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43.恋愛とは理屈でははかれないものです

祖母の家へは用事で行けない両親と兄の名代で、私が行くことになっていた。祖母の済む居城は片田舎にあり、馬車で一日半はかかる。途中、宿をとり、一泊してから漸く着いた頃には疲れてくたくただった。

荷ほどきの間もなく、私は祖母の居室に案内された。


「レイチェル、遠いところよく来たわね。また会えて嬉しいわ」


「お婆様」


祖母にぎゅっと抱き締められた。久しぶりに会った彼女はまた少し痩せていた。


「他の皆も着いているのよ。グウェンも来ているわ」


「グウェンも?」


祖母の言葉を聞いて、グウェンダルに会うのも久々だな、と私は思った。婚約のお披露目以降、奴には会っていない。前は結構な頻度でヴィッツ伯爵家で顔を会わせていたが、最近はどういうわけか姿を見せない。


「それにしても、御手紙をもらった時は驚いたわ。あの小さかったレイチェルも、もうそんなお年頃なのね。お相手の方はどんな方なの?噂はこの田舎にも届いているのだけど」


あてにはならないものね、と私を見て笑った。

私はティルナード様について頬を赤らめながら彼女に話した。祖母は私の下手な説明を目を細めながら、嬉しそうに聞いてくれた。


「素敵な方なのね。心配していたのだけど、レイチェルを大事にしてくれているようで良かったわ。グウェンには残念なことになったけど」


私はなぜ、グウェンが残念がるのかと首を傾げた。そんな私の様子を見て、祖母はふふっと笑った。彼女は少女のように笑う。


「あの子は素直じゃないから。まあ、でも仕方ないわね。レイチェルの気持ちが大事だもの。レイチェルはヴァレンティノ公爵子息のことが好きなのでしょう?」


私は指輪を撫でて、こくりと頷いた。

思い思われることがこんなに幸せだとは思わなかった。まるで甘い夢の中にいるようで、時々怖くなる。こんなに幸せで大丈夫なのだろうか、と。


「それなら、大好きな彼のためにこれから頑張らないとね」


祖母は私の肩をぽん、と叩いた。

祖母の言うように私は頑張らなければならない。ティルナード様の隣に立っても恥ずかしくないように努力をする、と結婚を決めた時に決意していた。当面の目標は苦手なダンスと対面恐怖症の克服だ。


「実はアニーから聞いた時は心配していたの。アニーときたら、婚約自体、レイチェルの妄想なんじゃないかと言うものだから」


アニーというのは私の従姉にあたる。母の弟の子供だ。噂好きの彼女の姿を思い浮かべて、私は苦笑いした。


「アニーはなんて言っていたんですか?」


「本当に婚約しているのなら、なぜ今日レイチェルはうちに来るのかと言うのよ」


意味がわからない。婚約していても祖母の家ぐらいは行くし、一応はティルナード様にも話していて許可は得ている。


「なんでも今日がヴァレンティノ公爵子息のお誕生日で、公爵家では夜会が開催されるそうなのよ。それにレイチェルが呼ばれていないのはおかしいってアニーは言っていたわね。レイチェル?」


祖母は頬に手を当てて言った。

私は言葉を失った。彼はそんなことは一言も言っていなかった。

私は指輪に触れた。どうして、言ってくれなかったのだろう、と考えて、私が今まで聞かなかったんだと気づいた。私はティルナード様が好きだけど、彼の事をあまり知らない。思えば、いつも彼は私に合わせてくれていた。


「何でもありません。少し驚いただけです」


心配そうに顔を覗きこんでくる祖母を安心させるために私は笑った。

誕生日のことを教えてもらえなかったのはショックだったが、嘆いていても仕方がない。戻ってティルナード様に会ったら、沢山話をしよう。そう決めた。


「そういえば、結婚式が終わって落ち着いたらティルナード様がおばあ様に挨拶に行きたいと言っていたのだけど、おばあ様のご都合は大丈夫ですか?」


社交辞令だったかもしれないけれど、と前おいて私は祖母に質問した。


「あら!レイチェルの大切な彼に会えるのね。式には出席できそうになかったから嬉しいわ。私の方はいつでも大丈夫よ」


祖母は嬉しそうに笑った。


「良かった」


「ふふ、楽しみにしているわね。彼にもよろしく伝えておいてね。そろそろ晩餐会の用意が整うわ。その時にまた話しましょう」


私は祖母の部屋を後にし、自室で荷ほどきをしようかと歩きかけた。その時、見知った人物が前を歩いているのを見かけて、思わず声をかけた。


「グウェン?」


私の声に反応するようにグウェンダルはこちらを振り向き、わざとらしく周囲をきょろきょろ見回した後、私に目を止めた。


「レイチェル、か。悪い。小さすぎて見えなかった」


面白がるように言う彼を見て、私は頬を膨らませた。


「失礼です」


自分がチビなのは気にしている。ティルナード様と婚約してからは特にそういう些細なことが気になるようになった。

しかし、グウェンよ。久しぶりに会った従妹に対して随分失礼な言いぐさではないか。


「実際小さいだろう?前に君が婚約者以外の大男と踊るところを見たけど、あれは凄かったな。君の婚約者も大概背は高いけどさ」


「…見ていたんですか?」


同じ夜会に出席していたなら声ぐらいかけてくれても良かったんじゃないか、と私が不貞腐れていれば彼は笑いながら頬をつまんだ。


「そりゃあ、見るだろう?二度見したよ。あのレイチェルが男にモテるなんて天地がひっくり返るんじゃないかと心配したね。一生分の運を使いきったんじゃない?」


「うぐぅ。グウェンにだけは言われたくありません。同類のくせに。顔が伸びるから離して下さい」


「君と違って俺の場合は結婚できないんじゃなくて、しないんだよ」


グウェンダルは頬を掴んでいた手を離して、私の額をこずいた。


「…フラれてばっかりのくせに」


ぼそり、と私が言うと、グウェンダルは良い笑顔で私の顔に手を伸ばしてきた。一度ならず二度までも許す気はない。私は学習する女なのだ。

グウェンダルの手をぐっと掴み、お互いに睨みあっていると、すぐ傍で呆れたような声が聞こえた。


「煩いと思って見に来てみれば、何をやっているんだ、君たちは?」


リエラが半眼を閉じて、私達に冷たい眼差しを向けた。


「だって、グウェンが…!」


私が経緯を話せば、リエラは肩を竦めた。


「君たちは相変わらずだな。レイチェルは結婚するんだろう?もう少し落ち着いた方が良い。我が親愛なる兄上はもう少し素直になった方がいい。そんなんだから、後悔するんだ」


「…知ったように言うな」


「知っているからな。レイチェル、兄の話は事実だ。彼は結婚できないんじゃなくてしないんだ。色々拗らせすぎて後悔しているからな。まさか自分の他に物好きがいるとは思わずあぐらをかいた結果で自業自得ではあるが」


「リエラ、意味がわからないわ」


「レイチェルは相変わらず鈍いことだな。どうでもいいが、荷物の整理が残っているんだろう?こんなところで、我が愚かなる兄の相手をしている暇はないんじゃないか」


リエラに指摘されて、私は荷ほどきをするために部屋に戻ろうとしていたことを思い出した。

グウェンダルは忌々しそうにリエラを睨んだ。


「実の兄を愚かなる、とか言うなよ」


「事実だろう?本命を目の前でかっさらわれてから、自分の気持ちに気づいた間抜けなお兄様」


リエラがふっと鼻で笑った。どうやらグウェンダルはまた失恋したらしい。本当にやれやれである。私が憐れみの目を向ければ、なぜか可哀想な子を見るような眼差しで返された。


「何で好きになったんだろうな」


我ながら悪趣味にも程がある、とグウェンダルはぶつぶつ呟き始めた。


「恋愛は理屈ではないからな。原因を探そうとするだけ無駄で結果が全てだよ。ひねくれている人間ほど認めるのに時間がかかるから、気づいた時には手遅れなことが多い」


「グウェンは昔から節操がなかったものね」


女性と交際してはフラれてヴィッツ伯爵邸に姿を現した。グウェンダルは昔からモテていて、来るもの拒まずだった。そのためかはわからないが、割とすぐに破局していた。


「節操がない、というよりは自覚がなかっただけだよ。今、彼は激しく後悔しているところだ。まあ、彼のことは放っておいてやってくれ。さあ、行こうか」


リエラはそう言うと、グウェンダルの腕をとり、ずるずる引きずっていた。よく思うことだが、この兄妹は兄と妹の立場が逆転している。恐らくリエラが成熟しすぎていて男前で包容力がありすぎなのが問題なのだろう。時々、ナイスミドルと会話しているような錯覚に襲われるのだ。怒られるから本人には絶対に言わない。

そんなリエラに夢中なギルバート様は恋する乙女のような熱視線をリエラに向けている。二人はもうすぐ結婚する。お似合い夫婦になることは間違いない。

暫く呆気に取られたようにその場に佇んだ後、私は荷ほどきをしに、自室に戻ったのだった。

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