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番外~伯爵令嬢と恋の花~

二回目の更新ですε=ε=┏(・_・)┛

最近、人違いの手紙が届く。

主に招待状だ。差出人には全く心当たりがないので、多分他の誰かと勘違いしているのだろう。差出人のヴァレンティノ公爵家のご子息は遠目に何度か社交場で見かけたことがあるが、殆ど言葉を交わしたことはない。

公爵家主催のお茶会や園遊会は人気で、招待を受けるのも栄誉なことらしい。招待を受けただけでも一種のステータスになるらしいのだから、絶対に何かの間違いだと思う。

差出人からしてあり得ない。ヴァレンティノ公爵ご子息は大変おもてになるが、自分から女性は誘わないことで有名なのだ。

興味はある。が、恐らくはこれは間違いの手紙か公爵ご子息の名前を騙って私をからかう悪戯の手紙だと思った。その気になって出向いたら、実は招待されていないとか恥をかかされる類いのものだと思う。しかし、無視するのも良くないことだ。

私は断るべく筆を走らせた。


※※※

社交場はめくるめくドラマに満ちていて楽しいが、社交は苦手だ。

壁際でぼんやりと果実ジュースをずずーっと飲みながら、しみじみと思った。

私の周りには誰もいない。遠巻きに令嬢方がくすくすと笑うのを見て、「またか」と息をついた。

私の着ている物は型落ちした母のお古を手直ししたものだ。装身具も母の物を借りている。髪はとかして簡単に生花を差しただけだ。こういう華やかな場では地味過ぎて浮いているらしい。

今日は兄の知人の婚約お披露目で、兄のパートナーとして出席している。兄は友人達と話があるらしい。私はぼーっと兄達の談笑風景を壁際で眺めた。

社交は苦手だが、社交場は嫌いではない。現実は小説より面白いこともある。

広間の一画で女性のハーレムを築いている銀髪の美形を見ながら思った。まるで絵本から飛び出てきたような王子様のように整った涼やかな美貌は女性を惹き付けてやまない。本日の男性出席者の中では一番人気のようだ。女性達が色めきたっているのがわかった。確かに眼福だ。


「レイチェルも興味があるの?」


ひょこっとダリアが私の後ろから顔を出した。


「ある…けど、ないわ」


「どっち?」


「誰があの人を射止めるかは興味があるし、眺めるだけなら目の保養にはなるわね」


「自分が射止めようとは思わないところがレイチェルらしいわね」


「……あんな大物は無理よ。仮に私がダリアみたいに美人でスタイルが良くても無理」


私はぶんぶん首を振った。


「どうして?」


「似合わないもの。社交は苦手だし。ありのままの私があの美貌の隣に立つのを想像すると滑稽だわ。落ち着かないし」


身長差がありすぎてアンバランスだ。それ以前に相手にしてもらえないだろうと我が身を見て、渇いた笑いを溢した。

大体、あの集団の中に割って入るのは難しい。本人にたどり着くまでに人だかりで潰されてしまう。


「レイチェルは十分可愛いと思う。もう少し自信を持った方がいいわ」


「同じことを庭師の…親戚の方に言われたわ」


トーマスの親戚のボブをふっと思い出した。そういえば彼も身長や年頃は丁度ヴァレンティノ公爵子息くらいだっただろうか。彼は今時珍しいくらい優しく、紳士的だった。


「ね、誰のことを思い出していたの?」


にやにや笑いながらダリアが私の顔を覗きこんできた。


「庭師さんのお嫁さんになるのも悪くないわ、と思ったの。そこらの貴族の男性みたいに馬鹿にしたりしないし、見栄を張って着飾る必要もないわ」


「お嬢様育ちに庶民暮らしは大変だと思うわよ?」


「そうね。でも、うちは貴族と言っても今は貧乏だし。身の回りのことは大体は自分でやっているから、慣れれば何とか順応できると思う。問題は」


「問題は?」


「相手にも選ぶ権利があるというところだわ。凄くモテそうだったから」


私から見てもボブは長身で端整な顔立ちをしていて、モテそうだった。こんなことを言っては失礼だが、少しだけ公爵子息様に面影が似ているかもしれない。

ダリアは何かを思い出したように慌てて私を慰めた。多分、この間の私のお見合いの失敗談でも耳にしたのだろう。あれは決定打になった。当面はお見合いはしなくて良いと思ったのだ。

お見合い相手はあの後、相当に私を悪く言ったらしい。今日もちらほら耳に入ってくるが、そ知らぬ顔を取り繕うので精一杯だ。


「…レイチェル、貴女、重症だわ。疲れているのよ。世の中には沢山の男性がいるのよ?中には粗野で傲慢な方もいるけど、真面目で優しい方もいるわ」


「そうね」


いれば良いけど、と私は息をついた。元々男性は苦手だったが、あの一件以来更に拍車がかかった。結婚は諦めかけていて、尼寺に入るのも悪くないと思いかけていた。それを夢に溢れるダリアに言うべきか悩んだ。


「あの…」


振り返ると、男性が立っていた。どうもダリアをダンスに誘いたいらしい。


「行ってきたら?」


私はダリアの背中を押して見送った。彼女は私を気にしながらも、男性の手を取り、ダンスホールに向かった。

よくあることだ。悲しくなんてない。

グラスを一気に飲み干す。と同時に異変に気づいた。周囲が妙に騒がしい。

公爵子息と取り巻き達がこちらに近づいて来ている。ホールで話すのに疲れたのだろうか。しかし、人気者は壁際に行こうが一緒である。公爵子息の歩みに合わせて民族大移動が起こっている。

彼はなぜか私の前まで来て立ち止まった。私に何か用があるのかもしれない。そこで、はたと思い出した。そういえば、つい先日、手紙の宛先間違いを指摘したのだった。不機嫌に眉間に皺を寄せているところから見て、気分を害したのかもしれない。長身にむすっとした顔で見下ろされて思ったのは「怖い」という感情だった。この間の一件を思い出したのもあり、体が震えた。

彼は何かを言おうと形の良い唇を開きかけた。私に話しかけようとしたのかはわからない。ただ、序列上、話しかけられたら無視はできない。ここで揉めれば悪い噂に更に尾ひれがつくのは間違いない。混乱して息が苦しくて過呼吸気味になった。

彼の肩越しに兄ルーカスの姿を見つけて、私は神に感謝した。


「お…お兄様。私、少し調子が優れなくて!そろそろ、おいとましませんか?」


私は公爵ご子息の横をすり抜け、兄の腕にしがみついて、その陰に身を隠すように隠れた。公爵ご子息の取り巻きの女性達が「ま、はしたないこと」と嘲笑するのが聞こえて泣きたくなった。


「…大丈夫か?」


ルーカスは私の額に手を当て熱を測った後、優しくポンポン頭を叩いた。


「帰ろうか。悪いが、妹が風邪っぽいので失礼する」


ルーカスは傍にいた主催の友人にそう声をかけた。私はほっとして少し力が抜けた。


「ルーカス、大丈夫か?良かったら馬車まで抱えて行こうか?」


重低音の凄く良い声が追いかけてきて、私はびっくりした。声の主は公爵ご子息だ。驚いたのは私だけではないらしい。彼の問題発言に一瞬周囲がしんと静まり返った。


「………は?俺をお前がか?」


兄は呆れたように言った。想像すると面白い絵面だが、多分彼が言いたいのはそういうことではない。兄はわかっていてとぼけている。私も自分に関係ないことなら笑えただろう。


「…抱えるのは君じゃなくて妹の方だ。大分顔色が悪いし、息が苦しそうだ」


心臓が止まるからやめてくれ、と助けを求めるように兄を見上げた。確かに息が苦しいのは本当だが、半分はこの人のせいだ。それに、折角逃げてきたのに意味がないし、彼に抱えてもらえば確実に噂に更に更に尾ひれがつく。

親切心から言ってくれているのはわかっているが、タイミングが大分悪い。それに、私は彼が怖い。


「…大丈夫だ。気持ちだけ頂いておく」


兄はぶすっとした顔で何かを怒っているように言った。と言っても、付き合いの長い人間以外にはわからないような些細な変化だ。


「だけど」


大きな手が私の方に伸びてきて反射的に身を縮めた。


「…だ…いじょうぶです。あり…がとう…ございます。私に構わないで下さい」


何とかそれだけ言うと、私は兄の腕にしがみつく力を強めた。体はカタカタと震えている。

きっと感じが悪く見えたに違いないが、それどころではない。

馬車に逃げるように何とか乗り込み、屋敷に帰りついた後、私は一週間寝込んだ。


※※※

帽子をかぶって簡素なワンピースを着て庭園で土をいじっていると、ティルが私を探している声が聞こえて私は慌てた。

特にすることもない無職な私は最近は公爵家の使用人の方々とも大分打ち解けてきて、専属庭師のハリーとも仲良しだ。花壇の一画に専用のスペースを譲ってもらったので、そこに球根を植えることにした。サフィニア様のばら園も時々剪定や手入れの手伝いをしたりしている。このことはマリアやドリーは知っているが、ティルは知らない。密かな楽しみを禁止されたらたまったものではない、と口止めしている。

声がだんだん近づいてきて、どう誤魔化そうかと焦った私は咄嗟に泥のついた手を後ろに隠した。


「レイチェル?」


ティルは私の姿を見つけると慌てたように駆け寄り、私の肩に手を添えた。


「転んだんですか?怪我は?」


私は彼にどういう誤解を受けたかわかって唖然とした。後ろでドリーがぷるぷると震えている。ハリーも笑いを堪えているのがわかった。


「転びません!もう!失礼です」


「顔に泥がついているから、てっきり顔から派手に転んだのかと」


「…そこまで鈍くはありません。…多分」


彼は丹念にどこか擦りむいてないか私の体を確認した。私は長い指で私の顔についた泥を拭うティルを見上げて不服を訴えた。完全に小さな子供扱いである。私は唇を尖らせた。


「レイチェル様は花を植えていらしたんですよ」


見かねたハリーがあっさり私の秘密をばらした。

ティルは反対するでもなく、花壇を興味深そうに見つめた。


「何を植えていたんですか?」


私は考え込んで首を傾げた。


「…大昔に貴方に貰った花?」


「………ぶっ」


笑いを堪えきれなかったらしいドリーが吹き出し、げらげら笑いだした。


「ティルナード様。綺麗だからって今度は乱暴に引っこ抜いては駄目ですよ?レイチェル様が大事に育てている花を抜いたら大目玉です」


ドリーがけらけら笑いながら言った。


「しない!口を聞いてもらえなくなるのは嫌だ。手伝いましょうか?」


「お仕事はもう大丈夫なんですか?」


ティルは今日は近衛は休みだが、書斎にこもって領地関連の仕事をしていた。ティルは休日も真面目で勤勉だ。


「丁度、一段落ついてレイチェルと一息つこうと思っていたんだ」


ティルは私の帽子の鍔を掴み目深に被らせると、優しく手を引いて私を日陰のベンチまで案内した。


「日が強くなってきたし、今日はあまり体調が良くないんでしょう?少し休憩した方が良い」


「…どうして、体調が悪いと思ったの?」


ティルはなぜか一瞬気まずそうに何故か顔を赤らめ、視線を逸らした。


「顔色が悪いし、手がいつもより少し湿ってる」


私は手が汗ばんでいることを指摘され、慌てて手を離そうとしたが、彼は逆にぎゅっと指を絡めてきた。困ってしまってふて腐れたように顔を反らすとティルが笑う気配を感じた。


「…別に病気というわけではないんですよ?」


原因は思い当たっている。月の障りで貧血を起こしているだけだ。


「ええ。俺が勝手に心配しているだけです」


「…病気ではないから大騒ぎはしないで下さいね?ただの貧血です」


以前立ちくらみを起こした後で王宮のハーブ園の稀少なハーブを頂いた時のことを思い出し、胃がきりきりと傷んだ。


「あれは反省してます」


ティルは歯切れが悪く赤い顔でぼそぼそと言った。


「風も冷えてきたし、中に入って休んではどうです?あとは俺とハリーでやっておきます」


「少し休んだら大丈夫です。気分転換は大事です。ティルは心配し過ぎだと思うの」


「レイチェルはよく倒れるだろう?」


「…半分は貴方のせいです」


大分慣れたが、彼は無自覚に色気を振り撒いていて心臓に悪い。


「倒れそうな原因がある時は無理はしない方が良い。姿が見えないと、どこかで倒れてるんじゃないかと心配になる」


私はそこで首を傾げた。まるで、どこかから見ていたような口ぶりだ。そして、彼はなぜか私が今、貧血を起こしやすい状態であると把握し執拗なまでに心配している。一つの結論にたどり着いて、私は赤くなり硬直した。


「……知ってたの?」


「その…。前に一緒に出掛けた時に倒れたことがあっただろう?あの時にルーカスに聞いたんだ。それから何となくそうじゃないかと」


デリカシーのないルーカスを恨んだ。

恥ずかしさのあまり逃げようとしたが、握っていた手を軽く引かれて彼にもたれかかる格好になった。


「…本当に悪気はなかったんだ。ごめん」


「この場合怒るべきはお兄様です。ティルは悪くないわ。わかっているのだけど、恥ずかしいから離して」


「離すのは嫌だ。俺は君と一緒に過ごしたい。何だかんだで最近は君と過ごす時間が足りないから」


私は観念して体を預けた。こうなったら自棄だ。開き直るしかない。それに、一緒にいたいのは私も同じなのだ。

最近、大分神経が図太くなった私は彼に安心してもたれかかり、暫くぼーっとしながら、ふと思い出した。


「昔ね」


「うん」


「庭師のお嫁さんになるのも悪くないと思ったの」


ティルはなぜか驚いたように私を見た。


「トーマスの?」


私は目を瞬かせた。流石にそれはない。確かに、トーマスは祖父のように慕っているが。


「まさか?違いますよ」


「……ボブの方か」


ティルはなぜか面白くなさそうな顔になった。


「どうして難しい顔をするの?」


最近、本人にも確認してわかったことだが、ティルとボブは同一人物だ。面影が似ていると思ったのは無理もない。本人なのだから。

ただ、まさか公爵ご子息が庭師の格好で我が家の庭に出現するなんて誰も思うはずがない。


「いや。君が庭師の方が良いと言うんなら爵位をサフィーに譲らないと駄目だと思ったんだ。それに、ボブは俺だけど厳密には俺じゃないから色々複雑で。あの頃、レイチェルは俺をなぜか怖がっていただろう?ほら、ルーカスの友人の婚約お披露目の時に…」


私はそこで思い出した。そんなこともあったな、と。言われてみれば、私が気づかなかっただけで私達は王宮の舞踏会の前にも何度も再会していたのだ。


「だって、あの時は眉間に皺を寄せて怖かったんだもの」


とって食われるかと思った、と言えばティルは不満げに口をへの字に曲げた。


「仕方がないだろう?あれは君をどう誘ったものかと考えて緊張していたんだ」


「…女性を誘う時は他の女性を連れてくるものではないわ」


私は唇を尖らせてティルを軽く睨んだ。

彼の周りにいたのは私への当てつけのように自信に満ち溢れたスタイル抜群の長身の美女ばかりだった。


「あれは…。断ってもついて来たんだ。だから、何度も個人的に君に見合いの申し込みや招待を送っただろう?あれが続いたら落ち着かないし、君と話したくてもいつも結局全く話ができないから」


ティルは苦い顔になって言った。


「大体、庭師のボブとの結婚はすぐに考えられるのに、なんで俺とは全く考えられなかったんです?」


納得がいかない、とティルは呟いた。


「住む世界が違うから?」


「………ボブの方が違うでしょう?」


呆れたようにティルは突っ込んできた。


「ごめんなさい。怖かったんだもの」


小柄な私から見てティルは巨人だ。上から睨むように見下ろされれば小さき者としては怖いものだ。


「それはどうしようもないでしょう?多分、目線を合わせて屈んだら屈んだでレイチェルは怒ったじゃないか」


そんなことをされたら確実に喧嘩を売っていると思っただろう。


「レイチェルは背が高くて頼りになる奴が好きなんだと思ってた」


「…嫌ではないけど慣れないから落ち着かないの。どうして、そう思ったの?」


私の両親は小柄だ。兄もうちの両親から生まれたにしては背が伸びた方だが、男性の中では小柄な方だと思う。長身に憧れがないわけではないが、囲まれると落ち着かないのは現在進行形で体感中だ。何せ、美形の公爵一族は皆長身なのだ。


「…君の従兄がそうだった。昔から君達は仲が良かっただろう?」


私は驚いて目を丸くした。


「前にも言ったけどグウェンとは何もありません。それに今は」


「今は?」


「…ティルが好き。釣り合わないと言われても貴方が良い」


あのままティルと再会しなかったら別の未来もあったかもしれないと思ったが、口を噤んだ。私はもう彼を選んだのだ。

ティルが何者だろうと傍にいたい。そのためなら頑張れると思う。


「レイチェルは可愛いよ」


不思議そうにティルは私の頬にかかる髪を掬いながら言った。お世辞ではなく素で言っているのだから怒るに怒れない。


「ティルは大分目が悪いわ。でも」


「うん?」


「私は貴方のことを誤解していたんだと思います。だから、ごめんなさい」


昔を思い出した。今にして思えば、昔から現在に至るまで私は彼を過剰に怖がり、避けていた。その度に彼に嫌な思いをさせていたのかもしれない。


「それは無理もないし、俺のせいでもある。責任は感じているんだ」


「ティルのせい?」


「君が疑い深く、臆病になったのは俺が初対面の君に酷いことを言ったせいだろう。今でも、やり直せないかと後悔するんだ」


「私はやり直したいなんて思わない」


「どうして?」


「あれもティルとの大事な思い出だもの」


くすくすと笑うと、ティルは頬を掻いた。最初のあれがなかったら、今のような関係ではなかったかもしれない。


「…あの花が咲いたら一緒に見ましょうか」


ティルの提案に私は嬉しくなって返事の代わりに指を絡めた。最近は彼がくれる、ちょっとした「約束」が嬉しい。


「そういえば」


「はい?」


「ティルはどうして、あの時、あの花を選んだの?」


ふと本当の最初の拙いプロポーズを思い出していた。


「花壇で一番綺麗だったから」


私は大した意味がなかったと知って落胆した。確かに、あれは行き当たりばったりな贈り物だったけど、私は疑うと同時にほんの少しだけ期待もしたのだ。

ドリーがティルを見て呆れたように口を開いたが、私はそっと人差し指を立てた。


「レイチェルはあの花が好きなんですか?」


「好きよ。あの花をもらって悪い気になる女の人はいないと思うわ」


「そういえば花嫁衣装のモチーフにも使われているな。女性に好まれる花か」


元々花にも衣装にも然程興味がないのだろう。ティルは顎に手を当てながら言った。私が着る予定の花嫁衣装にもふんだんにあしらわれているのを思い出したらしい。結構有名な話なのだが、知らないようだ。まあ、そんなものだと思う。

がっかりすると同時にほっとした。うちの従兄のグウェンがそういうことに詳しいのだが、彼は女性を口説く時の常套手段としてこの花を贈るのだ。


「あの花はフレアと言うの」


「ふうん」


花言葉は「最愛の人」、「幸せな結婚の約束」だ。贈られた時はからかっているのだと思いながらも驚いた。年の離れた従姉があの花を贈られてプロポーズされたと聞いた時には子供心に私も憧れたものだ。あの花を贈られてプロポーズされた花嫁は幸せになれると言う。


「何か意味があるんですか?」


私の様子から何かを感じ取ったらしいティルは聞いてきた。


「いいえ。何も」


私はがっかりしたことを悟られないように慌てて首を振った。


「そういえば縫いかけのハンカチの刺繍も。あの花には何か意味が?」


私はびくりと肩を震わせた。目の前の彼に贈る予定で花の刺繍を施しているのだが、よくよく考えたら大分大胆なことをしてしまったかもしれないと気づいて頬に熱が集中した。


「ありません!好きなんです」


慌てたように矢継ぎ早に言えばティルは不審な目で私を見た。


「ふうん?」


よくわからないが、納得してくれたらしい。私はほっと胸を撫で下ろした。

ドリーがやれやれ、と言うように私達を見るが、目で「絶対に言わないで」と口止めしておく。

一人で勝手に舞い上がっていたのを知られるのは恥ずかしいし、ティルには自覚がなくても私には大切な初恋の思い出には違いない。それでいいのだと思う。刺繍については大分先走ってしまったような気もするが、花言葉の意味を調べられない限りは気づかれることはないはずだ。

ティルの興味は花より私の髪に移ったらしい。擽るように撫でられて私はふっと笑った。

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