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27.間抜けな王子なんてごめんです

突発的衝動投稿本日2回目(._.)不定期更新で本当にすみませんm(__)m

ふわふわしたパンケーキは最高に美味しい。フォークで一切れ一切れ口に運んで頬張りながら、口の中に広がる味覚のハーモニーに幸せを噛み締める。

白を基調とした可愛らしいお店に私たちはいた。ティルナード様の容姿は女性の目を引き付けるらしく、客や店員の何人かは彼の姿を盗み見ているのがわかった。

私とは別の物を頼んだティルナード様はとっくに食事を終えていた。急かすでもなく、穏やかな顔で私の食事風景を見守っている。空腹も満たされて、この後のことさえ考えなければ至福の一時である。

私は食事の後でティルナード様に隠し事のすべてを話す約束をしていた。

食後に紅茶を啜っていると、案の定、ティルナード様が切り出してきた。


「さて。先程の話の続きをしましょうか?」


「う…。実は従姉のリエラから変わった噂話を聞いたんです。何でも最近、貴族や商家のご子息が身持ちを崩して婚約解消するケースが増えているんだそうです」


見も蓋もない言い方をすれば、婚約者のいる男性が他所で浮気をしてしまった。そのために元々の相手と婚約解消せざるを得なくなる事例が増えているらしい。

婚約は当人同士の問題ではない。家同士の結び付きにも関わる約束ごとを簡単に反故にはできないのは男性もわかっている。だから、浮気相手には後腐れない相手を選び、万一の時、揉めないように上手く立ち回るのが常だ。しかし、どういうわけか、彼らは本気の相手に手を出してしまったらしい。相手の立場も火遊びには向かない者ばかりのようだった。


「それと一体どういう関係が?」


「リエラに言わせると、中には遊び人もいるが、そういうへまをやらかすような方々ばかりではない、と。それに男性の共通点として、記憶がないらしいんです」


「それは…おかしいですね」


「列に並んでいた女性はこぞって、この薬を使った後、男性が熱に浮かされた状態になったというのです。ですが、暫く経つと忘れてしまったように、なぜ、そのようなことをしたのか記憶がない、と言い張るらしいんです」


「つまり、この薬に原因があるのでは、と貴方は疑っているわけですね」


ティルナード様は考え込むように口許に手を当てた。何か思い当たる節があるらしい。


「ですから、それは絶対に飲まないで下さいね」


私はティルナード様に念を押した。


「一つだけ確認したいのですが…」


「はい、何でしょう?」


「怒っていたわけではないんですね?」


「はい?」


意味がわからない。私がなぜ、ティルナード様に腹を立てるというのか。


「ですから、俺はてっきり宰相の姪の誘いを断りきれず、あなたを一人にしたことを怒っていたのかと」


あれは私が勝手に離れたのであり、ティルナード様が悪い訳ではない。もしかして、やたらと私の口から薬のことを聞きたがったのはその件を気にしていたからか。


「怒っていませんよ。ティルナード様は何も悪いことはされてないんでしょう?」


過去の私なら無関心だったと思う。では今も平気かと言われたら、否だ。アリーシャ=ラッセルとティルナード様が噂通りの関係なのかと心配していたが、彼の態度を見る限り彼女の一方的な片想いのようで、安心した。


「ええ。彼女とは本当に何もありません。それにしても、その薬、先日俺に盛られたものと症状がよく似ているようだ」


実際に薬を盛られたと聞いて私は固まった。


「俺が手をつけなかった飲み物を副官のライアンが飲んだら、似たような症状を起こしましてね。俺としても見過ごすことができない問題です。薬の件ですが、やっぱり俺が預かっても良いですか?詳しく調べる必要がありそうだ」


「そんなことがあったんですか?」


ふつふつと沸き上がる怒りを感じた。使った相手はそれがどういうものか、わかっていなかったのだろう。人から理性を取り上げるものだと知っていたら使わなかったかもしれない。

それでもだ。そんなことが許されていいのか。


「お役に立つかはわかりませんが、一応、次の売買場所と日時も聞いています」


私は彼にメモを渡した。ガセネタでなければ、なにかしらの糸口になるだろう。彼は私からそれを受け取ると、眉根を寄せた。


「レイチェル、次からは行動する前に相談してください。仮面舞踏会の時も思っていましたが、貴方は大分危なっかしい。どこかで無茶をしていないか心配になる。俺はナイトメアの王子になるのはごめんです。ルーカスほど頼りにならないかもしれないが、何かあれば一番に相談して欲しい。もう無理はしないと約束して下さい」


真剣な目で見つめられて、私がおどおどしながら頷けば、彼はほっとしたように笑った。

そういえば、「ナイトメアの王子なんて御免だ」と私に言ったのは彼が初めてではない。それが誰だったかは思い出せない。思い出そうとすれば、いつもの少女が唇に指を立てて、邪魔をするのだ。


マリエ=ネーベの「ナイトメア」の子細は確かこんな感じだった。ある国の末のお姫様は隣国の王子様に恋をしていた。しかし、王子様はお姫様に興味がなかった。お姫様には両親と兄妹がいたけど、誰の一番にもなれなかった。それを嘆く内に孤独なお姫様は夢喰いの夢魔に夢の世界に取り込まれて精神を蝕まれてしまう。夢魔はお姫様の好きな夢を見せてくれた。お姫様は優しい夢を見せてくれる夢魔に恋をして、夢から覚めなくなってしまった。夢から覚めなくなったお姫様を見て初めて王子様はお姫様のことを好きだったことに気づいて、夢の世界に彼女を迎えに行くのだ。王子様の熱意に負けた夢魔は夢からお姫様を出す条件として、お姫様の記憶を要求した。対価を支払って王子様と夢から醒めたお姫様は真っ白な状態になっていて、悲しいことも何もかも忘れてしまっていたけれど、王子様の愛で満たされて幸せに暮らすという話だ。

一見、ロマンティックに見えるが、なんとも皮肉な話である。結局、王子様が手に入れたのは空っぽの脱け殻になったお姫様だ。空っぽの器に一生懸命愛を注いでも前と同じお姫様は戻ってはこない。一見すれば、お姫様を王子様が助けて末長く暮らすという砂糖菓子のように甘いお話に見えるが、本質は全く異なる。

だから、名前を覚えていない彼は「間抜けな王子なんて御免だ」と言い切ったのだ。確か、私が絵本の挿し絵と彼の容姿が似ていることから「ナイトメアの王子様みたいだ」と誉めたからだった。彼にしては珍しく、幼稚だ何だと馬鹿にしては来なかった。

夢魔はお姫様が記憶を残したまま夢から醒めても幸せにはなれないとわかっていた。誰の一番にもなれなかった記憶が残っていれば例え王子様と結ばれても、いつかお姫様が疑心暗鬼に苛まれることを知っていた。お姫様も甘い優しい夢なしには生きられなくなってしまっていた。そんな状態で幸せなんて掴めるはずがない。


「レイチェル?」


声の方を向けば、ティルナード様が心配そうにこちらを覗きこんでいた。


「すみません。少し疲れてしまったみたいで」


ずきずきと頭が痛む。目の前が少しぼやけていたので、貧血を起こしていたのだと思う。

気づけば、カフェテラスには西日が差していた。長居し過ぎている。指先が冷たくなっていて、身体をぶるりと震わせた。


「そろそろ帰りましょうか。立てますか?」


「はい。大丈夫…です?」


立ち上がった瞬間、くらっと立ちくらみを起こし、上体が傾いだ。よろめいた私に気づいたティルナード様は腕を伸ばして私を支えた。彼の大きくて暖かい手が私の顔に触れる。


「顔色が悪い」


「ちょっと貧血を起こしただけなので平気です」


少し青ざめている程度だと思う。私が言い終わらない内にティルナード様はあっさり、私を横抱きに抱えてしまった。


「あの…。本当によくあることなんです!歩けますから」


元々ぼんやりしていることが多いので、あまり周りに気づかれてはいないが、私は貧血をよく起こす。といっても、意識を失うほどではなく、少しぼんやりする程度だ。

休めば元に戻るので、心配することはないし、ふらふらするが、歩けないわけではない。

人の目もあり、恥ずかしいので下ろしてほしい。それに、ティルナード様の方が疲れているはずなのに、という気持ちもある。

私も一応は年頃のうら若き乙女なので、体重のことも気になる。こいつ重いな、と密かに思われていたらショックだ。


「先に会計は済ませましたし、馬車まで辛抱して下さい。元々、俺が長く貴方をつれ回したのが原因ですしね」


「そんなことはありませんし、重いので歩きます」


じたばたともがいてみたが、びくともしなかった。全身がだるく、力が入らないので彼にしてみれば、ささやかな抵抗に過ぎないのかもしれない。


「心配になるくらい軽いです。そういう問題と場合でもないので、大人しくして下さい。辛かったら寝ていて下さいね」


それでも、と不服を訴えようと彼の顔を見上げたが、「さっき無理はしないと約束したでしょう」とにっこり笑われて、それ以上は何も言えなくなってしまった。

周囲の視線が突き刺さるように痛くて、私は馬車に乗せられるまでティルナード様の胸に顔を埋めた。

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