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44.上善は水の如しといいますが

「レイチェルの妄想じゃないの?」


晩餐会の席でアニーは笑いながら、私に言った。


「妄想じゃないわ」


私は指輪を手でなぞって、膝の上で拳をぎゅっと握りしめた。

晩餐会の話題は私の婚約話に移っていた。アニーはどうしても私がティルナード様と婚約していることが信じられないらしい。


「レイチェルが未来の公爵夫人だなんて信じられないわ。それにティルナード様といえば、あのご容姿でしょう?レイチェルみたいな野暮ったくて普通の子が相手にされるわけないじゃない」


アニーは私をちらりと横目で見て言った。私は唇を噛み締めた。

アニーの言う通り、私達はよく不釣り合いだと言われるし、一緒にいても恋人には見えない。

そう言われると自信がなくなってくるもので、全部夢だったのではないかと思えてきた。指輪が夢ではないことを証明してくれているのだが、それでも誕生日の事を教えてもらえなかったことが私の心に影を落としていた。


「アニー、羨ましいからって、そういうことを言わないの」


アニーの母親である叔母が嗜めるように言った。


「妄想ではないと思うぞ。婚約のお披露目には私と兄も出席したが、それは盛大なものだった。何より、ヴァレンティノ公爵子息の方がレイチェルに夢中という感じだったな」


リエラが助け船を出すように言った。


「そうだな。どうでもいいと思っている女にこれ見よがしに指輪を贈ったりはしないさ。ヴァレンティノ公爵子息がレイチェルを猫可愛がりしていることは割と有名だぞ」


なぜか苦々しそうにグウェンダルが言った。


「なら、どうしてレイチェルは誕生日の夜会にお呼ばれされなかったの?」


「そんなの俺に聞くなよ。何か事情があったんだろう?」


「事情ねぇ?」


なおも疑わしそうな目で私を見るアニーにグウェンダルはため息をついた。


「やっかむなよ、アニー。どうせ半年後に結婚するんだから、その時に直接確認すればいいじゃないか」


「やっかんでなんかないわよ」


べ、とアニーは舌を出した。叔母がそれを見て「はしたないからやめなさい」と渋い顔をした。


「アニーはそういうところを直した方がいいわね。あなた、ただでさえ面食いなのだから。お父様が頭を抱えていたわ」


叔母が難しい顔で言った。アニーは私より二歳上の十八歳だ。栗色のふわふわした髪に緑の丸い瞳で美人な部類に入ると思う。私と違って背も平均ぐらいはあるし、胸も普通ぐらいはある。

彼女には婚約者がいない。縁談は沢山あるが、彼女の理想は高く、お眼鏡にかなう相手がいないのだと叔母が嘆いていた。


「運命の人が現れないのだから仕方がないでしょう」


「あなたはいつもそれね。そんなことを言っているから、なかなか相手が見つからないのよ」


「お母様。結婚するのよ?妥協はできないわ。やっぱり、収入はそこそこあって、私を愛してくれる格好良い人でなきゃ駄目よ」


鬼い様が聞いたら、現実を見ろ、と論破されそうなことをアニーは言った。

ルーカスは私とは違う意味で両親に結婚を諦められていた。兄の見合いの席に何度かついた事があるが、大概は相手のご令嬢は言い負かされて泣いて帰っていくのだ。うちは裕福ではない。だけど、現実をわざわざ突きつけることはないと思う。

兄いわく、「大したことがない女ほどプライドが高く、理想が高い」、「現実から目を逸らす」のだと言う。ついには兄が結婚は面倒だ、と言い出したものだからヴィッツ伯爵家の存続を危ぶんだ両親は私の結婚相手探しに奔走したのだ。

ルーカスはモテないわけではないが、未だに恋人ができたという話を聞かない。


「アニー、それなら、そういう相手に好かれるような努力をした方がいいな」


「あら?レイチェルは何の努力もしていないじゃない」


「そうでもないさ。それにレイチェルには打算がないからな」


「リエラ、どういう意味よ?」


「そのままの意味だよ。人の気持ちを動かしたいなら打算は捨てた方がいい。打算があっても上手く隠さないとな。それが愛される女の条件だ」


「アニーは自分が選ぶ立場だと思っているけど、相手だって選んでいるんだよ。俺からすればアニーみたいに選り好みする女とは頼まれても結婚したくない」


グウェンダルが苦い顔で言った。


「私もグウェンだけはごめんよ。グウェンは意地悪だもの。どうせ見初められるならティルナード様みたいな人がいいわ。あの氷のような冷たい瞳に映りたいわ」


アニーは手を前で組んだ。


「その氷の貴公子様もレイチェルの前では甘甘だがね。この間の夜会の時なんて終始ご機嫌で甘い微笑みをレイチェルに向けるものだから、ご令嬢方が滂沱の涙を浮かべていたな」


「…リエラ、来ていたのなら声をかけてよ」


兄妹そろって、そこまで似る必要はない。


「あまりに睦まじいものだから、声をかけそびれたんだ。あの後ギルが変な方にやる気を出して大変だったんだぞ?君もやるな。夜会でキス…」


「リエラ、私の話はおいておきましょう。ギルバート様との結婚式、楽しみだわ」


私は話をぶったぎった。にやりと笑いながら余計なことを言おうとしたリエラを横目で睨んだ。


「あら?キスがどうしたの?」


「どうもしません。この話は良いでしょう?」


アニーにも話さない、という意思を示した。顔が赤くなっていないか心配だ。


「残念だな。今日は君とこの話を語り明かすのを楽しみにしていたんだが」


「その話は後で、二人だけでゆっくりしましょう。ついでにギルバート様との話も聞きたいわ」


「あら、じゃあ私も…」


アニーが便乗しようと手を挙げた。


「アニーは駄目」


「レイチェルのけち」


「そう言われても恥ずかしいから駄目。リエラは知っているから話すのよ」


それにリエラの場合、放っておくと後が怖い。より効果的な方法で私の羞恥心を煽ってくるに違いなかった。ならば、まだお互いの婚約者についての「情報交換」という形をとった方が良い。

私はその夜、全てを包み隠さず彼女に話した。私が話せばリエラの方もギルバート様とのことを教えてくれた。その夜はリエラから聞いた話に興奮して、なかなか眠れなかった。

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