番外~公爵閣下の王宮事件簿~深夜に響くピアノ前編
陛下がお好きだというご感想を頂いたので…。ティルナードの父親と若かりし日のニコル陛下のこぼれ話。陛下の毛根に幸あれ、ということで箸休め的にどうぞ(;・∀・)え?誰もリクエストしてない?いつも通り苦手な方は回れ右でお願いします。ちなみにラブはひと欠片もないです!
タイトルをご覧の通り、中途半端に続きます。
ピアノ…それは芸術である。
「最近、寝ていると決まった時間に夜毎ピアノの音色が響くんだ」
神妙な面持ちで第一王子は私の服を掴んで言った。
「…ニコル殿下、離してください」
「聞いてなかったのか。最近」
聞くまでこの話を繰り返すつもりらしいが、先程から何度も繰り返されていて既に耳タコだ。
「私には関わりあいのないことですね。いいじゃないですか。ピアノぐらい。風情があって」
月夜に響くピアノは実に風流だろうと私は頷き、そのまま横をすり抜けようとした。が、鉄壁のディフェンス力でニコル殿下に行く手を阻まれた。
「良くない!良くないからな?誰もいないはずの音楽室から夜な夜な響くピアノの音をお前は聞いたことがないから」
「夜勤がないから永遠に聞く機会はないでしょうね。私は会計顧問ですから。それより誰もいないということは確かめたんですか?」
ニコル殿下は首を左右に振った。
「…確かめてないのに殿下は誰もいない、と仰るんですね?」
「確かめてはいない。が、小さな明かりとなにかが激しく揺れる影を見た者がいる。深夜の0時だぞ?お前はそんな時間に音楽室に人がいるとでも?」
「いるかもしれないし、いないなら人じゃないかもしれないな。例えば猫とか」
「猫がピアノを弾けるものか!薔薇の乙女を弾くような猫がいたらサーカスからスカウトが来るさ」
「曲目は薔薇の乙女、ですか。それは猫には難しいでしょうね。なら可能性は」
「な…なんだ!?」
殿下が仰け反った。
「怨霊とか?この世に未練を残した幽霊が生前を懐かしむようにポロロン、ポロロン、と。殿下?」
殿下の口から魂が抜けるのがわかった。さて、この隙に愛しの妻と少々可愛いげに欠ける子供たちが待つ屋敷にさっさと帰ろう。
「ま…待て!お前は酷い奴だ。今のは絶対わざとだろう。面白がっているのだろう?」
私は小さく舌打ちをした。面白がってはいない。面倒くさがっているだけなのだが。大体この人はピアノを怖がる前に自分の周りを見渡した方が良い。
彼の後ろにはフルプレートの女騎士が立っていた。別名「王宮のさまよう鎧」とは彼女のことだ。何も知らない来賓が彼女の姿に驚いてつけた名前で不思議の一つとされている。
彼女に悪気はなく、ただの鎧フェチなわけだが、口を開くと中で音が反響して何を言ってるかわからない。というか、何かの叫び声に聞こえる。それを他人から聞いた殿下は今回のように怯えたのは言うまでもない。王宮の不思議の答えはいつも彼と共にあるのだが、人好きするこの人は受け入れてしまって、周りが状態異常だらけに気づいていないのだ。
「今夜は帰さない」
私が考え込んでいると、殿下は痺れを切らして私の体の横の壁に手をついてキリッとした顔で言った。
「…言う相手を間違ってますよ。そういうことはアンジェリカ様に仰って下さい」
「言えるか!私たちはお前と違って清く誠実な交際をしているんだ」
「…私を不実の塊のように言わないで下さい」
「…腹の中は真っ黒なくせに!お前、密かに公爵家の銀色の悪魔って呼ばれているんだからな。何をしたんだ!」
「何をって、仕事で少々馬鹿なお偉いさんを言い負かしたり、己を省みさせただけですよ?仕事で」
「…昔からお前という奴は」
「簡単な小遣い帳もつけて提出できない方々にも問題があります。では、本当にこれで失礼します」
「だから、帰るな!泊まってくれ」
捨てられた子犬のような目で見上げてくる殿下の指をべりっと私は剥がした。
「…弟君にお願いしたらいいでしょう?」
「その私の可愛い弟が怖がっているんだ。兄としては捨て置けないし、頼りになるところを見せたい」
「…また、ですか」
この人は腹違いの弟を目に入れても痛くないくらいに可愛がっている。実際お可哀想な方だ。早くに母君を亡くされた第二王子は後ろ楯もなく宮中でも扱いに困っている。本人も聡い方でお立場をよく弁えていて前に出ようとはしない。ただ、重大な難点が一つある。
愉快犯なのだ。勿論、政治的な事では至って真面目で賢明な判断をする。ただ、彼は憂さ晴らしだろうか。それを近しい者をからかって定期的に発散している節がある。勿論、ギリギリ許される範囲で。
逆ならともかく、あの我が子並みに可愛いげがない第二王子が怖がる、なんて天地がひっくり返ってもあり得ない。兄の欲目フィルターで現実が見えていないだけだ。私からすれば、あれは大きな黒い翼を生やした性悪な悪魔だが、殿下にはいたいけな天使に見えるらしい。そして、その天使に頼れるところを見せたいようなのだ。
「いっそピアノを燃やしてしまえば?」
「…あれは母上の思い出のピアノなのだ」
「犯人は王妃さまでは?」
「あり得ないな。母上はピアノをもう弾けない。数年前に事故で指を傷めたんだ。爺いのせいで」
殿下の言う爺いとは現国王陛下のことだ。禿げ頭の色欲爺いが殿下方のお父上である。歴代最低の「愚王」の呼び名を欲しいままにしている彼は政務以外では別荘にこもり、新しい愛人と悠々自適な生活を送っている。王妃様が今は執務を一手に引き受けているのだ。今思えば側妃様も彼の巻き込み事故で亡くなられたようなものだ。
「殿下も苦労がたえませんね」
後ろで落武者のような従者が目尻をハンカチで拭っている。彼も王宮不思議の一つだ。
「だから、泊まっていけ」
「それは嫌です」
「遠慮するな」
「してませんよ。ところで、殿下。私たちが変な噂になっているの知ってます?」
この人が無自覚で私にことあるごとに詰め寄るものだから私たちが恋仲にある、というふざけた噂が流れているのだ。
「誤解だろう。エドの能力は買うが、そういう興味がないから安心しろ」
「私の体目当てとは酷い。さんざん利用しておきながら要らなくなったらぽいですか」
「ひ…人聞きの悪いことを言うな!アンが聞いたら誤解するだろう!」
「だからアンジェリカ様にお泊まりをお願いしたら良いじゃありませんか」
「ア…アンとはまだ清い関係でいたいのだ。夜を共にするなど」
何を誤解したのか、彼はぽっと頬を染めた。そういうことは聞いていないのだが。
「殿下の見栄っ張り」
「何とでも言え。幻滅させたくないんだ」
「安心してください、二人とも殿下のお可愛らしいところはよくご存知で愛でています」と言える空気ではなかった。落武者の爺やが後ろから睨んでくるし、フルプレートは唸り声で威嚇してくるし。愛され殿下の周りは常にカオスだ。
※※※
一度屋敷に戻った後、お泊まりセットを持ってまた王宮に戻った。
ソフィーはあっさり私を送り出し、十歳の息子は私に冷たい目を向けてきた。多分殿下が腰にしがみついて離れなかったからだ。
殿下は私の息子より大きいというのに。というか、もう一人手のかかる息子ができたみたいな感覚だ。うちの子達は全く手がかからないのに対して、この人は本当に手がかかる。
「で?殿下が何故ここに?」
私は寝仕度を整えながら、部屋の隅で枕を抱いて立っているナイトキャップを被った殿下に声をかけた。
「い…いいじゃないか。その…眠れないのだ」
「なら、寝なくてもいいんじゃないですか?一日くらい眠れなくても死にはしない」
「…エドは酷い奴だ。ソフィーにはそんなことは言わないくせに」
「貴方は私の奥さんではないでしょう?逆なら貴方も同じことを言うでしょうね。全く、どうして生きている人間は大丈夫なのに、お化けは全く駄目なんですか?」
私は息をついた。
「側妃が」
その言葉で理解した。側妃の遺体の第一発見者は殿下だった。
「…私を恨んでいるかもしれない。力がなく何もしてやれなかったから。彼女には申し訳ないことをした」
「大丈夫ですよ。一番に祟られるべき方が離宮でぴんぴんしているんですから。貴方は十分目をかけていた。それは弟君が証明してくれるでしょう」
祟りというものが存在するなら陛下が一番にやられている。彼がぴんぴんしている以上、側妃の祟りなどではない。
そんな話をしていれば、どこからかピアノの音が控えめに響いてきた。聞き取れるかどうかぐらいの小さな音だった。殿下が恐怖に顔をひきつらせる。
「…驚いたな」
「な?本当だっただろう?」
「いや。そうではなく」
「な…何だ?何か気づいたのか?」
「なかなかの演奏家だと思って」
小さな音だが、表情豊かな演奏だ。本職と比べても遜色はない。
ずるっと殿下が横で転けそうになった。
「お前はずれている」
「幽霊なら死んでいるのが残念なぐらいに上手いですよ。さて、では行きましょうか?」
私は殿下に手を差し出した。殿下はぐぎぎっと顔を横に反らした。
「ど…どこへ?」
「真相を確かめに行くんでしょう?」
「今からか!?」
「確かめるなら今しかありません。私は何日も泊まる気はありませんからね?」
さあ、と私は嫌がる殿下の体をずりずり引きずりながら音楽室に向かったのだった。
後編へ続く




