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番外~鶏小屋の恋愛相談事情~

目の前にいる超絶美形の少年を前にあっしは対応に困っている。彼が腕に抱いているのは白い羽毛に赤い鶏冠の鶏だ。普段は気性の荒いはずのそいつは今、腕の中で大人しくうっとりしながら、きりっとした顔をしているのがムカついた。目が合うと馬鹿にしたような顔をしやがる。そもそも、身なりの良い貴族然とした彼と、この鶏小屋は似つかわしくない。

なぜ、このような状況になったか。それはあっしが仕える貴族のお嬢様に彼が恋をしていること、そして、彼があっしを気に入ってしまったからである。


「トーマス、何が駄目だったんだと思う?」


溜め息をついた少年に全部だと叫びたい衝動を押さえながら、あっしは「はぁ」と曖昧な返事をした。そもそもだ。五十を過ぎた爺相手に恋愛相談なんてするのが間違っている。


「現地調達したのが駄目だったんじゃないでしょうかね?」


引っこ抜かれた花が植えてある花壇に目を向けながら、あっしは控えめに答えた。

花を贈るという案は悪くはない。調達先がヴィッツ伯爵邸の花壇からでなければ、の話だ。


「花壇の件は悪かったと思っている。焦ったんだ。レイチェルがカイルに告白するというから」


お嬢様は、さる子爵子息に恋をされていた。先を越されまいと凶行に及んだと目の前のご子息は自供し、謝罪した。彼の良いところは下々の者に対しても非を認め、謝罪できるところだろう。あっしは何だかんだで彼の肩を持ってしまうのだ。


「あっしは贈り物自体は悪くないと思いますよ?お嬢様は可愛い物がお好きですからね。年頃の女の子が喜びそうな物が良いのではないでしょうか?」


例えば、さる子爵子息が贈った髪飾りとか。素朴でシンプルな可愛い物なら、喜ぶのではないだろうか。そう提案すると、彼は納得したかのように頷いた。


「参考になった。よし。母と妹に相談してみる」


女兄弟がいるなら、最初からそちらに相談してくれ。爺には孫ほどに離れた女心なんてわかるはずがない。この時はそう思って、これ以上彼と関わることはないと思っていた。まさか、これが彼との長い付き合いの始まりになるとは思ってもみなかった。


※※※


「ルーカスに怒られた」


しょんぼりしながら、彼は告白未遂の成果を報告してきた。律儀である。正直、そんな報告は聞きたくはなかった。あっしは最初、声をかけられた時、何のことだろうと首を捻ったのだ。

彼は今、鶏小屋の清掃を手伝ってくれている。高貴な人にそんなことをさせられないと断ったのだが、身体を動かしている方が落ち着くし、何もしないで相談するのも悪いから、と強引に押しきられたのだ。

気性の激しい鶏どもが相変わらず借りてきた猫のように大人しいのが忌々しい。「大人しい鶏たちだな」と公爵ご子息は呟くが、あなたのオーラに当てられているだけですよと突っ込みたい。


「…ちなみに、坊っちゃんは何を贈ろうとしたんで?」


聞いてはいけないと思いつつ、一向に立ち去る気配のない彼を邪険に扱うこともできず、あっしは彼に仕方なく質問した。何となく、嫌な予感がした。

ご子息が懐から取り出した小箱を開けば、少女に贈るには相応しくない宝石のついたネックレスが姿を現した。危うく、心臓が止まりそうになった。聞いておいて何だが、こんな高価なものを鶏小屋に持ち込まないでいただきたい。


「怒られるのは当然でしょう?」


お嬢様のお友だちの男爵令嬢あたりなら、飛び付いて喜びそうだが、きっとお嬢様は喜ばない。未遂でルーカス様に見つかって良かったと思う。


「サフィーが言ったんだ。やっぱり結婚するなら甲斐性のある男じゃないと駄目だと。うちの母は父に宝石のついたネックレスを贈られてプロポーズされたらしい」


忘れていたが、この人、公爵子息だった。そりゃあ、公爵令嬢、公爵夫人ともなれば、高価な贈り物をもらうのが当たり前な話だ。参考になるはずがない。しかし、宝石のついたネックレスを贈っていきなりプロポーズとは重い。重すぎる。まだ十歳に満たない年齢でプロポーズされてもお嬢様だって困るはずだ。

そりゃあ、お貴族様は小さい頃に婚約者を決めるケースが多い。でも、失恋したてのお嬢様が駄目だったから次、と切り替えられるわけがない。そもそも、目の前の彼は現状、お嬢様にとっては苦手な相手なのだ。彼から逃げてあっしのところにやってくるお嬢様を見て、実は案外気が合うのではないかと思ったりはする。お嬢様は彼がここに入り浸っていることは知らない。


「やっぱり、ご自分で稼いだお金で買ったものでないと…」


「一応、俺が領地経営と仕官で稼いで貯めたお金で買ったんだ。プロポーズに贈る物は給料三ヶ月分くらいだと聞いた」


「それは、もう少し年上のお姉様方ならそうでしょうが、まだ八歳のレイチェルお嬢様には早いかと」


そういや、この人、富豪な上、優秀だったと愕然とした。子供っぽい悪戯ばかりお嬢様にするものだから、失念していた。

頭が痛くなった。公爵子息は有能だと聞いていたが、恋愛に関しては相当な馬鹿らしい。

子供なのだから、ありふれた普通の物でいいのだ。要は贈り物で大事なのは値段ではなく、相手にこめた気持ちなのだ。高価な物を贈ればいいというものではない、と諭せば彼はまた感銘を受けたかのように頷いた。


「確かに」


「あと、物でいきなり釣ろうとするより、仲をまず深めてはいかがでしょうか?坊っちゃんもまだ若いんですし、あっしは結婚云々はまずはお互いを知ってからにされた方が良いと思います」


お嬢様が高価な物で簡単に釣れる相手なら、彼の興味も削がれたことだろう。何となく、彼はお嬢様を諦めることはないだろうなと思いながら、さりげなく「まだお若いんだから、他の女性に目を向けてはどうでしょう?」と助言した。お嬢様の控えめな気性は公爵夫人向きではないし、お嬢様の幸せを願う者としては、身の丈にあった相手と一緒になっていただきたい。他に目を向けてくれるなら、これ程ありがたいことはない。


「助言、ありがとう。また来る」


いやいや、もう来ないで下さい。そう願わずにはいられない今日この頃だった。


※※※


生け垣の向こうに視線を感じて、あっしはどうしたものかと溜め息をついた。今日はルーカス様も旦那様も家を空けている日だ。そういう日に限ってなぜか彼は来るのだ。

生け垣の向こうを覗けば、今日もプラチナブロンドの長身の美青年が立っていた。彼はこの六年の間、ルーカス様が不在の日を狙って邸の傍に現れるのだ。恐らくは事前に調べてのことに違いない。目的は勿論、うちのお嬢様である。驚くことに、未だに気持ちに変化がないどころか、逆に会えなくなったことで年々燃え上がっているようだ。


「お嬢様は今日は中ですよ」


生け垣の向こうに向かって話しかければ、彼ががっかりした気配がした。

彼にはあれからすぐに婚約者ができ、お嬢様への接触禁止令がルーカス様より発せられたらしい。こうなるのだったら、告白する手段をもっと親身に相談に乗ってやるんだったと後悔した。彼はあっしのアドバイス通り、時間をかけてレイチェル様のことを知り、距離を縮めようとしていたらしい。その矢先の婚約だった。

公爵子息が立ち去る気配はない。恐らくは待っていれば一瞬でも姿を見れるかもしれないと思っているのだろう。しかし、生憎とお嬢様は今日は部屋で読書をなさっているから、ルーカス様のご帰宅まで部屋から出ることはないだろう。


「少し待っていてください」


あっしは生け垣の向こうにいる彼に向かって声をかけ、邸の中に向かった。命令違反にはなるが、直接会わせるのではなければ、そこまで問題ではないはずだ。何より、会えないとわかっていて毎度のように訪ねてくる彼が可哀想でならなかった。情熱に負けて、肩入れしてしまっているのもある。

あっしはお嬢様に手塩にかけて育てた庭の花が綺麗に咲き誇っているので見に来てほしいと請うた。お嬢様は嫌な顔ひとつせず、顔を綻ばせ、あっしの誘いに応じてくれた。

家令のジェームス様はあっしの不審な行動に気づいている様子だが、咳払いしたのみで指摘しなかった。触らぬルーカス様に祟りなし。かといって、公爵子息を無下に追い払うわけにもいかず、困っていたのだろう。

お嬢様が姿を現すと、生け垣の向こうにいる彼が息を呑むのがわかった。焼けつくように見つめる視線を感じて、あっしはお嬢様に気づかれやしないだろうかと内心で冷や冷やする。

お嬢様はご自分に向けられる視線には鈍感なようで、全く気づいた様子はない。ただ、綺麗に咲き綻ぶ花々に見とれている。そして、そんなお嬢様に公爵子息が見とれているという、何とも複雑な構図にあっしはまた頭が痛くなったのだった。


※※※


頬を染めた彼が生け垣の向こうからあっしに相談があると話しかけてきた。嫌な予感しかしないが、生け垣越しに話をするわけにもいかないので、とりあえず裏門から鶏小屋に招き入れた。


「婚約解消が成立したんだ」


嬉しそうに報告する彼にあっしは何と声をかけたものか悩んだ。「おめでとうございます」は違うような気がする。


「ということは、接触禁止令は解かれたんですかい?」


「いや。それはまだ。ルーカスは考えてもいいが、ほとぼりが冷めるまでは変な噂がたつから駄目だと」


なんだ、とがっかりした。まだ、このスリルとサスペンスに満ちた一方的な逢瀬の手引きの片棒を担がなければならないのかと天を仰ぎたくなった。既にルーカス様には勘づかれている。「最近、鶏達がやけに大人しいな」と探りを入れられた時には心臓が一瞬止まった。

時には「そういえば、庭の花が綺麗に咲いたとレイチェルが言っていたな」などと地味に精神に堪える攻撃を笑顔で仕掛けてくるのだ。ジェームス様も恐怖のあまり、眼鏡がずり下がってしまった。

そんなこちらの苦労は露知らず、彼はお嬢様に誕生日の贈り物がしたいのだと言ってきた。


「接触禁止令が解かれてないなら、無理ですよね?」


当たり前の質問をすると、公爵子息は項垂れた。更に言うなら、ルーカス様の「考えてもいいが」というのは絶対に遠回しなお断り文句だと思う。

それでも、自分からとわからなくてもいいからどうしても、と頭を下げられれば情は移るもので…。高価な物以外の形に残らない物、という条件で手筈を整えることになったあっしも相当な馬鹿だと思う。

彼が用意したのは小さな花束だ。遠乗りした際に野に咲いている物を摘んできたらしい。幸い、庭に咲いている花に似ていたので、あっしは許可した。

彼に庭師の服を着てもらい、目立つ銀髪は帽子の中に押し込んだ。今日はあっしの遠縁の庭師見習いの「ボブ」として、一日見学に来た体をよそおう。公爵子息に何をさせているのだろうと恐れ多い気持ちでいっぱいだったが、こうでもしない限りお嬢様に直接会わせることなんて、できやしないのだ。大体、お嬢様に直接会えると知ると、彼は自ら進んで庭師の服を着た。

しかし、違和感が半端ない。美形でスタイルが良い彼からは高貴なオーラが滲み出ていて、ばれるんじゃないかと冷や冷やした。

お嬢様を例のごとく、庭にお誘いすれば苦笑いしながらも、誘いに応じてくれた。最近はやたらとあっしがお誘いするものだから、庭自慢をしたがっているのだと思っているらしい。風評被害もいいところである。

お嬢様は庭にいた公爵子息に目を止めて「あら?」と言った。お嬢様は使用人の顔と名前を全て覚えているから当然だ。こんなに長身の使用人はヴィッツ伯爵邸にはいない。

あっしは彼を姉の息子の甥の庭師見習いのボブだと紹介した。お嬢様は疑うことなく、「そうだったの。ゆっくりしていらしてね」と声をかけた。

食い入るようにお嬢様を見つめる公爵子息の小脇をあっしはつつく。至近距離で見つめられるのはまずい。早く用件を済ませていただかないと、ルーカス様がお帰りになったら、ただでは済まないのは間違いない。


「なにぶん、田舎から出てきたもので、お嬢様のように可愛らしい方を見るのは初めてで緊張しているんでさ。実はボブの奴、あっしがもうすぐお嬢様の誕生日だと言ったら是非贈り物をしたいと言ってましてね」


わざとらしかっただろうか。いや、しかし、このままだと困るのだ。

あっしは「ボブ」に花束を渡すように促した。彼がおずおずと花束を差し出したのを見て、ほっとする。


「ありがとう」


そう言ってお嬢様は控えめに微笑んで花束を受け取った。伏し目がちに花を優しく撫でる姿に公爵子息が見とれているのがわかった。


「お兄様に自慢できるかもしれないわね。男の人から花束をもらうなんて滅多にないことだから。私も捨てたものじゃないのよって」


冗談めかして笑う姿を痛々しくも感じた。悪い噂と低い自己評価、表情筋の不器用ささえなければとっくに決まった相手ができていてもおかしくはなかった。

何より、最近ヴィッツ伯爵領を襲った飢饉のせいで、元から少なかった縁談はゼロになっていた。借金こそないが、持参金目当てのお貴族様としては古い血統だけが取り柄の悪い噂が付きまとう令嬢に縁談を持ち込むメリットがないらしい。

お嬢様のせいではないのに、と使用人一同、憤りを感じていた。


「レイチェルお嬢様はとても素敵ですよ。周りの奴が見る目がないんだ」


公爵子息がお嬢様に言うと、びっくりしたように目を見開いた後、お嬢様は笑った。


「ありがとう。社交辞令でも嬉しいわ。ボブはとても優しいのね」


お嬢様は社交辞令として受け取ったようだ。あっしには彼の言葉に嘘がないことがわかった。それと同時に、差し出がましくも彼になら大事にしてきた主筋のご令嬢を預けてもいいと思った。

元々、お嬢様に縁談を持ち込む輩はどこか軽んじている者が多かったのだ。だから、ルーカス様はお嬢様の結婚相手の条件を絞った経緯がある。そのために会う前から、そんな傲岸不遜な令嬢との縁談など御免だ、や、大したことないのに何様のつもりだ、などとお断りされる羽目になったのだが、あっし達としても、お嬢様を軽く見る相手にだけはくれてやりたくはないのである。

目的を終えると、お嬢様にその場を辞する許可を頂いてから、あっしは彼の手を引いた。長居すると、ばれる可能性が高いからよろしくない。


「トーマス、本当にありがとう。無理を言ってすまなかった」


「いえ。あなたの無理にはもう慣れました。とはいえ、後ろめたさはありますが」


あっしが目をそらすと、彼は可笑しそうに笑った。


「もし、この件がばれて職を失うようなことがあれば、俺がトーマスを雇うから安心してくれ」


「あっしのことはどうでもいいんです。それよりも、坊っちゃんはお嬢様を幸せにしてくれますか?」


使用人の分際でお貴族様に生意気なことを言っているのは自覚している。それでも、思わずにはいられなかった。軽い気持ちなら、このまま諦めてほしかった。

彼は顔を赤らめながら、言った。


「俺の方と彼女の方のゴタゴタが落ち着いたら、正式に婚約を申し込もうと思っているんだ。彼女が頷いてくれたら、結婚したい。トーマスは昔、錯覚かもしれないから他の女性にも目を向けるようにと言ったけど、やっぱり彼女以外に考えられないんだ。それで、トーマスに相談したいことが…」


どうやら、鶏小屋の恋愛相談はまだまだ続くらしい。あっしは苦笑いしながら、彼の相談に耳を傾けるのだった。

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