番外~公爵領民の驚愕~
二回目の投稿です。領民視点を書いてみましたが…語彙が思い浮かばず(^-^;
次代の公爵様の花嫁が決まったという情報が領内に出回った時は領民の間に絶望が漂った。何せ、相手はあの悪名高き悪女「レイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢」である。一説によれば、国を傾ける程の贅沢好きでヴィッツ伯爵領内の財政が傾いたのは彼女のせいとも言われている。また、ある者によれば、彼女は男を手玉にとるのに長けている魔女とのことだ。妖しげな術を使うらしい。
現公爵様は領民思いの有能な方だ。その御子息様も間違いなくその血を受け継いでおり、施策から何から何まで堅実で、我々領民の期待も大きかった。それだけに悔やまれてならない。我々の次代の領主様が悪い女の毒牙にかかったのだから。切実な問題でもある。これから我々は税を搾り取れるだけ搾り取られるのだろうかと不安にもなった。生活も苦しくなるのかもしれない。
先行きが不安な中で移民も考える者も出るくらいだ。だが、不思議なことに実行する者が少なかったのは先祖代々公爵様にお仕えする者が大半を占めているからだ。それに、実際どうなるかはまだわからないというのもあった。
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噂のレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢が公爵一家に伴って領地視察に赴くという話を聞いた時、我々領民の心はざわついた。余所者にどんな我が儘を言われるかわからないし、下手をすれば首が飛ぶかもしれない。或いは好き放題難癖をつけて金品を搾り取られるかもしれない。正直、迷惑だからやめてくれ、というのが本音だ。
当日の世話役はくじ引きで決めた。粗相をしても恨みっこなしという奴だ。とはいえ、まさか自分が引き当ててしまうとは思わなかった。
公爵一家の馬車が商工会議所に到着し、出迎えた。まず公爵夫妻が降りて、それからサフィニア様が馬車を降りた。いよいよ噂の悪名高い令嬢の番というところで我々はごくりと唾を飲み込んだ。どんな孔雀のように派手な傲岸不遜な美女が降り立つのか、と身構えた。前予想では鞭の似合いそうな女王様のような、頭は緩いゴージャス系の美女が降りてくるはずだった。あの滅多に笑わないクールビューティーな公爵ご子息様と並べると、悪の貴族として一枚の絵になりそうである。そうなってもらっては困るのだが。
実物を見て二度見して、拍子抜けした。予想を大きく裏切ってレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢は控えめな儚げ清楚系美少女だった。肩透かしを食らったような気持ちになり、開いた口が塞がらずに顎が外れかけた。実物はこちらの予想を良い意味で大きく裏切って小動物のような可憐な姿をしていた。これが悪女かと言われれば誰もが首を振るだろう。彼女には禍々しい鞭ではなく花が似合いそうだった。一瞬、毒気を抜かれかけたが、すぐに待て待てと首を振った。
彼女が見た目通りの人物ならあんなに酷い悪評は立たない。つまり、外見を遥かに裏切って性格が悪く馬鹿で贅沢好きなのだ。
しかし、魔女のような不気味な外見という話だったが、これなら、あのティルナード様を夢中にさせたのも納得だ。同時にティルナード様は相当な面食いだと思った。商売柄、貴族のお嬢様を目にする機会もあるが、彼女のようなお嬢様は見たことがない。飾り気がないのに美少女だとわかるのは元が整っているからに違いない。実際、彼女を目にした若者が呆けたように顔を赤くして、ごくりと唾を飲み込んだのがわかった。咳払いして、睨み付けてやれば我に返ったのだが。
ただ、二人が並ぶ姿を想像すると凄くアンバランスだな、と思った。ティルナード様は長身で手足が長く大人びた外見をしているが、目の前の彼女は小柄で線が細く、人形のような可憐な容姿をしている。身長差も大分ある上にお互いに似合うタイプが真逆なのだ。一緒に歩いている姿は全く想像ができない。
「ようこそ。お待ちしておりました」
社交辞令として、何とかにっこりと微笑み、公爵夫人、サフィニア様の手をとった後で彼女の手をとった。
「いえ。貴重なお時間を割いて頂いて感謝しております」
ヴィッツ伯爵令嬢は静かに微笑んだ。彼女の丁寧な応対に驚いた。噂の令嬢は挨拶一つ満足にできない、自分より下の身分の者を虐げる悪女らしいのだが、おかしい。いやいや、きっとこれは公爵一家に取り入るための擬態に過ぎないのだ。騙されてはならない。
「今から会議室にご案内します」
動揺のあまり挫けそうになる心を何とか奮い立たせて、会議室に案内した。
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結論から言おう。
彼女はヴィッツ伯爵令嬢ではない。というより、悪名高き、あのヴィッツ伯爵令嬢と同一人物ではない。彼女がヴィッツ伯爵令嬢というなら替え玉を寄越したに違いない。そのぐらい前評判を良い意味で大きく裏切った。
会議室でさっと資料に目を通した彼女の口から遠慮がちに出た堅実な意見に度肝を抜かれた。公爵夫妻も驚いていたぐらいだ。
現場視察もそうだ。彼女は全く我が儘を言うことなく、現地の産業に直に触れて我々の率直な意見を求め、褒めるべきところでは素直に賞賛した。織物工業では実際に体験したり、生産や流通に関しては的確なアドバイスさえした。
狐につままれるとはこのことだ。どこかで学んだのだろうかと首を捻っていたら、伯爵領では家族で領地経営に携わっていた上に領民や家臣からもアドバイスをもらったりしていたらしい。他にも辣腕な祖母に手ずから手解きを受けていたらしいのだ。
これまでは、その可憐な外見を売りにしてティルナード様を篭絡したのだとばかり思っていたら、内面や考え方もしっかりしていて柔軟性に長けている。浪費家という噂だったが、そんな様子は微塵もなく謙虚に我々の生活や意見にもふんふん耳を傾けていた。噂はあてにならないと思った。
途中から我々領民のつんけんした態度は温かいものに変わっていた。特に女性は彼女を尊敬の眼差しで見るくらいだ。
と同時に次代の公爵様は贅沢だと思った。聡明で可愛らしいお嬢様をお嫁にもらうのだから。性格は控えめでありながら、か弱そうな外見に反して意外に芯はしっかりしている。しかも公爵御子息様は彼女にぞっこんで二人は相思相愛らしいのだ。言うことはない。貴族様は政略結婚が主で縁談は当たり外れが激しいのだが、これは間違いなく当たりの縁談である。好きな相手と一緒になれるなど羨ましい限りだ。
何でも、公爵御子息様の方から何度も彼女にアプローチしたらしい。噂に聞いていた時は彼女の外見か妖しい手練手管に惑わされていたのだとばかり思っていたが、実物を見れば彼女に惹かれた理由は理解できた。
彼女の素晴らしいところは謙虚で嫌みなところがないということだ。更に凄いのはあのサフィニアお嬢様を制御できるところだった。あの野生児のサフィニア様が彼女の隣で大人しく織り機を興味深く見ている姿はどんな奇跡が起きたのかと目を疑い、拍手したくなったぐらいである。
サフィニアお嬢様は賢いが、悪戯好きなところがあり、昔から視察の度に手を焼いていたのだ。彼女専門の対策班まであるぐらいだ。勿論、困ったところはあるものの、領民のことを考える愛すべき領主の一人には違いない。悪戯好きなのが玉の傷なのだ。
しかし、レイチェル様と一緒の時は悪戯好きな性格はなりを潜め彼女に先輩風をふかせながら積極的に世話を焼いたり解説したり、或いは一緒に見学したりとまともである。彼女が素直にサフィニア様の解説に感嘆し、サフィニア様が胸を張る姿はほほえましく思った。
正直、彼女を逃してくれるなと次代の公爵様に切実に願った。彼女を逃さないために今後は領内総出で歓迎しなければなるまい。少しでも我が領を気に入ってもらい、嫁に来たいと思ってもらうのだ。
領民の気持ちが一致団結した瞬間だった。
後日、領内ではヴィッツ伯爵令嬢を褒め称える素晴らしい噂が流れることになるのだが、それは別の話である。




