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君はまた、僕に笑う  作者: 水野悠亀
『再会』
8/13

父の背中

「へぇ〜俺も行ってみたいです」



 俺は隆に昨日は故郷へ釣りに行ってきたという内容を休憩場で話していた。この会社は絶賛ウナギ登り中ということもあり休みが少なくなっている。その為休日の話題は会話が弾むし、よく食いつく。



「また機会があれば連れて行ってやるよ」


「楽しみにしてます!あ、俺もCDの曲入れていいですか?」


「はぁ、もう好きにしろ」



なんで俺の車にそんなに曲を入れたがる?意味がわからない。自然と溜息が出る。



「なんだ中村。お前釣りするのか」


「あ、はい。釣りが唯一の趣味でして。岸田さんは休日何してるんですか?」



どうせこの人のことだ、1日中寝「言っておくが、1日中寝てたりはしないからな?」


 最近は人の思考を読む人が増えて困る。やっぱりてるてる坊主繋がりでサイコパス。



「パチンコだ」


「うわっ〜いかにもって感じですね」


「なんだよ、中村の時と反応違いすぎだろ」


「釣りはまだいいですけど、パチンコとかお金の関係するやつはちょっと……」


「釣りだって道具に金使うだろ?」


「お金の使い方違うじゃないですか」



 隆がそう言うと岸田さんは人差し指を立ててチッチッと横に振った。


「その“お金の使い方“がいいんだよ。わかってねぇなぁ〜当たった時の快感は半端じゃない」


「へぇ〜じゃあこの前の休みは当たったんですか?」



 隆の素直な疑問は岸田さんの心を抉ったようだ。顔が凄い顰めっている。



「い、いつも当たったりなんかしたら逆に面白くないだろ?偶にだよ、偶に」



 そう言って岸田さんは自分の持ち場へと戻って行った。随分と負けたのだろう。あの背中から悲しさが漏れ出ている。

 そんな感じで色々と話し気分転換をしたが、俺は中里と舞の事が頭から離れず仕事に集中出来なかった。



 ▽ ▽ ▽



「優人さん、お昼行きませんか?」



 いつも俺は隆とお昼を食べている。中里を1度誘ったが断られた。少し隆に苦手意識的なものがあるみたいだ。



「すいません、電話です。待っててもらえますか?」



 大丈夫だと言うと隆は曲がり角へ消えていった。さて、何にするか決めておこう。その場で立ち止まり思考する。



「中村さん」


「わっ!?な、中里か、いきなり耳元で囁くな!」


「奇遇ですね。そんな所で何をして…いや、何にするか悩んでいるんですね。わかりますよ、私は賢いですから」


「このバカは俺の言ってることが聞こえてたのか?」


「何言ってるんですか?私は賢いですよ?」


「耳鼻科行ってこい」



 心の中で溜め息が出る。これが自分の惚れた女性だと思うと頭が重い。



「そういえば、昨日中村さん釣りに故郷へ行ってたんですよね?故郷は……どうだったんですか?」



  中里には昨日釣りに行ったことをLINEで話していた。釣りに関してはあまり聞いてこないが、故郷の事については気になるようだ。



「昔と全然変わらず自然豊かな良いところだったよ。川も凄く綺麗だった」


「そうなんですか、それは良かったですね」


「また連れて行ってやるよ。落ち着くしリフレッシュにもなる。それにお前の為にもなるだろ」


「それはどういう……「優人さーん!すいません、お待たせしました」



 振り返ると隆が少し走ってきた。中里は隆を見ると顔の無表情が少しこわばった。



「隆、中里とも飯を食べたいんだけどいいか?」


 ここで中里の苦手意識を払拭してもらいたいから提案した。隆は本当に良い奴だと感じるから大丈夫だと思う。



「俺はいいですよ?」


「私はまだお腹減ってないので失礼します」



  隆は笑って社交的に言ったが、中里は拒否して戻っていった。本当にどうしたんだろうか?疑問を抱きつつ俺は隆といつも通り昼飯を食べた。




 ▽ ▽ ▽




「中村、仕事終わりか?なら俺を近くの喫茶店まで乗せてけ」



 仕事が終わって帰ろうとした所を岸田さんに捕まえられた。いつも突発的に色々言われるが少し慣れてきた。そのまま岸田さんを喫茶店まで連れて行ったが岸田さんは終始無言でボーッとしていた。が、降りる前に俺にも付き合えと言ってきた。



「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」


「はい」



 そう言うと定員さんが喫煙かどうか聞く前に岸田さんは喫煙テーブルの方へ向かった。俺は吸わないんだけどな……心の中で呟いた。

 喫茶店は人もあまり多くなく静かな時が流れている。俺と岸田さんはコーヒーを頼み、しばしの沈黙が訪れた。するとタバコを取り出し吸い始めた。



「俺はお前の先輩だ。だから面倒臭いが後輩であるお前の面倒を見なきゃいけない。今日はあんまり集中出来てなかったな。最近はそれが多い。どうした?」



 流石は先輩か、しっかり見られていたみたいだ。けどこんな色恋沙汰の話を岸田さんにしてもな……それに恥ずかしいし。自然と思い留まってしまう。



「誰にも言わねぇし。大体俺はお前のことに興味無いから明日にでも忘れてる。言うだけ言ってみろ」



 まあ、それだけ言うなら信じてみようかという気楽な思いになった。



「じゃ、じゃあ言います。俺好きな人が出来たんです。けど、俺は中学校から付き合っている彼女がいて、別れたいんですけど、どう伝えたらいいかわからないんです……」


「はあ〜この歳になって恋愛相談かよ……今付き合ってる彼女の事は嫌いになったのか?」


「いや、嫌いじゃないです。ただ、俺と彼女はなんか流れで付き合ってしまうことになって……」





 舞は小学校の頃に虐められていた。気が弱く大人しいが頭は良く顔も可愛かった。一部の女子はそれが気に入らなく、舞が何も反撃してこないからと陰湿な事をしたりしていた。


  舞は先生や親には何も言わなかった。舞は言えばさらに虐めが酷くなる、 親と先生に心配をかけてしまうと思ったからだ。


 俺はその時、父さんとの約束を信じて守り続けていた。だから虐められる標的が自分になるのではないかなど考えずに、いじめに対して止めるように注意をした。

 この俺の自己満足な行動は意外にもいじめを止めさせる原動力となった。いじめていた子達も次第にエスカレートするいじめに戸惑いと罪悪感を覚えていたのだ。そして俺が標的になることもなく収まった。


 あの時に舞は俺の事を好意的に思うようになったらしい。自分の事は何も気にせず、他人を助ける。まるでヒーローみたいだと。


「自分が次はいじめられるんじゃないかって皆見て見ぬフリをしてた。だから誰も助けてくれなくて心細かったけど、優君だけは私の事だけを思って助けてくれたよね。それに、その後も皆に馴染めるように面倒も見てくれた。それが嬉しかった」


そう言って舞は父さんとの約束が呪いに変わった後も、俺に【優しい】というレッテルを貼った。だから俺は出来るだけ彼女の前では【優しい】人でいた。



 中学校のある日の放課後、太一が突然俺に問いかけた。


「お前さ、舞ちゃんの事どう思う?好きか嫌いか」


「いきなりなんだよ」


「だから好きか嫌いかどっちなのか答えるだけでいいって」


「そりゃ、好きだよ。優しくて良い奴だろ?」



 あの頃は父さんが亡くなってからのショックが抜けきらず、少し捻くれて他人にレッテルを貼りまくっていた。そして勝手に失望していた。今に思えば本当に馬鹿だったと自分を笑い飛ばしたくなる。

 太一はそれを聞くと走ってどこかへ消えたかと思えば舞を連れてきていた。



「じゃあ、俺は帰るんで!後はお二人さんで仲良くな!」



 そう言って太一ニコニコしながら帰っていった。あの憎き後ろ姿は今でも鮮明に覚えている。



「あ、あの優君聞いて欲しい事があるんだけど……いいかな?」


「あ、うん。いいよ」



 彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。それは校舎を照らす夕日のせいだけでは無いとわかっている。俺は朴念仁では無い。何を意味しているのかはこれまでの言動や自分への視線、行動などから大体わかっていた。



「好きなの……優君のこと。私と付き合ってくれますか?」



  俺はこれに応えていいのか?


 舞は可愛くて頭も良い優等生だ。そんな彼女に中途半端な気持ちで応えていいのか?


 断るとしても別に好きな人が他にいる訳でもない。なんて断ればいい?


 どうやったら彼女を傷つける事なく断ることが出来る?


 彼女の期待を裏切って失望させて別れる羽目になるのか?

 だから俺はこれからも彼女の前では【優しい】人を演じなければならないのか?



「うん、いいよ。付き合おう」



 俺は考える事から逃げて舞に委ねた。何が正しい選択なのか、どれだけ考えても分からないのなら全て委ねてしまえばいい。そんな自分勝手な判断が二人の関係を決めたものだった。


 俺はその後も何度かデートにも行った。ちゃんと恋人らしい事も少しはした。そんな流される日々を過ごし続けてきてそのツケがやってきたのだ。



「だからあの時告白を断れなかった理由が今はあるんです。だからちゃんと気持ちを伝えて別れたいんですが、なんて言葉にして言えばいいか分からなくて……」



 すると岸田さんは煙草の煙と一緒に溜め息も長く吐いた。



「お前は他人に意識し過ぎだ」



 そう言って岸田さんは吸い終わった煙草を灰皿に入れてコーヒーを飲んだ。



「確かにお前みたいに相手の事を考えるってことは良い事だな。すげえよお前。

けどな、自分自身の事も考えろ。相手の事だけを思った関係なんていつか必ずお前自身が擦り切れて終わりだ。

 だったらお前は自分に素直になれ」


「自分に素直に、ですか?相手への言葉なのに?」


「確かに自分の素直な気持ちだと相手を傷つけるかもしれないし、それが1番の答えじゃないかもしれない。じゃあ仮に、相手の事だけを考えた自分が生きたとしよう。それは本当に自分が生きていたって誇れるのか?それはお前自身だって証拠はどこにある?それはお前である必要があるのか?」


「そんなの極端過ぎますよ!相手の事を考えて生きるってこの世の中では当たり前のことじゃないですか。小学生でも分かりますよ!」


「そうかもな。けど、どこかで割り切らなきゃいけない。こっちだって必死に生きてんだ、他の奴がどうなっても知らん。逆に俺は相手から気を使われて生きるなんてごめんだな。俺は好きな様に生きる。まあ、出来る範囲でだかな。俺は他人になんて指図されたくないんでね」


「本当に自己中なんですね…」


「どうとでも言え。お前の考え方は危う過ぎる。残念ながらお前を無視する事は俺にとっても良くない。だからお前は俺には素直に言っていいぞ」



 岸田さんは俺の目を気怠げな目で見つめてくる。



「俺もな、1回だけ付き合った事がある。けどな、そいつがすげぇ面倒くさい奴でな? なんでも俺の事を管理しようとするんだぜ? あなたを見てると保護欲が出るってよ。知らねぇよ。俺はしたい事をして、結果的にだらけてるだけだ。だから2日で別れた。お前の事は嫌いだって言ってやったよ。すると学校でそれが瞬く間に広まって、女の敵だって卒業するまで嫌われてたわ」


「岸田さんは女性もっと優しくしないからですよ……」


「お前は優しすぎるんだよ。そんな後輩は先輩として見捨てるわけにはいかん。だから心が擦り切れそうになった時は俺を頼れ。正しい関係の断ち方と堕落の仕方を教えてやるよ」



 そう言って岸田さんは中村に向かって笑っていた。

 なんだ、頼れる先輩じゃないか……



「まあ、女を振るんだ。どんな言葉で言い繕ったところで、お前は最低の屑野郎だよ」


「そうですね。けどさっきは良い奴って言ってくれたじゃないですか」



 岸田さんはハッと鼻で笑った。



「俺の評価なんてどうでもいいだろ。他人を意識し過ぎて生き苦しくなるくらいなら、最初からいないと思え。気にするのは自分が本当に関係を持ちたい奴だけでいいんだよ」



 そう言って岸田さんはまた煙草を吸い始めた。その姿は自分なんかよりも大人っぽく、世界を達観しているように見え、かっこよく感じた。



「俺は岸田さんとは関係を持ちたいですよ?」


「は、バッカ。お前好きなヤツいるんだろ?そういうのやめとけよ……」


「よりにもよって岸田さんとだけは嫌ですよ!」


「はいはい。どうせ顔が残念な男だよ」


「内面も残念かもしれませんけどね」


「中村!お、お前なぁ!」



  そう言って岸田さんは俺の頭をグリグリしてきた。けれど不思議と嬉しかった。相手の事も考えずに話すとはこんなにもスッキリと心地いいものなんだな……こんなに人に頼るのは初めてだ。


 何故か岸田さんから父さんと似た雰囲気を感じた。全然似てない筈なのに。



「それくらい素直になれば可愛げも出るってもんだ」


「岸田さんはオープン過ぎますけどね。そんなんだから部長に怒られるんですよ」



 岸田さんはばつが悪そうな顔をして、中村の腹を肘で小突いた。


 そして岸田さんが奢ってくれて店から出た。岸田さんはこの後も仕事が残っているらしく、歩いて会社に戻るらしい。



「中村」


「はい?」



 呼ばれて振り返るとニヤニヤしながら顎髭を触りこちらを見ている。



「俺のことは敬意を持って俊吾さんと呼べ!」



 岸田さんが俺の事を関係を持ってもいい人だと認めてくれたのだろうか?きっとそうであって欲しい。心の中でそう願っている自分がいた。



「親しみを込めて俊吾さんと呼びますよ!」



 すると溜め息をついて肩を竦めて会社へと再び歩き始めた。



「残業頑張れ!俊吾さん!」



そう言うと振り返り彼は苦笑していた。



「ちゃんと素直に言えよ、クズ優人」



 全く、頼り甲斐のある先輩だな……いや、歳上の友人と呼んでもいいだろうか? 俊吾さんならいいだろう。



  俊吾さんが会社へと向かう背中を見送る。そんな彼の猫背になっていて気怠げに見える背中は、何故か見たこともない父さんの大きな背中に見えた。













【LINE】

「あの場の雰囲気で奢ったけどやっぱりお金返して」

「あなたは本当に残念な人ですね」

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