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君はまた、僕に笑う  作者: 水野悠亀
『再会』
4/13

嬉しい雨

「今日は雨降るって知ってましたか?」


「いや、知らなかった。まあ車だから関係ないよ」



  隆と俺は同期という事もあり話し掛けやすい。それは相手も同じことだが仕事中でも息抜き程度で会話をする。 俺から話し掛ける事は仕事のことだったり、料理、釣り、最近見たテレビについてだ。

 隆はそれなりに何でも知っているようで、俺の知らないことや豆知識など色々と教えてくれる。隆の話は大体は俺に得になることが多い。



「ちょうど仕事が終わる位の時間帯で降り始めるんですよ。面倒臭いですね」


「なんでだよ、水も滴る良い男になれるじゃないか」



 俺がからかうと隆は顔をしかめた。同期ではあるが、俺が年上なため隆は弄っても少しは遠慮したり、気遣ったりしている。俺は俺で優位に立ててる様で、年下と同期という複雑な心境だ。



「傘を差すのって面倒臭くないですか? 片手が使えなくなりますし」



  確かに雨の何が嫌かと言えば濡れることは勿論だが、片手が不自由になるのは嫌だな。



「まあ、傘を持ってるだけマシだろ? ほら、あそこを見ろ」



 俺が指差す方向にはガンプラのビームサーベルに括り付けられたてるてる坊主に合掌している岸田さんがいた。




「誰か傘を2つ持っていますように!」





 岸田さん、てるてる坊主はそこまで面倒を見てくれませんよ……第一にてるてる坊主の使い方間違えてる。


 多分オフィス内の誰かは折りたたみ傘も持ってるから2つあるって人はいそうだが……たこ焼き空間事件を見ていれば明白だが、岸田さんをわざわざ助ける人はいなさそうだ。



 仕方がない。なんだかんだ言って頼りになる先輩だ。念のために持ってきた傘を帰りに渡してあげよう。



「じゃあ、降ってくる前に仕事を終わらせようかな」



  隆はそう言うと黙々と仕事に取り掛かり始めた。俺よりも作業スピードが速い。これが若さか……


 まあ、切り替えて俺も取り組むか。そう考えた時にLINEが届いた。





 【中里】


<中村さんは傘を2つ持ってたりしませんか? 私的にはてるてる坊主にはもうお願いして万策尽きたのですが、もし持ってたら貸してもらえませんか?>



  岸田さん、すいません。てるてる坊主的なポイントが同じだったとしても、残業擦り付けマイナスポイントで中里に貸しますね?


 分かった、貸すよと送信する。


  岸田さんなら後輩の我が儘を1つくらい聞いてくれるよね?






「て、てるてる坊主君の首がぁぁあ!?」




 ▽ ▽ ▽




「ふぅ〜」


 なんとか今日の分が終わった。最近やっと慣れてきたのか、ペースが少し速くなって気がする。まだ岸田さんにはチェックしてもらっているがそろそろ自立しようと思う。


 オフィスの窓を勢い良く雨が殴る。雲はすっかりと黒くなり時折光る雷に自然と驚いてしまう。


 さて、そろそろ帰るか。こんな天気の日は家で惰眠を貪りたくなる。その前に中里に傘を渡してやろう。


  仕事をする時は集中できるようにケータイの電源は切っている。ケータイの電源を入れた瞬間、LINEが届いた。




 【中里】


<先に仕事が終わったので休憩スペースで待ってますね>



 送信時の時間を見ると20分程前に送られていた様だ。待たせてしまったのか、申し訳ないな。今から行くと送信する。



「優人さん、誰とメールしてるんですか?」



 そう言って隆が嬉々として俺のケータイを覗き込んでくる。正直言って中里と連絡を取り合っていることを他の人に知られたくない。だってあいつ変人だからな。確実に周りから変な人だと思われてるからな。



「お、おい! 人のケータイを覗き込むな! プライベートな事は事務所を通せ!」


「どこのタレントさんですか、それは」



 隆に呆れたといった風に肩を竦めながらLINEを見られた。しかしその顔が少し険しい表情をしている気がした。俺はそれに気にすることもなく中里を待たせている罪悪感から帰る準備を早くする。



「じゃあ、お先に失礼します」


「お疲れ様です」


「な、中村!お前余分な傘を持ってたりしないか?」



 雨の激しく窓を横殴りにする音の響く中、岸田さんの必死な声もオフィス内に響いていく。




「すいません、持ってないです。そんな物あったら迷わず岸田さんに渡してますよ」



 今まで生きてきた中で身に付けた完璧な作り笑顔で応ええると「そうか、そうだよな!」と言って岸田さんは離れていった。


  チョロい。




 ▽ ▽ ▽




「中里、お疲れ様。ごめん待たせたな」



 休憩所の端で棒立ちしている中里へと声を掛けると顔を規則正しく横に振ってくる。時折ポニーテールが顔に当たるのが少し可笑しい。



「お疲れ様です。いえいえ、私が無理を言ってお願いしている立場ですので」


 少し申し訳ないと思っているのか普段よりも2ミリ程眉が下がっている。


「別にそこまで気にしなくていいよ。あ、車の中にあるから少し待っててくれる?」


「いえ、お邪魔じゃないなら一緒に行きます」



 別に迷惑でもないので中里を連れて駐車場まで向かう。



 駐車場はビルの地下にあり、40台ほどの車が駐車していて、俺の車は新人ということもあり会社のビルの入口から1番遠い所にある。



「中里は駅を使って来ているのか?」


「いえ、私は歩きで来てます」


「へぇ〜家から近くなら自転車で来る人もいるのに徒歩とは健康的だな」


「ま、まあ自転車は危険ですからね。交通事故だったり、こういう嵐の日だったり」


 そう言った中里からは落ち込んでいる様な空気が出ている。顔は相変わらず無表情なので雰囲気でしかわからないが、さては……



「中里、お前自転車乗れないのか?」


「そ、そんな事あるわけないです。私は大人、社会人なんですよ? 自転車くらい乗れる様になっているに決まってます」


「乗れる様に"なっている"ねぇ〜」


 ニヤニヤしながら中里の顔を覗き込むと両手で否定する様に忙しなく動かし始めた。手から垣間見える顔は真っ赤になっている。



「言葉の綾です! 断言します。私は自転車に乗れます」


「言い切ったな。じゃあまた今度サイクリングにでも行こう」



 そう言うと中里は困った様に顔をしかめて大きな溜め息を吐いた。



「嘘です。の、乗れませんよ……」


「自分で大人とか言っておいて乗れないのかぁ〜そっかぁ〜」


「の、乗れなくて何が悪いんですかぁ……ぅぅ……」


 

 調子に乗ってからかっていたら涙目になってしまった。中里の表情が少しでも変わると達成感でついやり過ぎてしまう。



「ご、ごめんな? 少し言い過ぎた……」


「何なんですか。車や自転車に乗れるとそんなに偉いんですか? もう知りません」


 拗ねて顔を背けられてしまった。これはこれで面白いので弄りたいがこれ以上不機嫌になられても困るので素直にもう一度謝る。



「本当にごめん。もう自転車でいじったりしないからさ」


「本当に反省していますか?」


「あぁ。なるべく酷いことは言わない様にするから」


「なるべく? まあ、もういいですけど」



 一応許して貰えたようで此方を向いてくれたがまだ少し顔は赤く目が潤んでいる。 気不味く感じていると俺の車まで到着した。鍵を開けて黒い傘を渡す。



「明日でもいつでもいいから、都合の良い時に返してくれ」


 中里へと手渡すともう機嫌は治ってきているのか頭を下げてきた。


「ありがとうございます。しっかりと明日返します。もう約束は破りません」



 真顔のままだが 少し眼力を加えて俺の目を見て言ってくる。これならしっかりと約束は守ってくれるだろう。そう思うと何故あの時はお金を渡すのが遅れたのか気になり始めた。というか口に出ていた。



「なんであの時お金を返すのが遅れたんだ?」



  聞いてみると中里は少し悩んだ素振りをしてからいつもより少し小さな声で答えた。



「お腹が減りすぎていたので食事のこと以外は何も考えていませんでした」



 お、おうそうか。それだけを聞けばどれだけ食いしん坊なのだか疑いたくなるな。このまま口を開けばまた怒らせてしまいそうなので何も言わないでおく。



「それなら明日頼むわ。じゃあ、またな」


「ま、待ってください。何故聞いておいて何も言わないんですか? 食いしん坊じゃありませんからね!」


「ちゃんと分かっているよ。自分から空腹を求める馬鹿だろ?」


「も、もう中村さんなんて知りません!」



 そう言って中里は怒って駐車場の車の出口の方へと細く小さな脚を大股で歩いていった。やってしまった。言い訳をすると、この前は俺がいじられたからやり返そうとしたら思いの外中里が脆かった。


 俺は車のエンジンをかけて、釣り友に入れられた名前の知らない曲が流れる。俺の車にはお気に入りの曲をかなり入れているが釣り友から無理矢理入れられた曲もいくつか入っている。


  車でゆっくりと駐車場の出口に向かうと、ムスッとした顔になっている中里が立っていた。



「ど、どうしたんだ?」



 かなり不機嫌そうなので少し怖気付いてしまった。というか今も少し睨んできている。我慢出来なくて俺に嫌がらせをするために待っていたのだろうか?



「雨が横殴りで傘なんて意味ないくらいに降っているんです」


 そうぶっきら棒に言った中里をよく見てみれば肩から上は全く濡れていないが、胸元までは軽く、下半身は完全に雨で濡れていた。

 そうやって視線を下げていくと中里のスラっとした白い細い脚を水滴が滴るのが目に入る。普段とは違う大人らしい艶かしさを出した脚はギャップを醸し出し直視することが出来なくなった。というよりも心臓が跳ね上がった。鼓動が早く、雨の音が無ければ聞こえてしまっただろう。



「どっ、ど、どうしたいんでしょうか?」


「なんでいきなり敬語使うんですか?」


「気にしないでください! お家までお送りすればよろしいですか?」



 すると生真面目な中里は申し訳なさそうに頭を下げた。怒っていても礼儀を通す事が出来るのは凄いと思う。そんなことを考えていると頭を下げた時に濡れて艶やかになったうなじが目に入り、さらにパニックになる。



「う、後ろに乗って」


「釣り道具があって乗れませんよ?」



 起死回生の策は自分でぶち壊してしまった。これほどまでに釣りを唯一の趣味にしてきたことを恨んだ日はないだろう。 そう考えていると助手席に中里が乗る。



「よ、よろしくお願いします」



 ペコリとまた頭を下げてきた必死に視界に入らないように前を向いて切り替える。 中里は不思議そうにジト目で俺のことを見ている。



「で、家は何処?」




 ▽ ▽ ▽




  そうして俺は彼女に道を教えて貰いながら車を走らせて5分程で中里の住むマンションについた。 確かに徒歩でも問題ないくらい近いな。



「今日は本当にありがとうございます。いつも私ばかり迷惑をかけてしまって」


「別にいいよ、協力するって約束したしな」



 場所を聞きながら車を走らせている内に中里の真面目な性分もあり、すっかりと普段通りへと戻っていた。しかし、そう声をかけても中里はその無表情から少し悲しいオーラを出した。そろそろ中里オーラ検定2級は取れそうだな。



「中村さんって今日の夜ご飯は予定とかあるんですか?」


「いや、特にはないけど……」



 スーパーで適当にお惣菜を買って帰ろうと思っていただけだった。 すると中里は少し悩んでから俺の方を鉄仮面の無表情で見ながら言った。



「なら、私の料理を食べてみませんか?」


「……え?」



 やっぱり何を考えているのかはまだ分からないようだ。

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