議な風が吹くなーって。なあ池田君?」
二人が揃って意味不明な言い訳をとりつくろう。
「……滝脇君は先生を呼びにいったんじゃなかったかしら?」
「ええっと、あれ? そうだっけっ」
滝脇はそういう態で確かにホームルーム前の教室から抜け出した。
「そうよ。まったく。階段の下から女性のスカートの下を覗き見するなんて」
「しっかり何をしていたのかまで見られてたわけねー」
お手上げだわ降参っ、とばかり滝脇は文字通り肩をすくめて手を挙げてみせる。そして主犯格はコイツだといわんばかりに義弘の顔を見やった。
ため息を一つこぼしたもう一方の学級委員の茜は、
「滝脇君、職員室まで先生を呼びにいってもらうよう改めてお願いするわ」
「そ、そうだね。じゃあ俺は行ってくるよ。じゃあな義弘っ」
「ええ。みんな待っているから出来るだけ急いで」
茜がそういって即すと、滝脇は苦笑を浮かべて職員室の方へ走っていった。
釈放された共犯者の後姿を見送った義弘は、隣から冷たい視線を浴びせてくる女子学級委員を見やった。
こういう場合、何と言ってこの瞬間を取り持っていいかわからない。
「ははは、まいっちゃうよな」
「何がかしら?」
お茶を濁したかった義弘に、容赦なく茜が投げかけてきた。
「いやだから、ほら……なんというか」
「何を言っているのか要領を得ないわ。はっきりと、ものを言いなさいな?」
「……えっと。学級委員が階段の下で女子のスカートの中を覗こうとか、やっちゃだめだろーって感じで」
うつむき加減でしどろもどろに義弘が応えた。
すると、普段からきつめの印象を与える釣り目をすぼめて、茜が顔を寄せてくる。
「あなたも一緒に見ていたでしょう? それも、この場所で風が吹くと最初に気がついたのはあなただったような口ぶりで」
「………」
覗きこむように一歩近づいてきた茜に、義弘はとまどった。
「どうなの?」
「た、確かにそうだ」
「それじゃ余罪を認めるのね?」
「………」
「今までもここで女子のパンチラを見ていたと」
「あ、ああ」
学級委員の口からパンチラという言葉を聴くと、妙に艶かしく感じてしまう義弘。
「ふ、不可抗力だろ。俺が風を吹かせてパンチラしてた訳じゃないし。まあ知っててみてたんだが」
「もしかして、その中にわたしのパンチラも含まれているのかしら?」
学級委員というだけあって茜の服装、特にスカートの丈は極端に短いというわけではなかった。けれども、やぼったいほどに長すぎる訳でもない。
嫌らしい風さえ吹いてくれれば、その過不足ない丈のスカートは中身を拝観させてくれるのである。
「………」
「どう?」
茜はどこか面白がるような笑みを浮かべつつ、問い詰めるような口調で質問した。
「何というか、いや。狙って見ようとした訳じゃないんだ。たまたまここで風向きの確認をしているときに一度だけ。そ、それに露骨に見ようとした訳ではないぞ、常識的に考えて」
「そうかしら? あなたたち二人の行いは非常識的だった様な気がするのだけれども」
義弘は絶句した。その通りなのだから、しょうがない。
「まあいいわ。その時の私の下着は何色だったのかしら。覚えてる?」
「……白のレース」
義弘がそう返事をした瞬間に再び茜が笑みを浮かべ、不意にひざを立てた。
そしてそのひざは義弘の股間を直撃する。
「ぐほっ……ちょ。いいんちょ、金的っ」
身をかがめて義弘は苦悶の声をもらした。
それに対して茜は半歩ばかり後ろに下がるとスカートを畳みながらしゃがみ、悶え苦しんでいる義弘を見上げた。茜の表情は、先ほどまでの釣り目をすぼめるものではなく、その柳眉を寄せて口をすぼめるよう。
「約束をしましょう? これから、二人だけの時は委員長じゃなく、茜さまと呼んでもらうわ」
少女然とした外観からは想像も出来ないようなサディスティックな発言を二年四組の学級委員が口にした。
「何で俺がそんな事をっ」
「わたしの下着を見たからに決まってるじゃない。それに、これがもし私ではなく教師に見つかっていたのなら、あなたはもっと大変なことになっていましたよ? 私が黙っていれば、あなただけでなく滝脇君の名誉まで保たれるわ」
「茜さまとか、冗談だろ?」
「あなたは友達を売るような人じゃないもの。ちゃんと茜さまって呼んでくれるはずだわ」
無表情でそんな事をさらりと言ってのける茜に、義弘は恐怖した。
「………」
「そのかわり、女子の下着が見たくなったらわたしのを見せてあげるから」
「はあ? わけわかんねえ……見たいけど」
義弘が怪訝な顔をした。
「これで、どうかしら? 悪い条件じゃないと思うけれど」
極上の笑みを浮かべた茜がそう言った。そして続ける。
「ほら、言って見なさい? 簡単じゃない。あ・か・ね・さ・ま――」
「……あ、茜……さま」
蛇に睨まれた蛙の如く引きつったまま義弘が言った。
「うふっ、よく出来ました。これで、これからあなたはわたしの僕よ」
茜は微笑を浮かべて立ち上がると、そのままきびすを返して教室へと向かった。
「……おい」
「それじゃ池田くんも早く教室に戻りましょう。そろそろ先生が帰ってくるわ」
振り返りもせずそう言った茜を目で追いかけながら、前のめりになりつつ義弘が立ち上がる。
◆
二年四組の女子学級委員がその背中の向こうで小さくガッツポーズを取っている事を、義弘は知るよしもない。
――これで池田君はわたしのものっ!
◆
それからほどなく後に滝脇は、学級委員の相方と、その相方の半歩斜め後ろを付いて歩く悪友をしばしば見かけるようになった。
けれども彼はそれをご愁傷さまとは思わない。
「神風が吹いて、モテない男にもやっと恋の季節が来たな」
相手は美少女だがジョロウグモみたいな女ではあるけれども。
そんな事を滝脇はひとりごちた。




