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閑話~伯爵子息と周辺馬鹿野郎事情~

本日三回目の~以下略(._.)

「レイチェルは何かの病気なのか?」


面と向かって馬鹿なことをほざく一つ年下の友人に、俺は溜め息をついた。俺の中のこいつの位置付けはレイチェル馬鹿、うちの妹を好きすぎるあまりにストーカーを経て婚約者にまで転じた恐ろしい奴である。初恋を拗らせ過ぎたせいで、妹に対し無駄にフェロモンを撒き散らし、過保護すぎるまでに溺愛するのだから、シスコンを自負する俺も現在進行形でどん引いている。しかも、わからないように逃げ道を塞いで、無自覚にじわじわと囲いこんでやがるから、たちが悪い。


「レイチェルはお前と比べたらひ弱だろうが、至って健康体だよ」


そりゃあ人間なんだから風邪ぐらいは引いたり、体調を崩すことはある。貧血を起こすのだって、女なら結構ある経験だろう。

なぜ、そのようなことを聞くのかとティルナードに質問すれば、この間出掛けた先でレイチェルが立ちくらみを起こした話をした。


「ティルは頭は良いけど、馬鹿だな」


「ルーカスには言われたくない」


大体、妹を好きすぎるこいつは女と交際した経験が一切ない。他の女には関心がないせいか基本淡白だ。造りが違う生き物だという認識ぐらいはあるだろうが、その程度である。


「お前も妹がいるからわかるだろう。お前の妹は貧血を起こしたりしなかったのか。あとはフィリアとか…」


「ない」


即答されて、比較対象が悪かったか、と俺はまた溜め息をついた。確かに、今引き合いに出した女達は血の気が多く、強そうである。骨格から身長、運動能力から妹とは違いすぎるから参考にならないかもしれない。


「恐らくだが、あいつは月の物が終わったばかりで血が足りてなかったんだよ」


最適な答えを返してやれば、奴は一瞬固まった後、これ以上ないくらい赤面した。

動揺するティルナードを見て、俺は阿呆臭いなと思った。


「な…な!?」


「そんなに動揺することはないだろう。お前はそんなんで結婚できるのか?」


甚だ疑問である。ティルナードに不平等な条件を提示はしたが、元より結婚後のことは当人同士に任せるつもりだ。レイチェルは色事に疎い。こいつがリードしないと、関係は一生清らかなままで進展しないだろう。恋人以上、夫婦未満だ。


「お前はわかってないかもしれないが、レイチェルは生身の人間で生物学上は女だぞ。食は細いし、童顔で色々小さいけどな」


「わかってるさ。そもそも、女じゃないと結婚できないだろう?」


わかってない。世の中には色々な趣味の人間がいるものである。ちなみに、こいつにもつい最近まで、そっちの趣味ではないかという噂があった。相手は不本意ながら俺である。誤解される原因はうちの妹にあった。

ティルナードがレイチェルに恋をしたのはこいつが九才の時で、それはこいつの初恋だった。

しかも、こいつは無自覚のまま妹をいじめた結果、妹にフラれた真性の馬鹿である。レイチェルは当時のこいつの存在をまるっと忘れているが、覚えていたなら二度フラれただろう。ああ、本当に残念な話だ。


「お前は知らないだろうが、世の中には色々な趣味嗜好の人間がいるんだ。更に言うと、俺たちも最近まで誤解されていたんだからな」


お前のせいで、と言ってやれば奴は何のことかわからない、とばかりに首を捻りやがった。レイチェルとの関係が順調であることに浮かれて、すっかり忘れたようである。本当にめでたいやつだ。

こいつは妹に恋い焦がれるあまり、俺にことあるごとに、迫ってきたのだ。その結果、公爵子息と伯爵子息がデキてるなんていう不名誉な噂が立ったのである。

妹に会えなくなっても、こいつは妹との接点を持ちたがった。レイチェルの誕生日の度に子供には不似合いな高価な宝飾品を押し付け、押し返しを繰り返す姿を見られた結果、あらぬ誤解が生じたわけである。一つは俺の女装癖、もう一つがティルナードと俺の男色疑惑である。

公の場で足やドレスのサイズを教えろと言われた時には耳にしたうら若き令嬢共から矯声が上がったものだ。主語がなかったから、俺のだと思われたらしい。そうじゃなくても十分セクハラだ。美形なら何でも許されると思うなよ。


「悪い病気じゃなくて良かった」


「悪い病気だったら、どうしたんだよ?」


ばっと目を逸らしやがったティルナードをジト目で見た。こういう時のこいつはろくなことをしていない。

普段は効率主義で無駄のないティルナードだが、レイチェルのことになると異常なまでに馬鹿になるのである。レイチェルが悪女なら、きっと公爵家の財政は傾いただろう。


「実は国王陛下に頂いたんだ」


さ、と取り出したのは草である。


「それは何だ?」


「気付けに効くハーブだそうだ。国王陛下が心配なさって王室所蔵のハーブ園からレイチェルに、と…」


「あふぉかぁっ!?」


王室所蔵のハーブ園に群生しているハーブは希少なものばかりである。高価な薬にもなるそれは一伯爵令嬢の月の障り後の貧血ごときで手に入れて良いものではない。むしろ、国王陛下に賜った超高級な草だと知れたら、小心者な妹は間違いなく卒倒するだろうし、うちの親父の頭は禿げ上がるだろう。逆効果だ。


「お前、それ、レイチェルに言うなよ!?いや、言わないわけにもいかないだろうが…」


王家主催の夜会の度に貧血のことで、国王夫妻に心配されるのは豆腐メンタルの妹にはキツイ話だ。

ティルナードはしょんぼりしているが、俺は遠慮なく頭をどついた。時々思うのだが、妹もこいつを甘やかしすぎだと思う。変なところで抜けているこいつを誰かがフィリアのように飴と鞭でしつけなければならない。


「なるほど。レイチェル嬢は貧血だったのか。なら、今度は貧血に効くハーブを届けさせようか」


いつの間にか、もう一人の馬鹿野郎が俺の職場を訪れていた。


「王弟殿下、これ以上、妹の心労を増やさないで下さい。気が弱いあいつの心臓が止まったら、どうしてくれるんですか?」


あんたら本当に暇なのか、という言葉が喉元まで出かかったが、ぐっとこらえた。

ティルナードは元々優秀な奴だ。最近までは部下の欠勤やら、問題児への対応やらで仕事が三倍以上に増えていたが、例の令嬢が異動になったため、今は元の仕事量に落ち着いている。

彼女が異動になったのは軽装騎士団だが、今頃泣いていることだろう。あそこはコネは効かない、汗臭い体育会系の職場だ。制服一つ、まともに着れないお遊び令嬢が三日ともつはずがない。

とっくに退職して別の手段を画策しているだろうが、公爵家のガードは固いし、ティルナードの妹は最近はうちの妹がお気に入りのようだから、そちらのルートも使えないだろう。奔放だが、頭は良い女である。以前はわざと、そういう令嬢を屋敷に引き入れていたようだが、ティルナードが婚約してからは付き合う相手を選び、ティルナード目当ての輩との付き合いはぱったりやめたらしい。


「王弟殿下、お仕事はよろしいんですか?」


ティルナードに余計なことを吹き込んだであろう諸悪の根源を俺はチラ見した。悪びれた様子はないが、妹関連で暴走するティルナードを面白がっているきらいのある彼こそが、国王陛下がハーブ園から高級ハーブを進呈する架け橋になったのは間違いない。

兄である国王の耳元で「臣下の婚約者が…」と憂い顔で悲しげに囁くだけで良いのだ。

率先して、引っ掻き回す馬鹿殿下を見て、俺は心の中で舌打ちする。娯楽に飢えている彼は厄介事を引き起こす天才なのだ。


「息抜きは大事だろう?ああ。ティルナードがここにいると聞いたから、丁度いいかと思ってお土産を持って来たんだ」


お土産、と聞いて嫌な予感しかしない。元宰相の悪事を暴く大捕物の時も、「丁度いいかと思ってお土産を持ってきたんだ」とこの方は宣ったのだ。


「ティルナードに頼まれた薬の成分の分析結果が出た。あれは恋の妙薬なんて可愛いものではなかった」


「何ですか?その馬鹿らしいネーミングは」


どこの馬鹿がそんなものを買うというのか。恋の病に効く薬があれば、馬鹿につける薬もあるはずである。


「ルーカスは相変わらず女心がわかっていないな。そんなんだから、独り身なんだ」


呆れたようにいう王弟殿下を俺は無表情で見つめた。余計なお世話だし、ほっといてくれ。大体、あんたも人のことは言えないだろうが。


「俺の話はともかく、何なんですか?その、恋の妙薬って」


「ティルナードが言うには市で婦女子を対象に販売されていたらしい。女性は占いやおまじないが好きだからな。しかも、本当に効果があって、可愛らしい外身をしていたら、誰も怪しまないだろう?」


「その薬を相手に飲ませれば数分で効果が出て、前後不覚になった後、傍にいる者を誰彼問わずに求めるらしい。ルーカス、どこかで聞いた話じゃないか?」


「お前のところの副官のライアンか。あと、確かニールズ子爵のところのマルコスも最近そんな感じで別の令嬢と浮気して、婚約解消したんだったな」


ライアンは確か女の幻覚を見て、一人で乱れただけで済んだはずだ。すぐに拘束した後で、家の者が迎えに来て、薬が抜けるまで隔離したと聞いている。

マルコスは可哀想だった。婚約者を愛し、大事にしていただけに塞ぎ込んでいる。そんな軽はずみなことをするような奴ではないから、相手にはめられたのだろう。あいつの好みのタイプとは真逆の女だった。

最近、そういう話が続いている一方で、王都では享楽に耽り、働かない労働者が増えているらしい。


「中身は媚薬でもなかったんだ。何だと思う?」


王弟殿下がピンクの小瓶を手元で弄びながら笑った。


「麻薬、ですか」


膿は出したはずだが、どうも残っていたようだ。文字通り、元宰相の「置き土産」である。


「そもそも、媚薬の類いのベースは多くがそういう幻覚作用のある薬物が使われているんだ。医療用にも使われるから適量なら問題はないが、それを越えて使ったり、使い続けると依存性が出て、廃人になるらしい」


王弟殿下の講釈に、なんとも言えない気持ちになった。


「妙な物が流れているらしいと聞き、細作に探らせてはいたのですが、俺は尻尾を掴むことさえできませんでした。一体、誰がこれを?」


「レイチェル嬢だ。いやー、お手柄だな。次の取引場所と日時までしっかり聞いてくるんだから」


だから、彼女のためなら王室所蔵のハーブなど安いものさ、とわざとらしく王弟殿下は笑った。

レイチェルの名前を聞いた瞬間、怒りが沸点に達した。あの気弱とお転婆が同居する妹にも、後できつい説教が必要なようである。仮面舞踏会で懲りたと思ったら、これだ。

しかし、疑問がある。ティルナード経由で王弟殿下の手に渡ったということは奴が現場に居合わせた、もしくは現場付近にいたことになる。つまりはレイチェルが危険なことに首を突っ込むのを阻止できなかったということだ。


「ティル?どういうことか説明してくれるんだよな?」


「オペラを見に行ったと話しただろう?その後で、宰相の姪に邪魔されて引き離された。離れている間は護衛をつけてはいたんだけど、レイチェルを止めることができなかったらしい。一応、俺からも二度と無茶はしないと約束させたから大丈夫だとは思う」


こいつの説教は当てにならない。基本、レイチェルに甘い奴だから、堪えてはいないだろう。


「まぁ、レイチェル嬢のお陰で情報が手に入ったんだ。良しとしようじゃないか。ちなみに、ライアンが飲んだ物もこれだったらしい。宰相の姪に白状させたら、売人が指図した量の倍量以上を盛ったことがわかった」


なんつー令嬢だ、と心の中で突っ込んだ。ティルナードからオペラを見に行った日の話は聞いている。現宰相は素晴らしい人柄だが、その姪は性根が腐りきっているようだ。


「ちなみに私も最近、盛られたんだ。すり替えてやったから事なきを得たがな」


一瞬、ティルナードと二人、目が点になった。王族に薬を盛るなど不敬では済まされない。処刑も有りうる程の重罪だ。やった奴は本当に馬鹿だ。流石に王弟殿下がそういうことになれば、口にした飲食物は検分される。それ以前に毒味役に発見されて、お縄ということになるだろう。


「安心しろ。私に盛った相手は公衆の面前で激しく乱れて醜態を晒すことになったから、処刑の心配はない。もう縁談は来ないだろうし、社交界から追放されたという話だ。因果応報というだろう。人に毒を盛るなら、それ相応の覚悟は必要だよな」


冷笑する殿下を見て、戦慄した。ある意味、処刑より残酷だった。

女性は貞淑を重んじられる。男性よりも女性の貞淑さは重い。婚約者のいる女性はそれ以外の男性と関係をもつことを禁じられているし、未婚で婚約者のいない女性も純潔であることが重要になる。

決して敵に回してはいけない人を敵に回したな、と顔さえ知らない令嬢に密かに呆れつつも、同情した。

それにしても、馬鹿ばかりだ。玉の輿ほど苦労のあるものはないだろう。権利より義務や柵が多いといえば、わかりやすいだろうか。相手の財産が自分の自由にできるわけでもなし、それ相応のふるまいや、夫人としての采配を要求されるのだ。そんなことにも気づかずに、玉の輿に憧れて光に群がる羽虫のように近づく奴等にも呆れるしかない。


「貴族の令嬢にまで広まっているとなると…」


「当然、貴族の誰かが流していることになるな。レイチェル嬢が買ったのとは別ルートになるか。今、例の宰相の姪と私に薬を盛った令嬢の交遊関係を洗い出しているところだ。さてさて、どんな大物が釣れることやら」


「楽しんでませんか?王弟殿下」


「実際、退屈なんだ。暗愚な王弟を演じるのも窮屈で疲れるしな。ストレス解消にはもってこいだろう?」


この人は本当は現国王より優秀である。度々道化を演じたり、わざと失策を犯すのは定期的に自分を推す勢力を削ぐためである。王位争いが起きれば血が流れる。独身を貫いているのも、それが理由だ。過去には外戚が力を奮ったり、国王を玉座から引きずり下ろした例もある。

彼の本心としては適当な田舎貴族に婿入りするなり、養子になるなりして、適当にスローライフを送りたいところらしいが、兄である国王陛下がそれを許さないのだ。優秀な人材を遊ばせてる余裕はないから国のためにきりきり働け、ということらしい。


「他人の悪事をストレス解消に利用しようとするのは貴方ぐらいのもんです。ティルはともかく、俺とレイチェルは火遊びには巻き込まないで下さい」


俺がそう言うと、王弟殿下は曖昧に笑った。


「さて、そろそろ、私は失礼しよう。今頃、パットが血相を変えて探しているだろうしな」


にやりと王弟殿下が悪い顔で笑った。

パットは王弟殿下の可哀想な世話役である。基本、自由人な王弟殿下は定期的に彼を置き去りにして、度々行方不明になるのだ。最近、パットの額が広くなったように感じるのは王弟殿下に苦労させられているせいだろう。彼の毛根に幸あれ。

ぶっちゃけ、うちのレイチェルじゃなく彼のために育毛効果のある高級ハーブを進呈すべきだろう。だが、王弟殿下は彼の生え際を見て、楽しんでいる節があった。


「育毛に効くハーブはないんですか?」


「あるけど、それでは私が楽しくないだろう?パットの頭髪を私は愛でてるんだぞ?」


あんたが禿げろ、と言ってやりたいが、口は災いの元だ。人外の悪魔を相手にする勇気は俺にはない。許せ、パット。

それにしても、俺の周りは馬鹿ばっかりで本当に嫌になる。

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