8.事後処理は大変です
私は翌日、寝坊した。
朝食をとるために食堂に入ると、父が長テーブルに座り、母と何やら騒いでいた。
何でも、昨日、我が国の宰相が麻薬を大量に密輸、それを市井に出回らせた罪で逮捕されたとのことだ。顧客は多岐にわたり、主に仮面舞踏会やサロンなどで密約、取引が行われた、とか。
兄ルーカスはまだ戻らないらしい。きっと兄の言っていた大捕物とはこれのことだろう。医療目的以外での麻薬の密輸、売買は我が国では重罪である。
この大捕物は王弟閣下主導の元、近衛兵団、宰相補佐官など多くの士官、文官が関わって一斉摘発を行ったとのことだ。今は芋づる式に明らかになる事実関係の照合と、あの日の仮面舞踏会への出席者の事情聴取で忙しいらしい。
「レイチェル、昨日の夜会は楽しかったかい?」
父は食堂に入ってきた私に気づき、声をかけた。仮面舞踏会の一件について兄からまだ報告を受けていないようだ。私が実は現場にいて、さる侯爵家の方に喧嘩を売った挙げ句、危うく火だるまになりかけたなどと知れば卒倒するに違いない。
「はい、お父様。とても楽しい一時を過ごせました」
「それにしても物騒ね。レイチェルも気を付けなくては駄目よ」
母は心配そうに頬に手を当てて言った。まだ帰らぬ兄ルーカスが良からぬことに巻き込まれているのではないかと気がかりでならないのだろう。ルーカスは能力を買われて宰相を補佐する立場にいた。
「お母様、お兄様なら大丈夫ですわ。それより、私、お兄様のご友人に夜会でダンスに誘って頂いたのです。夢のようでした」
話題を変えようと、私は夜会での成果を話すことにした。勿論、仮面や鬘をつけていたことは完全になかったことにする。実際に踊らなかったなどという都合の悪い事実も当然ながら省く。
父も母も一瞬、その場でフリーズした。その後、父はガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、母は「まぁぁ」と口許に手を当てて、歓声を上げた。
私は完全に忘れていたが、私ことレイチェル=ヴィッツ伯爵令嬢は目下お見合い連敗中、夜会に出席すれば壁の花、本人の預かり知らぬところで悪い噂が一人歩きしている、そんな不憫な令嬢だ。
普通のご令嬢なら兎も角、そんな不憫な実の娘がダンスに誘われたとあっては大騒ぎになるのも無理はないだろう。目下、何も気にせず声をかけてくるのは身内とグウェンダルぐらいだったのだから。グウェンダルはギリギリ身内に入るからノーカンだろう。自分の迂闊さを呪ったが、後の祭りだった。
「どちらのご子息かしら?お年は?婚約者はいらっしゃるのかしら?」
矢継ぎ早な母の質問に何一つ答えることができない。だって、私は彼について何も知らないのだ。
母はそんな私にじれったいわね、と言った。母曰く、たとえ勘違いだろうと、このチャンスを逃す手はない、と。その通りだと父も横で頷いている。
「そうだわ。ルーカスにそれとなく聞いてもらって、晩餐会に誘うのはどうかしら?」
母は名案とばかりに言った。急いで文をしたためて、兄ルーカスに送るその行動力には舌を巻くしかない。
兄ルーカスから返事があったのは、その日の昼過ぎだった。そこには夜には落ち着いて帰れること、友人から晩餐会への出席に承諾を得られていたことなどが書いてあった。日取りは3日後、とのことだった。
母は自分のことのように喜びながら、晩餐会の準備を進めた。
私は兄が彼にどう伝えたのかが気になって、何を言われても上の空だった。
もし、カイルの時のように勘違いだったら目も当てられない。