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57.突然の来客は戸惑います

もう師走ですね!Σ( ̄□ ̄;)

ぐだぐだ感が満載ですが、まだ続く…のです。最早、自己満足な感じですが…●| ̄|_

困ったことになったと思った。


突然の来客をワトソンに告げられて私は首を傾げた。なんでも公爵一家は不在らしい。普段なら、お引き取り願うところだが、その方はティルの旧くからの友人で、かつ対応に配慮が必要らしく、私に尋ねて来たそうだ。

ティルの友人なら無下にもできまい、と私は代わりに応対することにしたのだが。

来客は二人いた。一人は蠱惑的な金髪碧眼の超絶美人なナイスバディなお姉様、もう一人は長身の、薄茶の髪に紫の瞳が印象的な精悍な雰囲気の端正な容姿の男性である。

私は屋敷の主達の不在の謝罪と歓迎の挨拶をしようと口を開きかけたのだが、美女に抱きつかれて胸の谷間に挟まれて窒息しそうになった。

じたばたと腕の中でもがけば美女は気づいたらしく、腕の力を緩めてくれた。首をもたげて見上げれば、彼女は申し訳なさそうに眉を寄せた。


「ごめんなさい。幻の美少女にやっと生で会えた感動でつい。…あいつったら執拗に隠すんですもの」


私は彼女の腕の中でキョロキョロと周りを見渡した。話が掴めない。幻の美少女とはどこに?美女に我を失わせた美少女とやらは私も見たい。

残念ながらそれらしき人物は見当たらず、がっかりした。広間には私と付き添いの年配の侍女とワトソンしかいない。


「私はフィリア=ニジェールです。ハーレー元侯爵の娘の方が貴女には馴染み深いかしら?今は母の子爵家を継いで、王宮の近衛で要人の護衛をしています」


私は目を見開いた。彼女は噂によく聞くティルの元婚約者で、お似合いの美男美女カップルの片割れとして有名だった女性らしい。

実物を見て唸った。長身の黄金比率のプロポーションは私とは雲泥の差だ。ティルと並べば眼福に違いない。彼女の後釜が私なのだから嘆かれる理由も納得である。私は言葉を忘れて美女に抱きつかれたまま、うんうん頷いた。


「フィリア。何だ、この面白可愛い生き物は?」


「ティルの最愛の女性で婚約者のレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢よ?ザクスも噂には聞いていたでしょう?」


「これが…?嘘だろう?ティルをたぶらかして国家転覆を企んでいるようにはとても見えないぞ」


それはどちらのレイチェル=ヴィッツさんの話だろうか。最近屋敷に引きこもりがちな私は私の噂話を耳にしない。ティルもその家族も使用人も基本的に甘い。

彼らの目が光っているせいか誰も表立っては滅多なことは口にしないのだ。

領地視察の見学の時も最初はそれこそ、嫌悪まじりの好奇の目に晒されるが、終わる頃にはなぜか期待の混じった優しいものに変わっている。


「だから、言ったでしょう?それに騙されて丸め込まれているなら彼女の方だわ」


肩を竦めながら、フィリア様は漸く私を腕から解放してくれた。


「確かに噂はあてにならないな。極悪非道な美女にたらしこまれてティルが悪の道を突っ走り始めたと聞いて遠路はるばる諭すべく来てみたが、実際は癒し系美少女といちゃいちゃしているだけだったとは拍子抜けだ」


「あの…。申し訳ありませんが、公爵家の家人は不在でして」


「知っている。不在の時をわざと狙ったからな。あいつと来たら、どんなに会わせろと言っても君に会わせたがらないんだ。何度はぐらかされて逃げられたことか。婚約パーティーのに招待を送って来なかった上に婚約自体最近知って驚いたんだぞ?結婚式の招待も即行で断りやがった。親友に対するこの悪辣な所業をどう思う?」


間近で迫られて、がしっと手をとられて私はたじろいだ。


「ところで、君の名は何だったか?」


「レイチェル、です」


「君からも言ってくれないか。レイチェル。結婚式は是非参列したいと。何なら君の招待枠でもいい」


「ええ…と。ですが、お名前とお住まいを存じ上げないので」


「ザクス=ブリュンヒルデだ。ミドルネームは長いので省略してくれ。何、君と私の仲だ。ザクスと呼んでくれて構わない。私も親しみを込めてレイチェルと呼ぼう」


突っ込みどころが満載だったが、思考が停止した。聞いたことがある名前だと思ったら、他国の王子様の名前だった。


「私もレイチェルと呼んでいい?私のことはフィリアかフィーで構わないわ。ザクス、彼女が困っているわ」


「大事なことだ。結婚式に呼ばない理由も、内気な婚約者のために内輪でささやかにするから王族の参列は丁重にお断りします、だぞ?緩みきった幸せそうな顔で言うもんだから腹が立つさ。ならば個人として行くと言ってもなしのつぶてだ。私以外にも断られた奴はいるらしい。そもそも、今の時点で数百人を越える招待客だそうじゃないか?それで、どこがささやかなんだ。今更一人二人増えたところで変わらない。あいつは誘ってないのに来たがる奴が多すぎて迷惑しているんだそうだが?」


「…すうひゃく…っ!?」


頭が痛くなり、気が遠退きそうになった。いや、公爵家は付き合いが多いのだし、百人でも少ない方かもしれない。


「で…殿下は」


「ザクスな」


「ザクス殿下は」


「ザクスと呼ばないなら一切答えない」


「ザ…クス様はティルナード様とはどのようなご関係ですか?」


「様はいらん。が、まあ、いいだろう。しかし、君はティルを愛称で呼ばないのか?」


私は口ごもった。人前で彼を愛称で呼ぶのはふさわしくないと考えて使い分けるようにはしている。


「ふ…二人きりの時は」


私は耳まで赤くなりながら何とか唸るように答えた。


「可愛いな。これ、うちに連れ帰っては駄目だろうか?」


「駄目よ。ティルが地の果てまでも追って来るわよ?あいつ、レイチェルには執着していて、しつこいから」


「わからんでもない。私の妃もこれぐらい可愛いげがあればな」


「可愛いじゃないの」


「可愛くない。冷たい、虫を見るような目で私を見るんだぞ?甘さの欠片もないわ」


「それ、ザクスが誰彼構わずひっかけるせいよ?」


「外交の一環だよ。レイチェルは冗談抜きで可愛いが。どうだ。ティルとの結婚はやめて、うちの子にならないか?」


「えぇ?…と」


私は首を傾げてフィリア様に助けを求めた。


「それは嫁的な意味で?」


「妃が嫉妬深いから養女か義妹で」


私はどう答えたら良いかわからず、おろおろした。右往左往する様を物珍しがられ、からかわれているのだろう。


「そんなの駄目に決まっている」


唐突に入り口から地獄の底から響くような重低音の美声が聞こえてきた。黒い不機嫌なオーラを纏ったティルがそこには立っていた。

彼は私とザクス様を交互に見て眉をつり上げて、ザクス様の手からべりっと私の手を引き剥がした。それから私を抱き締めた後、頭にキスを落とした。

思わず声にならない悲鳴を上げた。人前なのに彼は全く憚らないのだ。


「ただいま、レイチェル。遅くなってごめん」


私に視線を固定したまま私の髪に指を通しながら彼は言った。何度も言うが、人前だ。


「私達は無視か」


「…人の留守を狙って婚約者を拐かそうとした奴を歓迎しろ、と?」


「君が矢鱈と隠すからだ。かえって興味が湧くというものだよ。どんな不美人かどんな美女か。隠すにはそれなりに理由がある。それにだ。遠路はるばる来たというのにティルはつれなさすぎる。飲みに付き合いもせずに直帰するんだから」


「ザクスとフィリアに付き合っても全く癒されないし、時間が惜しい」


「…もう同居しているんだからレイチェルの顔はいつでも見れると思うけど?」


「全然足りない」


彼はそう言うと、私の腰を抱いて屋敷の奥へ行こうとした。


「おいおい。放置するなよ。頼まれた物を持ってきたんだ」


ティルは立ち止まりはあ、と息をついた。それからワトソンに茶の用意を頼んだ。


「レイチェル。悪いけど先に部屋で待っていて下さい」


「いやいや。別に一緒にいればいいじゃないか。いるだけで癒しになるし」


「…嫌だ」


「けちな奴だな。見るだけで減るもんでもなしに」


「何かが減った。確実に」


ティルはそう言って、私を庇うように立った。


「…本当に変わったな」


ザクス殿下は驚いたようにまじまじとティルを見た。


「レイチェル限定でこれが昔から通常運転よ、ザクス」


フィリア様が呆れるように言い、私は小さくなった。


「お前に頼まれていたヴェールができたんだ。一応、本人にも確認してもらった方がいいんじゃないか?」


ティルは悩むように私を見た後、不承不承頷いた。


「レイチェル。ザクスとフィリアには近づかないように」


私に目線を合わせて言い含めるように彼は言った。


「…本当に良い性格をしているな」


「ザクスもフィリアも前科がありすぎる。警戒するのは当然だ」


「あれは君の友人にも問題があっただろう。婚約者を邪険に扱うからだ。それにレイチェルは大丈夫だろう」


「そうね。ザクスを見て、ここまで平然としているんだもの。無理もないか。毎日間近であんたを見ていれば他は目に入らなくなるわね。どっちも全く私の好みではないけど」


「傷つくなぁ。ティルには遠く及ばなくても自分ではまだまだいけていると思っているんだが?」


漸く何を言われているか理解した私は慌てて、赤くなりながら言った。


「ザ…クス様は十分魅力的だと思います!」


「ザクス、様?魅力的?」


ティルから不穏な空気が漂うのを感じて鳥肌が立った。気のせいだろうか。腰を抱く力が強くなったような気がする。


「そういえば今日の分がまだだった」


ティルはじっと私を見つめた。


「あ…あとでっ!後でしますから」


「人見知りの君だけど、俺がいない間にザクスとは随分打ち解けたみたいじゃないか」


傷ついたように言う彼に昔のことを思い出した私は少し胸が傷んだ。

彼の腕を引いて死角に移動した。覚悟を決めてティルの首に腕を回して爪先立ちをし、彼の唇に自分の唇を重ねてすぐ離そうとしたが、ティルの手が頭に回って離してくれなかった。


「ん…んーっ!」


長い間に何度も唇を食まれた後、漸く解放してもらった頃には酸欠で頭がぼーっとして、くらくらした。身体は火照ってふわふわとして地に足がつかないような、なんだか変な感じだ。

完全に重力が消失したと思ったら、機嫌を直したらしいティルに抱き上げられていて私はじたばたと足を動かしてもがいた。


「……恥ずかしいぐらいに熱いな」


「熱愛カップルはどこもこんなもんじゃないの?よく夜会の会場のバルコニーとかで見かけるわよ?」


冷静にフィリア様が言った。


「馬鹿な。私が人前で后にこんなことをしようものなら、この世から消されるぞ」


呆れるように見つめられて私はティルの胸にしがみついて顔を埋めた。


「ティル。いい加減にしなさい。レイチェルが可哀想だわ」


見えないが、憐れみの目線を向けられているのがわかった。


「焼きもちを焼かせるようなことをザクスがするからだ。俺は嫉妬深いから、彼女の視界に別の奴が入るのは許容できないんだ」


「ね。それだと誰もレイチェルに近づけないじゃないの?」


「近づかなくて良い。大勢に見せびらかして自慢したいと同時に屋敷の奥に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない気持ちもある」


「…うーわ。歪んでる」


フィリア様が呆れるように言う声が聞こえて、私は身体を震わせた。

最近のティルはおかしい。以前の彼はこんな風にはっきり言う人ではなかったような気がする。


「屋敷の中なら危ない目にあうこともまずないし、変な奴に目をつけられる心配も殆どないだろう?厄介な王族と関わることも誘拐される心配も、事故にあって死にかける心配もない」


胸にざくざくと棘が突き刺さった。彼はここ数ヵ月の間に起きた出来事のことを言っているのだ。


「フィリアから聞いたが、お前の彼女はどれだけ不幸体質なんだ」


同情するようにザクス様が言ったのがわかった。


「体質というより昔から変な奴に好かれやすいのよ。ティルを筆頭に。むしろ、ティルに好かれたから大変な目にあっているとも言えるわね」


「そうだとしても、もう手離す気はない。手続きは終わったし、何があろうとどうにかするさ」


私は慌ててティルの口を塞ごうと手を伸ばしたが、間に合わなかった。


「手続き?」


「先に結婚したんだ。公表していないけどレイチェルはもう俺の妻だ」


「つ…ま?」


二人の目が点になった。ティルはこくりと頷いて肯定した。


「式が先か後かの違いで大差はないだろう?それに、結婚したら不安が少なくなった」


「…大昔からの疑問だけど、あんた、正しく意味わかってるの?」


「何が?」


「結婚よ。天然の恋愛音痴のあんたが夫婦になるのを正しく理解しているようには思えない」


ティルはなぜか頬を染めた。


「…理解はしている。ただ、人にはペースがあると思うんだ」


「レイチェルを異性として好きかということなんだけど?あんたのそれ、恋愛感情というより妹に向けるようなものだし、社交場で遠巻きに見たあんたたちは違和感が半端なかったから」


私はちらりと彼を見た。私も時々不安に思っていたことだ。ティルの「好き」は動物愛的なそれなんじゃないか、と。


「…フィリアは妹とキスしたいと思うのか?」


ティルは心外だと言わんがばかりにフィリア様を見た。


「心配しなくても、しっかり、いかがわしい目でレイチェルを見ているから心配はないだろう。こいつは帰宅早々に妹を抱き締めたりはしないし、熱っぽい目で見ない。大体妹と過ごす時間欲しさに周囲の誘いを振りきって直帰するか?」


「…しないわね」


「あの…。ティル…ナード様はまさか無理して帰って来ているんじゃ…?」


私のせいで付き合いをばっさり断らせてしまっているなら大問題だ。


「ティルナード、様?」


ティルは私のよそよそしい呼び方に引っ掛かりを覚えたらしく、ぴくりと眉をつり上げた。


「あんたは引っ掛かるの、そこ?レイチェルは心配しなくても大丈夫よ。悪いのはこいつだから。それに、今夜職場の同僚全員でザクスの歓迎会をここで行うことになっているから問題ないわ」


私は驚いてティルを見上げた。出掛けにはそんな予定は聞いていなかったので、のんびり過ごしていたのだ。

職場の方々が来るのであれば何がしかの準備や手伝いが必要だろう。


「…聞いてないぞ?」


どうやらティルも初耳らしい。できる家令ワトソンは話を聞いてすぐに準備をすべく奥に消えてしまった。


「今日決まったもの。突撃公爵家お宅訪問。幻のティルの美少女婚約者と触れあおうの会が」


「待った。趣旨が変わっていないか?さっきはザクスの歓迎会と言っていた」


「そっちは建前でメインはレイチェルよ?職場でも噂になっているんだから。最近、あんたの体から常に特定の女の子の良い匂いがする、とか。不機嫌な顔つきをして溜め息だらけだったあんたが幸せそうに口元を緩ませて上機嫌に不気味に笑っているとか。肌身離さずつけている薬指の指輪とか?ライアンが脅…いえ、心配していたわよ?」


「匂いについてはてっきり稀代の悪女レイチェルが牽制のために、わざと移しているんだと思っていたが?今の様子だとティルが四六時中まとわりついて移っただけのようだな」


私はぴしりと固まった。思い返してみれば、私達はほぼ毎日一緒に休んでいる。お互いの匂いが移っても不思議はないぐらい密着して。

全身の血液が沸騰して、悲鳴を上げそうになった。やましいことは何もないのだが、噂になっていると聞いて混乱した。


「冗談じゃない!少しは遠慮してくれ。レイチェルはあいつらが帰るまで絶対に部屋から出ないで下さいね」


諭すように言われて私は目を瞬かせた。


「そうはさせないわよ?皆、貴方の婚約者に興味津々なんだから。あの淡白なティルが突然婚約したと思ったら、最近は随分上機嫌で鼻唄歌いながら恐ろしい早さで仕事を終わらせて定時で帰るんだもの。そこまでさせる噂の癒し系美少女婚約者の顔が是非見たい、と。あんた、ライアン以外は婚約パーティーには呼ばなかったでしょう?」


「当たり前だ!あいつらは遠慮を知らないから。物凄い勢いで囲まれて、レイチェルが怖がって逃げたらどうしてくれるんだ!婚約当初は何とも思われていない微妙な時期だったから色々気を遣ったんだ」


「ふうん?でも、ほら。今は違うでしょう?大体あんたの意見は聞いていない」


フィリア様はそこで私を見た。


「…ティルナード様がお世話になっているなら、ご挨拶しないと」


ティルは私の回答に唸った。


「ほら、レイチェルもこう言っているわ。小さい男だこと。あんたが嫌ならあんた抜きで他の場所でやるわよ?レイチェル、お姉さんとお出掛けしましょうか?」


「駄目だ。フィリアと二人きりはザクスと二人きりより駄目だ。危ない」


「どうして?」


「前科がある。レイチェルが道を踏み外したら恨んでやる」


「…失礼だな。ティルは私の男子力がフィリアに負ける、と?」


「ザクスはややこしいから口を挟まないでくれ」


「とにかく、ザクスの持ってきたヴェールでも眺めながらゆっくり話の続きはしましょ。どうせ、数時間後には来てしまうのだし」


ティルは私を抱えて応接室に移動しながら深い溜め息をついた。


※※※


出てきたのは精緻な花の透かし模様がきれいな真っ白いレースのヴェールと揃いの手袋だった。陽に透けると綺麗な模様を作るに違いない、と私はほう、と溜め息をつきながら感心した。

ブリュンヒルデはレースが有名だったな、と思い出した。

ティルはヴェールと手袋を検分した後、ザクス様に向かった。


「感謝する」


「礼には及ばない。お代は要らないから式に招待してくれないか?」


「その話は断っただろう?」


「アルマン殿は参列するらしいじゃないか。ニコル殿とアンジェリカ殿も」


「自国の王族の列席は流石に断れない」


「一度は断ったと聞いたが?」


「…ささやかなものにしたかったんだ。本当は家族だけでもいいんだ。最初は本当に十数人規模だったのに。ままならないから困る」


「変装するから参列させろ。絶対にばれないようにするから。それにシヴァもハーティーも参列するのに私だけ駄目なんて狡い」


ティルは痛そうに頭を抱えた。


「彼らにもドレスの件で世話になっていて同じように言われたんだよ。ただより高いものはないからこちらとしては支払いがあった方が有り難いんだが。何より、君たちが参列すると誤解を招く」


「誤解?」


「うちが他国と手を結んで現王家を倒そうとしているんじゃないかとか」


「別にいいじゃないか。事実無根なことはニコル殿もアルマン殿も知っている。ティルは婚約者以外への関心が薄いからな。それに折角良い品を作ったのに見せびらかさないのは勿体無い。せいぜい広告塔になってくれ」


「ああ。だから、ただなのか」


ティルが納得がいったように頷いた。


「まぁね。ティルの相手次第じゃ商売上がったりだから、それなりにふんだくるつもりだったが、見て納得した。ただにしてもお釣りが大分来そうだし、是非着て大々的に宣伝してほしいね。シヴァとハーティーも同じ考えだろう」


一斉に私に視線が集中して私は身を縮こませた。


「しかし、噂と随分違うんだな。噂の伯爵令嬢は獰猛な女豹らしいが、実物は豹というより仔猫だな。彼女に略奪愛と悪巧みは無理だろう?」


首を捻りながらザクス殿下は私を見て言った。


「りゃくだつあい?」


私はぴくりと耳を立てた。心当たりがない上に初めて聞く単語に驚いた。


「巷では稀代の悪女レイチェルは知略を巡らせてティルを誘惑してフィリアから寝とったことになっているぞ?」


「…誘惑されたのは否定できないが、納得がいかない部分がある」


「わ…私は誘惑していませんよ!」


「私がティルにフラれたことになっているのが納得いかないわ。私がティルをふったならともかくね」


頭が痛くなった。他国でも噂のレイチェル=ヴィッツさんは派手に暴れまわっているらしい。噂の出所の頭の悪さにも泣きたくなった。


「噂通りの悪女なら大幅なイメージダウンだが、実物は可憐で清楚だ。彼女の花嫁姿に憧れて、うちのレースをヴェールに使いたいという発注は増えてがっぽり儲けられるだろうから、こちらからお願いしたいくらいだな。結婚祝いにヴェールは持っていけ。噂が噂なだけに話題性もあるし、ドレスにはシヴァの国の最上級の布とハーティーの国の宝石と糸を使うんだろう?」


気のせいでなければ、どちらも異国の王族の名前だったような気がする。各国の名産品が上がっていて背中に汗が流れた。

ちらりとティルを見れば、彼は気まずそうに顔を反らした。


「さ…散財反対です」


「仕立て代以外は実質タダになったし、俺だけじゃなく両親とサフィーの総意ですよ。代金は全員で負担する予定でしたし」


まさかの公爵一家ぐるみという衝撃の事実に目眩がした。


「は…花嫁衣装は本来は花嫁の実家で用意する習わしです。ご厚意に甘えてしまっているとはいえ、そのような豪華なものをご用意して頂くなんて」


「一生に一度きりのことだし、どうせなら納得がいくものにしたいでしょう?」


ぽっと頬を染めてティルは視線を伏せて言った。しかし。


「…それ、花嫁の台詞ですからね!」


「花婿がこだわってもいいと思うんだ。レイチェルに任せると採算重視になりそうだし。俺はやっぱり似合うものを着た君が見たい」


「花嫁衣装だけならともかく、他の物も…」


この間マダムリーリエが調整に来た時に結婚後のドレスの追加オーダーの話を聞いて唖然としたのだ。


「無理な買い物はしないし、計画性はあるから心配はいらない。それに、落ち着いた外用のドレスを欲しがっていただろう?」


ティルは「既婚者は落ち着いたものを着た方が云々」といった、少し前に話したことをしっかり覚えていたらしい。


「…持参金も心配しなくても俺が全部用意するし、あれは俺に何かがあった時のためのものだろう?レイチェルを路頭に迷わせる気はないから要らないぐらいだ。だから、もっと欲しいものに使えばいいんだ」


ティルはそこで不思議そうに私を見た。

多分マリアあたりから私がお金に困っているという話を聞きつけたのだろう。結婚前にも似たようなことを言われたな、と私は思い出して、あれは冗談ではなく本気だったのかと血の気が引いた。

この人は本当に甘い。私が噂通りの悪女だったら、どうするつもりなんだ。私はぬぬ、と唸った。

そんな私達を見て、ザクス様はからからと笑った。


「いや、驚いたな。まさか散財を注意されるティルが見れるとは。普通は男側が渋い顔をするものだがな」


「ザクスは知らないんだ。レイチェルは婚約当初、体に合っていない古い型の渋い色のドレスを着ていたんだ。それはそれで可愛いとは思うけど、どうせなら似合うものを着た彼女が見たいと思うのは普通な感覚じゃないか?」


「伯爵家は財政難なの?」


「う…。そういうわけではありませんが、見栄のために殆ど着る機会のないものに回す予算が惜しいと思っただけです」


夜会の時に着るドレスは基本的に何度も続けて同じものは着ないものだ。

ヴィッツ伯爵家の財政は一時期と比べれば持ち直してはいるが、それでも無駄と思えるものに大枚をはたくのは惜しいと思った。大体、うちの家業は農産と綿花が主流だから見栄をはる必要はない。どんな格好をしていても売り上げに影響しないからだ。これが織物や宝石が主産業の家や貴族間の結び付きが重要な家なら違っただろう。


「レイチェルは知らないが、ティルは結構けちだぞ。無駄なものに金は一切払わない」


「…ドレスや宝石を結構頂きましたけど?」


つけ加えると結婚資金はほぼ全額公爵家持ちだ。伯爵家も半分負担すると言ったのだが、やんわりと断られた。規模を考えれば当然かもしれない。負担していたら、我が家の財政は破綻していた。


「それは周りに主張しているんだ。君の着せ替えを目で見て楽しんで、更には周囲に牽制して、一石二鳥以上の効果を狙っている。趣味半分、打算半分といったところか」


私は絶句した。


「ザクスの読みは外れ。残念ながらティルの場合、九割九分は重ーい愛と趣味よ。素で可愛いレイチェルを見てでれでれしているのよ。レイチェル関連の出費については鼻から無駄と思っていない。カテゴライズが別枠なのよ」


「でれでれしていない!」


「顔にはっきり書いてあるわよ。幸せでたまらない。邪魔者は早く帰れ、と」


「…わかっているなら用も済んだことだし帰ってくれないか」


「残念だけど、そろそろ仕事終わりの近衛の愉快な仲間たちがやってくる時間だわ。ついでに彼女の過保護なお兄様と悪魔な殿下もね」


「お兄様も来るんですか?」


「ええ」


「フィリアは勝手に人の屋敷で会合を開くな!」


「これに懲りたらたまには職場の連中にも付き合うことね。レイチェルといちゃつきたいのはわかるし、周りも薄々は察しているけど冷やかしたくなるじゃない?それに結婚式を挙げたら一月はいちゃつき倒すんでしょう?ちょっとぐらい幸せのお裾分けをしてもいいでしょう?」


私は赤くなって俯いた。


「…気の良い奴等だけど、粗暴な奴も多いから会わせたくないんだ」


「あんたって、本当に過保護」


「何とでも言ってくれ」


ティルはそう言いながら、侍女に言いつけてヴェールを片付けさせた。


※※※

ティルの職場の同僚という方々が夕方に屋敷を訪れ、私はたじろいだ。

大勢の中に兄ルーカスの姿を見かけて、人見知りな私は安堵した。兄に駆け寄れば、ルーカスは私の頭をくしゃりと撫でた。安心して思わず口許が綻んだ。なぜか、慌てたようにティルが私たちに近づいてきて、私の腰をぎゅっと抱いた。兄は呆れたようにティルを見た後、私に促すように顎で指図した。

はっと我に返った私はティルの同僚の方々に向き直り、彼らに歓迎と労いの挨拶をした。緊張しながらも笑みを浮かべる。

ティルのパートナーとして上手くできただろうか、と兄を見れば頷いたので、ほっとした。目で通じあう私たちをティルはなぜかはわからないが、面白くなさそうに見ていた。

暫くしてワトソンと侍女が酒を運んできて、宴が始まった。

ティルは物言いたげに口を開きかけたが、私が彼の言葉を聞くことはなかった。

後ろからがしっと王弟殿下方に両脇を掴まれ、ティルは引きずられるように広間の奥の酒の置いてあるテーブルに連れていかれてしまった。

ティルと引き離されて困惑した私は眉を下げた。きょろきょろと見回せば、ルーカスも他の人と談笑を始めている。私はどうすれば良いのだろう?ティルのパートナーとして他の客人が気持ちよく過ごせるように振る舞うべきなのだろうが、生憎と私は口下手で社交経験が乏しい。

困惑している内に、いつのまにかティルの同僚の方々にわっと囲まれて私はびくりと肩を震わせた。


「よかったら、あっちで隊長の話をしませんか?」


ティルは隊長、と呼ばれているらしい。ティルの話、と聞いて私の好奇心は刺激された。私が知らない職場でのティルの話は興味があった。


「隊長は本当に凄いんです。腕もたつし、裁縫も炊事も。密かに俺たちはお母さんって呼んでます」


「淡白な隊長がいきなり婚約したものだから、お相手はどんな人なんだろうって気になっていたんですが、こんなに可愛い人でびっくりしました」


暫くして、緊張が解れた。ティルの同僚の方々は基本的に陽気で人の良い方々のようだ。こちらが口を開かなくても話題を振ってくれるし、ティルの職場での様子が伺いしれて私は楽しくなって微笑んだ。

間近に酒精の匂いがして急にずしりと重い何かが覆い被さってきて、私はよろめいた。

振り返るとべろんべろんに酔ったティルが私を後ろから抱き締めていた。重量に耐えきれずに倒れそうになった私を助けるようにワトソンとドリーがティルの身体を両脇から支えた。


「ん…。レイチェル」


「ありゃま。完全に酔ってますね。珍しい。あのティルナード様がここまで潰れるなんて」


ちらりとティルがいたテーブルを見て、空いた酒瓶の数を見て、私は目眩がした。咎めるように王弟殿下とザクス殿下を睨めば、彼らはさっと視線を逸らした。人の旦那様に何て量の酒を盛ってくれているんだ。

ティルは上機嫌にへにゃりと笑いながら、私にぎゅうぎゅう抱きついてきた。私が一先ず離れて体勢を整えようとすればティルは唇を尖らせた。


「ティル。重いから一旦離して」


「嫌だ。好きなんだ。片時も離したくない。レイチェルは俺が嫌い?」


耳元で不意打ちをつかれて私は真っ赤になった。ワトソンもなぜか顔が赤い。ドリーは面白がるような目を向けてくる。


「そんなわけ…」


「嫌いですか?」


「う…」


悲しげな顔で言われて私は動揺した。


「…嫌いなわけがないじゃないですか。意地悪」


涙目になりながら私は言った。周囲の生暖かい、やや呆れたような視線が背中に突き刺さる。


「俺といる時よりも随分楽しそうだったじゃないか」


恨みがましい声音で言われて私は言葉に詰まった。


「そんなことはない、わ」


「物凄く妬いた」


色気を含んだ声で言われて、私は固まった。


「ほらほら。ティルナード様。レイチェル様がお困りなので俺と一緒にお部屋に戻って休みましょうね。さっぱりするためにひとっ風呂浴びてはいかがです?頭から水でも被れば目もきっと覚めるでしょうよ」


ドリーに促されて、ティルは頷いた。ドリーはそのままティルの脇を抱えて階上に上がろうと歩いた。が、あることに気づいてはたと立ち止まった。


「レイチェル様は置いて行って下さいね」


「嫌だ」


「ほら。一緒に風呂には行けないでしょう?まさかレイチェル様と一緒に入るおつもりですか?」


ドリーの言葉に私はどぎまぎした。何てことを言うんだ。


「レイチェルが一緒じゃないと嫌だ。行かない」


「はい?」


ドリーの目が点になり、私も硬直した。

ティルと一緒に風呂など入ったことがないし、私が無理だ。


「いやいやいや。それは確かに問題がありませんし、面白いですが、流石に今は無理ですからね」


正直なドリーが嗜めるように言うが、ティルは私を離そうとしない。酔っ払いには話が通じないのだ。父がそうだ。


「…結婚したらお風呂は考えてもいい、わ。上まで一緒に行くから」


「わかりました」


上まで一緒に行く、と言えばティルは納得したようにあっさり頷いた。どうも一緒に風呂に入りたかった訳ではなく、単に離れたくなかっただけらしい。私はほっと胸を撫で下ろした。


「私はこれで失礼します…が、王弟殿下。今度ゆっくりお話ししたいことがあります」


私はくるりと振り返ると目を眇めて王弟殿下を見た。殿下はさっと顔を逸らした。

ティルを酔いつぶれるまで飲ませた彼とは一度ゆっくり話すべきだ。

ドリーと一緒にティルを階上に運び、彼の書斎のベッドに横たえた。シャツの首もとのボタンを緩めてやれば、規則正しく寝息をたて始めた。


「レイチェル様、あとは俺が見ますから、ここは」


「でも」


「酔っ払って何するかわかりませんので、今日は別々に休んで下さい。危ないので朝まで見張ってます」


「ドリーは大袈裟だわ。ティルは乱暴なことはしませんよ」


「酔っ払っているティルナード様を見るのは初めてなので酒癖については断言できませんよ。ここまで深酒するなんて本当に珍しいな。いつもは適当にかわすのに」


「初めて、なの?」


私はベッド脇に腰掛け、ティルの髪を撫でながら首を傾げた。


「まあね。殿下は酔い潰す気はなかったんでしょうがね。知る限りのティルナード様はざるですから潰れるとは思ってなかったのでしょう」


ドリーは苦い顔で言った。

ティルはもぞりと寝返りをうって、口を開いた。


「レイチェル?」


「はい」


「傍にいてくれ」


苦しそうに、手を伸ばす彼の手を迷わずとった。


「…どこにも行きませんよ」


「あらら。片想い期間が随分長かったから末期ですねぇ。気持ちはわからないでもありませんが。丁度良い感じでそろそろ話を進めようかって時に舞い込んだ婚約話でレイチェル様と一緒にいることができなくなって。内心は荒れて自棄になってましたから。フィリア様と婚約中も指をくわえて眺めていることしかできずに、やきもきしていらっしゃいましたし。相手がフィリア様で本当に良かった。そうでなければ不実だと咎められても仕方がない」


ドリーの言っていることの意味は理解できた。政略結婚とは本来そういうものだ。たとえ気持ちがなくても相手を優先しなければならない。


「ドリー」


「はい?」


「ティルは私が必ず幸せにします。だから、安心して下さいね」


「レイチェル様ったら男前すぎ!それ、普通は逆ですからね。というか、幻滅しないんですか?」


「どうして?可愛いと思うわ」


幻滅する要素はないし、ティルには申し訳ないが、弱っている姿も含めて今の私は彼が大好きだ。こんな姿を見れるのも私だけなのだと思えば愛おしいとさえ感じる。


「ところで、どうしても部屋に戻らないと駄目?」


傍にいたいのだと目で訴えれば、ドリーは難しい顔で私に言った。


「駄目ですよ。記憶がない時に万一、一線を越えたらあの人、一生後悔しますから。一度のことでうっかり子供ができちゃったら結婚式は延期になりますし、あの人が今我慢できているのは貴女の花嫁姿を心から楽しみにしているからですからね」


「何も起きないと思うわ。今までだってそうだったでしょう?」


「…理性がないなら何かは起きますよ、確実に。ティルナード様の恋愛対象はレイチェル様だけなんです。他の女性ならともかく、レイチェル様は絶対に駄目です」


「普通は逆じゃない?」


「いいえ。合ってますよ。ティルナード様はレイチェル様以外の女性とは何もできないんです。だから、昔のワトソン爺さんは絶望したんだ。男色疑惑が流れたのだって、それが理由ですよ」


「できないわけが…」


「分かりやすく言うと、身持ちが固いというよりは無関心なんです。だから、無理なんです。誰でも良いならこんなに苦労しませんでしたよ。レイチェル様は結婚式の後の新婚生活の覚悟をしておいた方が良い」


私はごくりと唾を飲みこみ、ティルを見た。


「う…ん。レイチェル?」


ティルは頭の下の枕に手を伸ばすと、それをしっかり抱き込んだ。


「レイチェル、愛してるんだ」


枕にむにゃむにゃと愛を囁くティルをドリーは大笑いしながら「レイチェル様ではなく、それは枕ですよ」と突っ込んだ。

私は私でティルの腕の中にいる枕に嫉妬するのだから末期だ。今更ながらに彼の上着を取り上げた時のティルの気持ちがわかったような気がする。


「ティル」


私は彼の耳元に口を寄せて小さな声で囁いた。

私の言葉が届いたのかはわからないが、彼は口元を緩めてへにゃりと安心したように笑った。


「何て言ったんです?」


ドリーが不思議そうに私とティルを交互に見た。


「…秘密、です」


私はくすくす笑うと、いつかの仕返しとばかりにティルの額に唇を落として「おやすみなさい」と呟いた。

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