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番外~公爵閣下の王宮事件簿~深夜に響くピアノ後編

箸休め後編です。勿体ぶった割に真相はしょぼくてすみません(^-^;

え?笑えませんか?頑張ってみたものの、語彙力と想像力に乏しいので今の精一杯がこれです。既に書いた話に犯人は出ていますしね。可愛いチキンな陛下が書けたので個人的には満足です。後半は出番なしな不憫陛下(;・∀・)

ピアノ…それは惨劇の始まり。


「いーやーだーっ!」


真夜中の王宮の静けさにつつまれた廊下にずりずり、ずりずりと何かをひきずる音と男の野太い悲鳴がただただ響いた。これが小さな子供なら可愛いが十代後半の男だから見苦しいとしか言いようがない。


「ニコル殿下、お静かに。貴方、音楽室の幽霊より大迷惑ですよ。幽霊でさえ、夜間の騒音に配慮しているというのに大の男が情けない」


「そういう問題ではない!大体、誰も出てこないではないか!はっ!もしや、城内で何かあったのでは?」


「…殿下が今晩私と肝試し的な何かをするのは知れ渡ってますから誰も驚かないだけですよ」


恒例の不思議探検ツアーでニコル殿下が年頃の婦女子のようにきゃあきゃあ悲鳴を上げるのはいつものことだ。いちいち相手にしていたら仕事がたちいかないと割とドライな反応だ。


「ちょっと待て!これは肝試し的な何かなのか!?」


「今更気づいたんですか?これは別名、ドキッ!男だけの不思議探検ツアー、深夜に唄うピアノ編、でしょう?あ、でも。私には妻子がいるので、苦難を乗り越えた先に恋的な何かは芽生えない方向でお願いします」


吊り橋効果はご遠慮願う、と言えばニコル殿下は唖然と口を開き、目を剥いた。


「大体貴方が眠れないからどうにかしてくれ、と言ったんじゃないですか」


殿下に泣きつかれなければ今ごろは私も我が家でソフィーとゆっくり過ごせたのだ。


「何とかしてくれとは頼んだが、原因を見たいとは言っていない」


「見えないから怖いんです。人間だろうが幽霊の仕業だろうが原因がわかれば納得して眠れるようになりますよ?」


「もしも人外だったらどうするんだ!」


「ピアノを弾いているだけなら害はありませんよ。本当に怖がりなんだから。幽霊の何をそんなに怖がることがあるんです」


「理屈が通じないし、目に見えないものは誰だって怖いだろう?相手は武器が通じないかもしれ…ひっ!?」


殿下はとんとんと後ろから肩を叩かれて悲鳴を上げた。そこには第二王子アルマン殿下が灯りを持って立っていた。顔だけが灯りに照らされていて不気味だった。それにしても謀ったようなタイミングで現れたものだ。後ろにはアルマン殿下お気に入りの薄毛の侍従のパッドが申し訳なさそうに立っている。


「兄上、こんな真夜中にどうされたのですか?」


白々しい。灯りを見ればわかるが、油の減り具合から見て今しがた合流したわけではない。恐らくは大分前から…或いは最初から実の兄が怯える様を後ろからこっそり見守り愛でていたのだろう。この人は好きな人間への愛情表現が歪んでいる。

ニコル殿下はキリッと顔を引き締めてアルマン殿下に向き直った。頼れるお兄ちゃんアピールをしたいのだろうが、いかんせん生まれたての小鹿のように膝がガクガク笑っている。パッドは気づいたように顔を反らしたが、アルマン殿下はぷるぷると肩を震わせながら憂い顔を作っていた。器用なお人だ。

愚かな宮中の重臣の中にはこの人を次期国王にと推す声も多い。ニコル殿下もアルマン殿下の能力が自分より秀でていることは認めていて、必要なら自分が補佐に回っても良いと思っている。

私はそう思わない。確かに彼は才覚が突出しているが、人格が破綻している。本人も自覚があるようで何より玉座を望んでいない。というより面倒だと思っている。ニコル殿下が彼の兄でなければとっくに出家して田舎で適当に暮らしていただろう。ニコル殿下はアルマン殿下ほどの才覚には恵まれなかったが人たらしの才能があり、人の使い方が上手い。この人を自分が支えなければという気にさせるのもまた立派な素養と言える。

さて、御年十二才のアルマン殿下は瞳を潤ませて不安げに揺らした。


「もしや、例のピアノですか?」


こうなるように差し向けた張本人が大した演技力だ。中性的な外見はさながら天使そのもの。上目遣いでニコル殿下を見たものだから、殿下は鼻を押さえた。ブラコンも大概にしてくれ。


「ああ。今夜お前を悩ませるピアノの音色の正体を暴いてやるから安心してくれ。このエドが」


ニコル殿下は盛大に私に全てを投げた。


「公爵が?」


アルマン殿下はきらきらと期待の眼差しを私たちに向けた。

ニコル殿下には天使に見えるようだが、私は悪魔がニヤリと笑ったのが見えた。この人はうちの子が楽しい遊びを思い付いた時と全く同じ目をしているのだ。

私たちは連れだって音楽室に向かった。途中小鹿のように震えるニコル殿下をなだめすかし、背後に立つ悪魔の悪戯を警戒しながらだったので着く頃には神経が大分磨り減っていた。

音楽室の前の廊下の硝子窓まで着いた時に外で雷がピカッと光った。遅れてドーンと音が鳴り響く。結構近くに落ちたな。家で待つソフィーが心配だ。


「ひっ!?」


雷の光に照らされて廊下に髪を振り乱す女性のシルエットがくっきり浮かんだ。さながらメデューサのように激しく四方八方に髪がゆらゆら揺れている。手も高速で動いていて影だと失礼ながら鬼婆に見えた。

急に静かになった。さっきまでは騒がしかったのに。相変わらずピアノの音は静かに切なく響いている。雷の不気味な音が絶妙なスパイスとなっておどろおどろしい雰囲気だ。しかし、何かが決定的に足りない。変だな。ああ、そうか。


「ニコル殿下?」


ニコル殿下の前で手を大きく振ったが反応がない。まるで屍のようだ。

殿下は立ったまま彫像のように固まり、目を開けて寝ていた。心なしか影が薄くなって灰色に見える。器用だけど、はた迷惑な人だ。言い出しっぺが先に寝てしまうのだから。大の男を運ぶこちらの身にもなってほしい。


「殿下、失礼しますよ」


私はよいしょと殿下を横抱きに抱えて音楽室の扉を開けた。

中に入ればピアノの前に老婆が腰かけていた。傍の長椅子には王妃様が腰かけていた。

老婆はこちらに気づくと、ぴたりと指を止めた。


「…やはり、そうでしたか」


「ヴァレンティノ公爵…とニコル?アルマンも。こんな真夜中にどうなさったの?」


「夜分に申し訳ありません。殿下が王宮で夜な夜な鳴り響くピアノが怖いと仰るので原因を突き止めにお付き合いしていたのです」


「まぁ!ニコルが?それでニコルはどうして寝ているのかしら?」


「さあ?夜は早く寝て朝も早く起きる方ですからね。はしゃぎすぎて限界がきたのでしょう。王妃様達はこちらで何を?」


「まぁ!この子ったら。いくつになっても子供なんだから」


王妃様は口許に手を当てて呆れたように私の腕の中で燃え尽きたように目を開けたまま眠る殿下を見た。


「婆やに頼んで、慰めにこっそりピアノを弾いてもらっていたの。昼間は執務に追われていて時間がとれないから。あの人、問題ばかり起こすものだから憂さ晴らしに、ね」


王妃様は疲れたように渇いた笑みを浮かべた。

王妃様の言うあの人とは勿論、我が国の国王陛下である。彼は執務の一切を王妃様に全て押し付け、離宮で愛人と贅沢三昧遊んで暮らしている。


「そうでしたか」


「そんなに五月蝿かったかしら?夜だから、なるべく音が響かないように気を付けていたのだけど」


王妃様は婆やと困惑したように顔を見合わせた。


「いいえ。大丈夫ですよ。集中して耳を澄まさなければ聞こえないぐらいの音でしたから」


「使用人とアルマンは知っていたのだけどニコルには言ってなかったわね」


「…アルマン殿下はこの事をご存知だったんですね?」


「…ええ?前に音を聞き付けてこちらに。一緒に婆やの演奏を何度か聞いているわ。それがどうかして?」


後ろを振り返れば悪魔は既に立ち去った後で薄毛の侍従が恐縮したように汗を拭いながら立っていた。逃げ遅れたらしい。


「…悪ガキめ。後で首根っこを捕まえて説教してやらないとな」


私はひとりごちた。

王妃様はくすくすと嬉しそうに笑った。


「アルマンがまた何かしたのね?公爵がいて本当に良かったわ。あの子達に父親はいないようなものだから。アルマンも悪気がないのよ」


「知ってます。殿下方が寂しがりなのは」


「貴方のことを父親みたいに慕っているのよ」


私はため息をついた。


「こんな大きくて手のかかる子供達を作った覚えはないんですけどね」


殿下方の父親を思い浮かべて、腕の中で安らかに眠る殿下に視線を落として更にため息を深くついた。


※※※

アルマン殿下はよくうちの屋敷を訪れる。宮中が居心地が悪いのとうちの子供達がお気に入りだからだ。悪ガキ同士波長が合うらしい。迷惑そうにしている息子の傍で、先日の夜に響くピアノの話をする姿は懲りた様子がなかった。

息子は現実主義で非科学的なものは興味がない。馬鹿らしいという顔で生返事をしている様は十歳児とは思えないぐらい淡白だ。時々この子の将来が心配になる。

無駄な人付き合いをしない、親しい友達がいるという話も聞かない。というか、人間に興味がないように見える。表面的に表情は変えるが全部作り物のように見えるのだ。

加えて執着もない。人や物に頓着しないドライな子供。将来が本当に思いやられて頭が痛い。


「父さん、例のピアノの話が詳しく聞きたいんですが」


遠慮がちに書斎に入ってきた息子は「時間がとれるか」と聞いた後で私に言った。珍しいこともあるものだ。


「どうして、そんなことを?」


私は底意地が悪い。だが、一応聞いておかないといけない。アルマン殿下から話を聞いた時は興味を全く示さなかったのに今更すぎる。それに、息子の性質はアルマン殿下に近い。


「友達に」


「友達?」


「さ…最近仲良くなった友達に話したいんです。あまり、外に出ない子で王宮にも行ったことがないみたいだから」


頬を赤らめながら、もごもごと息子は早口で言った。友達ができたことを父親に報告するのが恥ずかしいらしい。難しい年頃なのかもしれない。

そういえば、と思い出した。最近、息子付きの従僕から、さる伯爵子息と親しくなったと聞いている。彼に話したいのだろうか。


「病弱な子なのか?」


「わからないけど強くはない。本を読んで過ごすことが多い…と思う」


情報を統合して、頭の中で知的な線の細い少年を思い浮かべた。


「乱暴なことはしていないだろうな?」


「してない!…ちょっと悪戯はしたけど」


「悪戯はしたのか?」


「少し。後悔して反省して謝って仲直りしたんだ。だけど、なかなか仲良くなれなくて」


焦れている様子で息子は言った。

心の中で私は感動した。息子が人に興味をもち、仲良くなりたいと思っているなんて本当に珍しいこともあるものだ。

ピアノの話をしてやった後で「是非、今度うちに連れて来るように」と言えば、「誘っても断られるんだ」と言って項垂れる息子は子供らしくて可愛かった。


※※※

ヴィッツ伯爵子息を初めて見た時はぎょっとした。息子の話を聞く限りだと夢みがちな線の細い文学少年だった。

実物は小柄だが、しっかり筋肉がついていたし、知的には違いないが、堅実な人物だった。

彼がピアノの話を聞きたがり、更には息子の誘いを断る姿を想像したが、イメージとかけ離れていて違和感を覚えた。

疑問が解けたのはそれから数年後、息子が婚約者を自分で決めて顔合わせのお茶会に招待した時のことだった。

息子はお茶会や夜会に興味がない。だから、基本的に我が家主催の催しに口を出しては来ない。しかし、この時は珍しく神経質に自ら細かに指示を出した。娘に頭を下げてバラ園の使用許可をとるぐらいだった。

息子はその日は数時間前からそわそわしながら、ヴィッツ伯爵家の馬車の到着を待っていた。彼女達が着いたという報告を受けて、自ら迎えに上がり、優しく気遣うように彼女の手を引いて会場までエスコートした。

息子に手を引かれて緊張しながらバラ園に入ってきた彼女を見て、頭の中でばらばらだったパズルが初めて合致した。

息子が仲良くなりたかったのはこの子だったのだ、と。まさか女の子だとは思わなかった。そんなことを一言も言わなかったじゃないか。知っていたら、ハーレー侯爵令嬢との縁談は何としても断った。何でもっと早く言わなかったんだ。

今思えば怪しかった。同時期に私が持つ辺境伯の称号と領地をやたらと欲しがった。あの領地は静かな森に囲まれていて綺麗な湖が近くにある。屋敷は広くはないが、内装は凝った可愛い作りになっている。土地としての旨味は他にないが、将来的にこの子と二人で住むつもりだったと考えれば符に落ちた。

息子は熱に浮かされたような顔でずっと彼女を見つめていた。未だに彼女と婚約できるのが信じられないようだ。そして、彼女の方も息子との婚約を他人事のように思っていた。

不思議な状況に呆気に取られた。息子のことを彼女は全く知らないようなのだが、息子はずっと知っていたような熱っぽい眼差しを向けている。昔、息子が仲良くなりたかった子はこの子で間違いないはずだが、殿下の周りの不思議より不思議な状況だ。

私が父親としてしなければならないことはわかっていた。

何としても、この婚約は成立させなければならない。息子の様子を見てそう悟った。破談になれば息子は荒れるだろう。

実際、ヴィッツ伯爵令嬢はなかなか可愛い少女だ。息子と並ぶとアンバランスだし、彼女が可哀想に見えたが。何せ華奢な作りをしている大人しそうな子だ。妖精の国から来たような可憐な容姿をしている彼女と魔王城に住まう魔王のような整っているが冷徹な容姿をした息子。彼女はさらわれてきた生け贄みたいに見えて不釣り合いだ。息子は幸せそうにでれでれしているが、彼女と両親は混乱しているようなので騙して婚約してきたんじゃないかという疑惑が浮かんで頭が痛くなった。本人の同意を本当に得たのだろうか。考えれば精神衛生上よろしくないので、そこは息子を信じることに決めた。私自身、他人のことは言えないのもある。

ソフィーとサフィーは一目で気に入ったらしい。二人とも可愛い物は好きだ。想像を裏切って可愛い花嫁が来ることに大歓迎ムードである。報告書だけでも既に受け入れられてはいたが、完全にロックオンされたな、とため息をついた。気持ちはわからないでもない。この息子のことだから少し心配していた。息子そっくりの嫁を連れてくるのではないかと。それはそれで息子が幸せならいいのだけど。

今すべきことは。私はちらりとヴィッツ伯爵を見て、にっこり微笑んだ。

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