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君はまた、僕に笑う  作者: 水野悠亀
『罪滅ぼし』
11/13

偽善者の家族

教職員の方、本当に申し訳ございません……


10話目を修正をしましたので流し読みでもしてくださることを推奨します。度重なる改稿、本当に申し訳ありません。(2016年12月31日)

 宿題とは?


 僕は今回、これを考察していこうと思う。今回も糞もないって? 聞くだけ聞いて欲しい。


 何故学校の先生は宿題を出すのか。それは生徒の頭が良くなって欲しいからなのか。


 予習と復習は大切だ、それは分かる。けれどそれなら個人によって復習するべき点も、予習が必要な点も変わってくる。強制的に指定することも別に必要ではないとも言える。


 結果的に言おう。宿題を出すのは教師にとって都合がいいからだ。


 教師は生徒一人一人の成績をつけなければならない。テストで成績を分けたととしても似た寄った点数を取る人が何人か出るだろう。その時に宿題というものは細分化するのに適している。

 字が丁寧かどうか。抜けている部分は無いか。丸つけまで出来ているのか。正答数はどうなっているのか。答えを丸写ししていないか。


 これ程までに細分化し易い方法はあまり無いだろう。


 他の利点としては教師が自分はしっかりと仕事をしているのだと主張できる材料にもなる、といった事もある。


 全教師がそう考えてしているとは思っていない。けれど何人かは生徒の為にやっているのでは無いという人がいるだろう。そんな都合で出される夏休みの無駄に多い宿題や、試験に出てくるとは思えない歴史人物についてのレポート提出など御免だ。


 長々と話していたが何を言いたかったかというと。



「宿題なんて、消えてしまえ……」



 久しぶりの自宅へと戻った僕は懐かしむこと無く、妹のペンギンクッションを振り回し続けていた。


 先程、よく分からないままに中里へとアタックした結果

「えっと……宿題があるので無理です」

という彼女の一言で無残に撃沈した。


 宿題はやはり悪だな、子供の敵だ。いや、全学生の敵だな。



「なんでも上手くいくはずないよな……」



 置かれている状況はまだ分かりきっていないが、死んだはずの自分が今生きているという事だけは理解している。人生のやり直しだと考えると神様が気まぐれを起こしてくれたとしか考えられない。


 そんな事を考えているとトイレの扉が開いて鈴花が出てきた。急いでペンギンを死角へと投げる。



「おかえり。もう太一くんたちとあそばないの?」


「あ、うん。今日は少し疲れちゃってさ」



 鈴花は自分よりも更に背が低く顔もとても幼い。自分が今小五だということは鈴花は小三だ。可愛いものが大好きで先程のペンギンが先例だ。


 自分の呼称を僕に変えた理由は喋り方や呼称を急に俺に変えると変に思われるかもしれない。それに前の自分の性格ではまた同じ失敗をしたり、つい未来のことを話してしまうかもしれない。だから意識改革をしていこうと思ったからだ。



「そっか。じゃあ、おかいものに行こう!」



 父さんは病院、母さんは夜まで仕事があることから僕達二人で買い物に行って夕飯を食べていた。それが中学校に上がってからは当番制になったが小学校の頃はいつも二人だった。



「そうだな、もう行こうか。あ、その前に鈴」


「ん?なに?」



 自分の記憶と照らし合せても重なる幼い鈴花は無邪気な笑みで此方を見てくる。自分が見捨てた鈴花と重ねて感慨を覚える。



「しっかり小便出たか?」


「お兄ちゃんのバカ!」


「ぐふぉっ!?」



 力が有り余っている鈴花を確認できた嬉しさの反面、大人鈴花の力の弱さに寂しさと恋しさを感じていた。



 ▽ ▽ ▽



 その後ご機嫌斜めの鈴花と二人で近所の山中スーパーに到着した。田舎にコンビニが少ないこともあり、この山中スーパーはそれを補えるように品揃えが幅広くとても便利だ。因みに名前が山中なのは地形的な問題ではなく、経営者的な事に由来することを知る人は少ない。


 自動ドアが開き人工的な冷たい風が首を撫でた。店内では軽快なテンポのBGMが流れ、大勢の客がカゴを持って歩いている。昔と寸分違わなかった。



「今日はなに食べるの?」


「鈴が好きなの取ってきていいよ」


「ほんとっ!?やったー!」



 あんまり走るなよと背中に声をかけたがあまり意味はないだろうな。鈴花はお弁当のコーナーへと嬉々として行った。僕は買い物カゴを取って歩き果物コーナーへと辿り着いていた。


 オレンジを一つカゴに入れる。オレンジにはALSの予防となるカロテノイドとβクリプトキサンチンという成分が入っている。まだ発病していない鈴花には効果があるだろう。出来ることがあるのならやるしかない。


 しかし、自然と足はリンゴの前へと向かっていた。



「本当に何してるんだろうな……」



 リンゴを一つカゴに入れた。



「お兄ちゃんもこれでいいかな?」



 振り返ると鈴花がのり弁を二つ持っていた。軽く頷くと彼女は嬉しそうに弁当をカゴに入れた。



「実は鈴にお願いがあるんだけどいいかな?」


「お願い? なに?」


「これから毎日オレンジとトマトを食べて欲しいんだ」



 実際にはピーマンやほうれん草も食べて欲しい。けれど鈴花が大っ嫌いなのを知っているので頼めない。

 その代わりオレンジとトマトは好きなので容易に頼むことができる。これで本当にALSが発病しないとは思わない。けれど俺には可能性のある未来を知っている責任がある。少しでも良い結果へと変えていかなければならない。



「うん、別にいいけど。なんでなの?」


「え!? えっと……す、鈴ってオレンジとトマト好きだろ? だから毎日食べたら嬉しいだろうなって!」


「毎日はいらないよ……別にいいけど」



 さ、流石に無理があったか……けど鈴花が素直な子でよかった。不思議そうに顔を見てくるが特に何も言われずに済んだ。


 その後は会計を終わらせて二人で並んで帰った。



 ▽ ▽ ▽



 鈴花と二人で夕飯を終えてからお風呂と洗濯物、ある程度の家事を済ませた。その後は二人で宿題を終わらせて、布団に入って眠る体勢になった。既に横からゆっくりとした寝息が聞こえてくる。


 今の鈴花はとても明るく元気だった。


 発病が発覚した時の鈴花はずっと泣き続ける日が続いていた。物に八つ当たりしたり、自傷行為もした。それが治った後の鈴花は笑うことも増えたが、それが作り笑いだと、上部だけだと感じることも何回もあった。


 けれど今の鈴花は素直で無邪気に笑う。ただ純粋に生きている。それが何よりも嬉しかった。鈴花が自分の足で歩いて、自分の手で洗濯物を畳む。当たり前のことをしている鈴花を見てとても嬉しかった。


 けれどこのまま寝てしまったら二度と戻ってこれないのではないかという不安だけは残っている。これは単なる夢物語に過ぎないのかもしれない。これが長い走馬灯の一部なのかもしれない。教えてくれるのは痛みの感覚だけで、結局どれだけ思考しても結論は出ない。


 ただ許されるのならばこの世界では大切な人達の為に生きていきたい。自分は一度人生を経験して、自ら死を選んだ。ならこの命はみんなの為に使い古されるのが道理だろう。


 けれど僕が違う行動をすることによって余計に悪い運命を辿ることになるのではないか。そんな不安も出てくる。考えれば考えるほど悩みは増えていくばかりだ。



 そんな時、家の鍵が開く音と疲れを主張するような深い溜息が聞こえた。布団から出て玄関へと向かう。玄関のドアが開かれる。目線を上げる。すると二度と見ることがないと思っていた人がそこにいた。



「ただいま、優人」


「おかえりなさい、お母さん」



 母さんだった。

 息子がいる手前、疲れを感じさせないように笑って抱きしめてくる。鼻を通して感じる母さんの匂いは酷く乱れていた心を落ち着かせてくれる。


 ずっと聞きたかった声だった。いつも優しく語りかけるように話してくれる。いつもその声で優しく褒めてくれる。フラッシュバックのように記憶が流れてきて、胸に込み上げくるものを抑える。



「お母さんが帰ってくるまで待っててくれたの?ありがとうね……」



 頭を撫でてくれる。その手つきから自分がどれだけ大切にされていたのかを感じる。大事そうにゆっくりと割れ物に触るかのように。



「お母さんは帰りが遅くなるから二人は寝てていいの。お出迎えしてくれるのはとっても嬉しいけど……帰ってきて優人と鈴花の寝顔を見るのを楽しみにしてるのよ?」



 母さんは僕の目線まで腰を下ろして合わせてくれる。自分の疲れも他所に僕のことを気にかけてくれる。


 そんな僕は母さんの大切にしてくれた自分を自ら蔑ろにしてしまった。後先考えることもなく自分を殺した。自分の惨めさを痛感させられる。涙を抑えることが出来なくなった。



「どうしたの? 何か嫌なことでもあったの? お母さんに何でも相談していいのよ」


「違うんだ。なんにもないよ、これは嬉し涙だよ」



 そう言って母さんに無理矢理笑って見せると母さんはより強く抱きしめてくれる。



「いつも鈴花の面倒を見てくれてありがとう……本当に優人は自慢の息子よ……」


「そんなこと……ないよ」



 吐き捨てるよう呟いた。それが母さんに聞こえることもなく、抱き抱えて布団まで運んでくれる。



「おやすみなさい。今はゆっくりと眠りなさい」



 左右を見ると母さんと鈴花が側に居てくれている。今はそれが何よりも幸せだ。これから何が起こるか分からないけれど、家族は絶対に大切にしていこう。


鈴花の吐息と母の手を頭で感じながらその安心感に身を任せて眠りについた。



 ▽ ▽ ▽



「鈴、本当は起きてるんだよな? あ、あの足を退けてほしいんだけど……ぐふぉっ」


「ん〜……」



 熟睡できることは無かった。

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