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閑話~公爵子息の不機嫌~

五回目ぐらいの投稿ですm(_ _)m

ルーカスとは報告のために王宮で顔を合わせた。彼はいつにも増してむっつり不機嫌で浮かない顔をしていた。


「どうしたんだ?」


俺は不機嫌の理由を聞いてやった。とはいえ、俺の方も虫の居所が悪い。

ルーカスは黙って一通の書簡を差し出した。封筒はレイチェル宛で裏返せばリサージュの王家の刻印がしてあった。そこはかとなく嫌な予感がした。


「見ても?」


「むしろ、見てくれ」


開封済みのそれを封筒から出して、内容に目を通した。みみずののたくったような汚い字で綴られた想いの丈をこめた手紙を見て、俺は胸焼けがした。

全てリサージュ語で書かれているが、自国の言葉で綴っている割に下手くそな文字な上にスペルミスが多い。そこは目を瞑るとする。問題なのはこれは恋文みたいだということだ。


「消印を見る限り王宮からではないな」


「間違いなくストップがかかったはずだ。お前の目に触れたらまずいのを国王夫妻は理解しているからな」


「伯爵家に届いたのか?」



「ああ。公表していないから当然、レイチェルがお前の屋敷にいるとは思ってなかったんだろう」


「…レイチェルは家名は名乗らなかったらしいけど?」


「レイチェル」という名前だけで探し当てたのだろうか。


「それがな。口の軽い外交官が馬鹿王子に聞かれて、王妃様のお茶会に来ていたレイチェルのことを喋ったらしい」


ルーカスが疲れたように言った。


「レイチェルが俺と婚約していることはすぐに王妃様が言っただろう」


「未婚には違いない、と言われたらしい」


呆れて言葉がなかった。異国の地で仮にも国を代表する使節が王族の制止を振りきって婚約者のいる女性に恋文を送るなど非常識だ。

どこかで聞いたような話だと思い返せば、彼の姉姫が俺に言った台詞と一緒だった。姉弟そろって本当に非常識なところまでそっくりだと思った。


「レイチェルは件の王子に腕を引っ張られて抱き締められたらしい」


ルーカスの額に青筋が立った。


「厳重抗議だな。俺は馬鹿王子に妹に触れる許可を出した覚えはない」


「婚約者がいる女性だと知っていて口説くのは大問題だ。手紙ごと突っ返してリサージュに強制送還してもらうとしよう」


ここまで話を聞かないなら帰らないだろうが、それでも彼女のことは諦めてもらわなければならない。


※※※


報告のために謁見の間に行けば、丁度リサージュの王子が国王夫妻と戻ったばかりの王弟殿下と先に謁見していた。

タイミングを間違えたか、と俺達は踵をかえそうとして、国王夫妻に呼び止められた。取次係官は謁見中だとは言っていなかったし、どうも意図的に謁見中に呼ばれたらしい。

俺を見て、王子は驚いたように目を見開いた。


「こちらがヴィッツ伯爵令嬢の婚約者のヴァレンティノ公爵子息ですわ、殿下」


王妃様が優雅にほほ、と笑いながらリサージュ語で俺を紹介した。


「これは…なかなかの美男ですね。私には遠く及ばないが」


傍にいた王弟殿下がぶっと吹き出した。国王陛下がぎろりと睨み付けるが堪えきれないらしく、ぷるぷると震えている。王妃様の微笑みが凍りついた。

美的感覚は万国共通ではない。リサージュ基準ではこの王子が美男子なんだなとインプットした。俺は別に自分の容姿に興味がないし、不細工だろうが、レイチェルに気に入ってもらえれば十分だと思う。


「こちらがヴィッツ伯爵令嬢の兄のルーカスで、宰相補佐官をやっています」


殿下は目に涙を浮かべたまま、リサージュ語でルーカスを紹介した。ルーカスは不機嫌な顔のまま、礼をとった。


「おおう!未来の義兄殿にお会いできるとは光栄だ」


全員耳を疑ったのは言うまでもない。王妃様は俺をレイチェルの婚約者だと紹介したばかりだった。

妹を溺愛しているルーカスの前で無謀なことを言う馬鹿王子に俺は心の中で溜め息をついた。俺も腹に据えかねているが、前日にたっぷりレイチェルで気力を補充したから思ったよりは平気だ。仮に王子が彼女を選ぼうが、確か合意がないと連れ帰れないのだと殿下に聞いている。昨日の様子からレイチェルは彼を絶対に選ばないと確信している分、心に余裕があった。

レイチェルでなくても、王子は一人で帰ることになるだろうと思った。選ばなければいるかもしれないが、色々条件をつけすぎている上に、彼自身に本気さがない。

本気で異国の女性を口説きたいなら、まずは拙くても相手の国の言葉を覚えるべきだ。相手のことを理解しようとしないのに、自分のことは理解してもらおうとするのだから虫が良すぎる。本人と国にもデメリットが多すぎる。


「失礼。聞き間違えたようですね。私は王太子殿下の兄になる予定はございません。殿下のように大変素晴らしい方と親戚になるなど恐れ多くて全く考えられませんね。それに、妹には既にここに相手がいますから」


ルーカスは素敵な微笑みを浮かべながらつらつらと理由を並べ立てて慇懃無礼に断りの意思を伝えた。付き合いの長い俺が意訳すると「一昨日来やがれ、この野郎」だ。

苦い記憶が思い出された。俺も最近まで、レイチェルに近づこうとする度にこうやってルーカスに追い払われていたのだ。

相手がリサージュ語しかわからないのを知っていて、自国語で口早に対応するところが彼の性格を現している。ルーカスは当然リサージュ語も話せる。

王子はわずかに首を傾げた。王弟殿下はまた吹き出した。

この場にいる誰もが思ったことだが、こんな国家の恥とも言える王子を外交に出すのはどうかと思う。なぜか。

この場にいる誰もがリサージュ語を話せるのに、当の本人はこちらの言葉を全く解せず話せない。リサージュ語でさえも通じていないようだ。こんな馬鹿に外交を任せるなんて無謀だ。

言葉を解さないということはデメリットが大きい。知らない間に不平等な条件に調印してしまうかもしれないし、変な約束をさせられるかもしれない。本人が話せないなら通訳ぐらいは当然連れるべきだ。が、王弟殿下の話だと通訳はいたが、クビになったらしい。相手の言葉を正確に通訳した結果、そんなはずはない、と王子がぶちぎれたらしい。なんともめでたい人だと思う。


「王太子殿下の面白い冗談はともかく、私の可愛い婚約者とは半年後に式を挙げる予定なんですよ。王太子殿下も良かったら式に参列して下さい」


本当は来てほしくはないが、一応社交辞令を伝えた。勿論リサージュ語で。


「予定は予定だな。選ぶのは彼女だ。是非、彼女にも夜会に出席してほしいものだ。こんな機会は二度とないし、私は運命を感じている」


運命を感じているのはお前だけだ、という言葉を呑み込みながら、俺はにこやかに笑みを浮かべた。仮に本当にレイチェルの運命の赤い糸の相手がこの王子だとしても、鋏でちょん切ってやる。


「先程も申しましたが、今回は婚約者のいる女性と既婚女性は対象外なのです。勘違いされないで頂きたいのですが、あくまで出会いの場の提供で相手の意思を尊重して下さいね」


国王陛下は半ば面倒そうに言った。


「わかっている。相手が頷いたら一人と言わず複数人連れ帰っても良いのでしょう?正妃の他に側室も複数必要だからな」


だらしなくやに下がった目を見て、王妃様が目を吊り上げた。王弟殿下は小馬鹿にしたような目で彼を見ているし、ルーカスに至っては全く話の通じない相手に唖然としている。

不実な王子の態度に俺も呆れを通り越してしまった。

リサージュの赤字国債は上層部では有名だ。はっきり言って、後宮で複数名を養うほど余裕があるとは思えない。


「先程、王太子殿下が仰ったように女性にも選ぶ権利がありますから、ゆめゆめお忘れなきよう願いたいですわ。それと」


そこで王妃様は言葉を句切り、王子は首を傾げた。


「ヴィッツ伯爵令嬢は私の大事なお友達ですの。最近、大怪我をしたばかりで無理はさせたくありません。今回の夜会には出席しませんわ」


ほほほ、と優雅に笑うと、王妃様は扇子をパチンと閉じた。目が怒っている。国王陛下が怯えるように彼女を見たのがわかった。


「私も婚約者に無理はさせたくありません。つい最近、死の淵に立ったばかりなのです」


事故の怪我が癒えていない彼女に杖をついて夜会に参加しろ、などと酷なことは言えなかった。衆目もある。


「元気そうだったがな。抱き締めたら私を突き飛ばして、凄い速さで走って逃げたんだ」


王妃様の眉がぴくりとつり上がった。王子は悪びれもせずに言ったが、今の発言には大分問題がある。


「殿下?リサージュの国風ではどうかはわかりませんが、我が国ではいきなり女性を抱き締めるのは無作法とされていますわ」


「それは悪いことをした。是非直接謝りたいので、パーティーに出席してほしいと伝えてくれ」


駄目だ。話にならない。

先程からやんわり断っているのに当然の権利のように彼はレイチェルの出席を要求する。何を考えているかわからないから厄介だ。


「…わかりました。彼女には俺からそう伝えましょう」


「話が早くて助かるよ。この国の国王夫妻も君ほど柔軟だと助かるんだけどな。頭が固くて困る。やれ、あれはだめ、これはだめでこうるさくてかなわん」


リサージュ語で彼は堂々と言った。忘れているようだが、この場にいる人間は全員彼の国の言葉を解し、話せる。立派な爆弾発言を当人達の前でした彼は更に続けた。


「ついでに君に頼みたいことがある。当日の私の通訳をお願いしたい」


「殿下、専門の通訳をご用意しますとお伝えしましたが?それに、そいつを隣に連れ歩くのはチャレンジ精神にも程があるかと…」


リサージュ語で王弟殿下は告げた後、笑い転げながら自国語で言った。


「あー、駄目だ。腹がよじれそう。ティルナードなんか隣に連れ歩いたらナンパの失敗率は百パーセントだろうに。全員ティルナードに目移りして見向きもされないさ」


「なんだかわからないが、アルマン殿は愉快だな」


ふふ、と笑う王太子殿下を見て、知らないのは幸せだなと思った。


「殿下のめでたい頭にはかなわない。兄上、睨まないで下さいよ。どうせ言葉は通じてないんですから」


「こんなのでも一応、国を代表した使節だ。機嫌を損ねて居つかれても迷惑だから注意しなさい。パーティーが滞りなく終われば一人で自国にお帰り願えるんだから」


陛下が疲れたように頭を押さえて言った。


「兄上も大概ではないですか」


最早、リサージュ語では誰も話していない。通じなければ国際問題にはならないらしい。しかし、あの温厚な陛下をうんざりさせるのは大した才能である。


「私は別に構いませんが、やはり専門の通訳に任せた方が良いのでは?私は多少話せる程度ですので」


嘘つけ、とルーカスに見られたが、専門家でないのは事実だし、面倒ごとには違いない。


「かまわん。むしろ、その方が拙さが伝わって良いだろう」


王子はよくわからない理由で即決し、俺は気乗りしないものの渋々通訳の件を了承した。

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