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君はまた、僕に笑う  作者: 水野悠亀
『再会』
2/13

お袋の味

「残業って持ち越すものなのか? もはや残業という名の凶器だな」


「優人さんうるさいですよ」



 隣のデスク、隆から怒られる。


 昨日岸田さんに先輩呼びを変えるように桂木にも言ったところ、俺達も堅苦しいから名前で呼び会おうということになった。


 まあ、俺が年上って言っても同期だしな……そうかんがえてみるとこの就職難の中こいつはよく生き残れたなと感心してしまう。まあ、顔が良いという事があるからだろう。実際に顔が良い人の方が就職し易いという話を聞いた事がある。完全に人生easyモードだ。

 人の美的感覚などそれぞれで曖昧なものである。しかしどれだけ顔が良くても辛い人生を歩みそうな人もいるだろう。昨日の中里さんとか。


(そういえばお金を今日返しに来るって言っていた気がする)


 取り敢えず今は置いておこう。昨日岸田さんから出された残業がまだ今日まで残っている。朝から昨日の分を始めると考えると気が重く吐き気が少ししてくる。


(あ、本当に気持ち悪いわ)


「優人さん大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」


「だ、大丈夫だ。問題ない。仕事に集中しさえすれば気にならなくなるだろう」


「キツかったら仕事手伝いますからね?無理しないで下さいよ」



 こ、こいつ顔だけでなく中身までイケメンだったか!?いや、まだ計算された優しさという可能性もある。



「俺たち同期なんですし、気兼ねなく頼ってくださいね?」



 桂木……お前は俺の中で許されたイケメンだ。これからもよろしく頼むよ。


 (とりあえず昨日の分は早めに終わらせないと)


 桂木の評価を2段階くらいすっ飛ばして上げてから作業へと戻った。





 ▽ ▽ ▽




「優人さん、お昼行きませんか?」


 昨日は少しサボってしまったという事もあり、集中してやっていたら時間は随分と経ってしまった。オフィスからちらほらと出ていく人が増え始めた様だ。

 この会社のご飯は本当に美味しい。種類も多く値段もそこまで高くない、なのでおばちゃん達の作る料理は社員に大人気である。逆に人が多くなって待ち時間が増えることによって休み時間が少し減るのが難点だ。



「すまん、今日はまだいいわ」


「了解です。無理せず頑張ってくださいね」



 ▽ ▽ ▽



「ふぅ〜このくらいでいいか」



  2時を少し越えた頃には昨日の残業の分と今日の分の途中まで進めていつものペースまで戻した。やっぱり残業は慣れない。慣れるほどの数もこなしたくないとは思うが。

  するとオフィス内にたこ焼きの臭いがしてきた。また岸田さんだな、オフィスでは食うなって部長から言われてたのに……あれが上司だと思うと見習う点と見習わない点を探さなければならない。

 すると自己主張する様にお腹が大きくお腹が鳴った。気持ち悪さも無くなってきているので食堂に行こうと立ち上がると、部長が岸田さんのデスクへと眉間にシワを寄せながら近づいて行った。



「岸田君。君に後輩の指導をお願いしている意味が分かってるのかね?」


「部長が仰っている意味は重々承知であります!」


  岸田さんは普段のマイペースを払拭する様に凄く力強く言った。


「ほう、なら言ってみたまえ」


「俺のような人材を育成するためです」


 その一言でオフィスがざわつき始める。


「違う! 私は君のような部下が増えては困る。私は君にも後輩の手本となるような真面目な部下になるように手配したんだ」


「部長、お言葉ですが私は既に真面目です」


「オフィス内でたこ焼きを食べるような奴がかね?」


「部長。お言葉ですが、たこ焼きイコール不真面目とはたこ焼きに失礼過ぎませんか?」


「いや、私は君についてしか言っていないんだが」


「ここは新しいルールを設けてWIN&WINの関係でいきましょう。オフィス内でたこ焼きを食べていいという規則でオフィス環境を変えるんです!」


 その一言で部長の眉間にシワが寄っていく。しかし途端に部長の顔は凄くにこやかになる。不自然な程に。


「規則を変えるならば君の大切なものも変わってしまうがいいかね?」


 岸田さんは固まり始める。そして苦笑いしながら部長に問いかける。


「き、給料だけはやめてください。少しだけならたこ焼きのために我慢しますが……」


 部長はゆっくりと顔を横に振って微笑む。


「給料ではなく職場だよ」


「たこ焼きなんて二度と食うかっ! 本当に、オフィスで食べるとかあり得ないだろ! ね! 部長!」


「ああ、あり得ないね」



  岸田さんを部長が抑えたことによってオフィス内の環境が守られた。流石岸田さんだなぁ〜ムードメーカー(笑)




 ▽ ▽ ▽




 (早く食べて3時までには戻らないとな、この時間ならもう人も少ないだr……あのポニーテールは、まさか……)


  俺が券売機の前に突っ立っている女性の前へ行くと、彼女は振り向いた。



「あ、こんにちは」



 昨日と寸分違わずの無表情で挨拶をしてきた。



「こんにちは。何してるんですか?」


「見てわかりませんか? 何にするか悩んでいるんです」



  そりゃ悩んでいるとは思ったがこんな時間に昼飯を食べにくる人は珍しいのだが……

 その時、彼女のお腹が控えめに鳴った。それまで無表情だった顔の頬に赤みが増して、そっぽを向いた。



「食欲をギリギリまで我慢してご飯を食べれば、より美味しく感じるかなと思いまして……」



 そのまま無表情の顔をキープするメンタルは感服だ。 逆にその無表情が面白くて笑いを堪える。しかし、本当によくわからない人だ。



「悩んでるなら、先に買ってもいい?」



  コクっと頷いたので先に俺はチャーハンの券を買った。



「チャーハンが1番美味しいのですか?」



  無表情なので本当に興味があるのか疑問だが応える。



「美味しいよ。1番かって聞かれれば微妙だけど、俺はチャーハンが好きなんだ」



 なるほどと言ってから彼女は生姜焼き定食の券を買った。何故俺の意見を聞いた……結局チャーハン関係ないよな? 本当に聞いただけかよ、分かってたよ。


  そして互いに食堂のおばちゃんに券を渡して料理を持って席についた。 終始おばちゃんは俺と彼女の顔を交互に見てニヤニヤしていたが無視をした。適当に空いてる席に座ると自然と彼女は俺の向かい側に座る。俺は別にいいけど、他に友達とかいないのか? 男と2人で飯食ってるなんて噂されて迷惑じゃないのか? 本人の顔を見ても相変わらず分からない。



「確かにそのチャーハンはとっても良い匂いがしますね」



  彼女は無表情のまま言う。本当に無表情なのか気になってよく観察するが、化粧を全くしてないのに顔が綺麗だということくらいしかわからない。後は少し細い目が桂木に似てるくらいかな。



「食べた感想が欲しいです」



  真顔のまま彼女は言ってくる。

 

( な、なんだ。食レポを期待しているのか、素人だぞ? 適当でもいいか。まてよ……ここで何か面白い感想を言えば彼女の無表情を壊し笑顔を見ることができるかもしれない)


  なんか凄いやる気出てきた。


「素人だし、期待するなよ?」


「大丈夫です。素直な感想で結構です。何も期待してません」


 そんなこと言って、実はどんな感想が出るか気になって仕方がないんだろ? 俺は分かっているぞ。その無表情に隠された俺の感想への期待を。ここで俺が何か面白いことを言えば……

 俺はスプーンで一口だけ掬い上げて口へと運ぶ。



『美味しい!このパサパサ加減が俺は好きなんだよなぁ〜』


 これが素直な感想だ。これだと彼女の顔は何も変わらないだろう。だからこれではダメだ。即席ではあるが、この言葉で彼女の顔を変える!




「美味しすぎてお口の中がユートピア!」



 人もいなくなり、おばちゃん達の食器を洗う音だけがする食器に俺の声が響き渡る。

 彼女は両手を顔まで持ち上げて……目を覆った。



「目も当てられないとはこのことです」



 彼女の顔は無表情では無く、笑顔でもなく哀れみの表情を浮かべていた。俺はその一口の後1度もチャーハンに手を伸ばせなかった……








「で、感想はどうですか?」


「空気読めよ!」



 もうやけ食いだ。黙々とチャーハンを食べる。うん、やっぱり普通に美味しいな。俺はこれくらいのパサパサ加減がいい。

 すると前から視線を感じた。彼女が俺のスプーンに取られたチャーハンを見ている。



「1口食べてもいいですか?」


「なんだよ、結局食べたいのか。ならはじめからチャーハンにすれば良かったじゃないか」


「私は今までこの食堂で食べた中で1番生姜焼きが好きなんです。だから比べてみたくて……」


「なるほどな、いいよ」


「ありがとうございます。けど私は定食を頼んだのでお箸しか持ってないです。」



 彼女は俺の方をジッと見つめてからスプーンへと目を移す。いやいや、嘘だろ……流石に常識はある筈だ。



「なのであなたのスプーンをかs「借りてくるわ!」



 俺は彼女の言葉を言わせる前に遮る。流石にそれは無理だ。彼女は俺の事を同性だとでも思っているのか?

 自分の食べたスプーンで女性が食べるところを見るなんて…… やめておこう。

  俺はスプーンを取ってきて無言で彼女に渡した。そして彼女は俺のチャーハンを1口食べる。



「凄く美味しいです……」



  彼女が少し笑ったような気がした。少し驚いた風にも見えた。 本当は見間違いかもしれないが俺はそう感じた。



「初めてチャーハンを選んだ時の理由はなんですか?」



 なんでこんな事を聞いてきたのか分からないが意味があるのだろう。 けど、これを言うのは少し恥ずかしい。 けれど今までのことを考えると聞いておいてスルーするだろう。



「俺が小さい頃、母さんは働いていて簡単な料理しか作れなかったんだ。その時よく作ってくれたのがチャーハンだった。忙しいのに俺だけの為に作ってくれたチャーハンはとても美味しくて、俺の中ではあれがお袋の味なんだ。 食べていて幸せだってとても感じられるそんな料理だから、俺は時々凄く食べたくなるんだよ。笑えるだろ? マザコンかよって」



 少し自嘲気味に言って恥ずかしさを誤魔化す。けれど仕方がない。それが母さんの作ったチャーハンではないと分かっていても食べたくなる時があるのだから。すると彼女は納得したようにコクっと頷いた。



「そんな愛情の籠った料理の味を憶えているのなら、もっと美味しく感じられるんでしょうね」



 彼女は羨ましそうにチャーハンを見ていた。そんな彼女を見ていると何故か胸が苦しくなってきた。すると俺は勢いに任せる様に口が開いていた。



「中里も愛情の籠った料理を食える日がくるって! それこそ親に頼めばいいんだよ、恥ずかしがらずに、素直な気持ちで母さんの料理が食べたいって」



  すると彼女は驚いたような表情を見せた。 今日は彼女の表情がよく変わる。昨日はあれ程鉄壁を見せていた無表情を変えれているという実感に少し嬉しく感じていると、彼女の頬に涙が流れた。


 なんで俺は考えなかったんだろうか。 彼女が泣いたのは、羨ましそうにしたのは、彼女の親がもういないのではないかと。


「中里、ごめん! お前の事情も知らないで勝手喋って」


「いいんです。確かにその通りだなって思いましたし。どうすれば良いのかも分かりましたから……」



 そして彼女は赤い頬に流れる涙を拭って言った。



「私も愛情の籠った料理を食べさせてもらえるような立派な人間になります」



 真面目な顔で彼女は言った。それはいつもの無表情ではなく、幼さの残る顔が少し成長して自分の意思を確かにしたそんな真面目な表情だった。


  俺はその表情に少し見惚れてしまっていた。 普段の無表情からは伝わらない感情が小さくではあるがしっかりと出ていたのだ。


 ( 笑顔じゃなかったけどいいかな?)


 目標としていた笑顔ではなかったけれど自分で納得した。 けれど同時に一つの疑問が生じた。


  確かに親が死んでしまってその料理が食べられなくなるのは悲しいことだ。 だがそんな唐突に泣くようなことだろうか?  人が亡くなってしまった時に人は涙を流す。 それは感情の抑えが効かない程の感情の波。 それはこれから先に踏ん切りをつけるためでもあると思う。 ならば彼女も向き合ったはずだ、親の死と。


  俺は彼女のあの無表情を変えるような涙から、何かもっと他に理由があるのではないかと思った。けれど勝手に深入りしても良いようなことでもない、考えることをやめた。



「けどこのチャーハン少し塩っぱいですね。少し減点です」


「それは君の涙だと思うんだけど」


「まともな感想も言えない人は黙っていてください」



 あ、それは効く……もっとチャーハンが塩っぱくなりそう。



「あ、お腹いっぱいなので生姜焼き食べておいて下さい」


「え?」


 彼女はそう言うとそそくさと食堂を出ていった。あの人は何なんだろう? 何故かあの人の事が気になってしまう。

 俺だけになってしまった食堂におばちゃん達の皿を洗う音だけが響く。彼女のいなくなった前の席へと視線を送る。


 (次こそは彼女を笑わせてやる)


 俺は決意を新たにして彼女の残していった生姜焼きに手をつけようとして気がついた。



「あ、もう3時過ぎてる」













「中村ぁ〜随分と長いお昼休憩だなぁ〜この前のコーヒー10往復分くらいあるんじゃないか?」


「岸田さん! 俺はさっきまで腹痛でトイレに行ってたんです!」


「頬についた米粒とってから言え」



  そして俺はまた残業を繰り返す。

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