23.お似合いと言われたいものです
ティルナード様からオペラ鑑賞のお誘いの手紙をもらった私は浮き足立つ気持ちを押さえきれないまま、鏡の前で身支度に勤しんだ。といっても全てマリアに任せきり、完全に彼女のなすがままではあるのだが。
「おかしくないかしら?」
今日の私の装いは淡い水色の外出用のドレスに編み込んだ髪をアップにし、頭にはパールのバレッタが留めてある。腰にはワンポイントとして、大きなバックリボンがついている。
そわそわと頭の上から足の先まで確認して、マリアに問いかける。彼に会うのは実に久しぶりなことで、凄く緊張した。
「とても可愛らしいですよ」
綺麗とか、妖艶という表現は私には相応しくないとわかっているが、なぜか悲しい気持ちになった。ティルナード様の容姿にはどちらかというと、そういう女性の方が似合うのである。だからというわけではないが、背伸びしたい気持ちがあった。
「変なところはない?」
「そんなに気になるのでしたら、直接ティルナード様にご意見を求めてみてはいかがですか?」
マリアの言葉に私は閉口した。本心からかはわからないが、彼はいつも褒めてくれる。付き合いがまだ浅いせいかはわからないが、正直、彼の好みがわからない。そこまで私の格好に興味がないのかもしれない。
私がもたもたしている間に、マリアはティルナード様に支度ができた旨を告げて、慣れたようにさっさと彼に私を押し付けてしまった。気づけば、私はティルナード様にエスコートされる格好になっている。
「可愛いですよ」
密着した状態で耳元で甘い声で囁かれ、全身が硬直した。思わず顔を見上げれば、熱っぽい視線を受けて耳が熱くなった。
慌ててぱっと顔をそらせば、鏡の中の自分と視線があい、冷静になった。小柄な自分と長身でスタイルの良い彼は恋人には見えない。どちらかというと、兄妹の方が合っている。
「やっぱり、男の人は大きい方が好きよね」
ぽつりと呟いてしまったのは鏡に映った自分達を見て、ティルナード様と宰相の姪という女性の噂を思い出したからだ。
見たわけではないが、泣き黒子のセクシー美女とちびで貧乳な私。お似合いなのは前者だろう。だからこそ、婚約者がいるにも関わらずティルナード様にアタックする女性は後をたたないのだ。
「何がです?」
私の呟きを聞き洩らさなかったティルナード様が怪訝な顔をして聞いてくる。「胸が」とも言いにくくて、自分の目線を胸部の小さな膨らみに移せば、彼は私の視線を追って固まってしまった。さっと視線が逸らされたのがわかり、居たたまれない気持ちになった。
「レイチェル様、それは男性には答えにくい質問です。見ても触れてもない物の善し悪しがわかるはずがありませんわ。大体、レイチェル様が比べる対象が大きすぎるのです。サフィニア様にしろ、世の妖艶なお姉様方にしろ、骨格から身長から全て違うではありませんか。レイチェル様は着痩せされる方ですしね。ティルナード様はこの間の夜会の時…」
「わー!わー!」
ティルナード様が壊れた。赤面しつつ、彼はなぜか私の耳を両手で覆った。大きな手ですっぽりと耳を覆われて、びっくりする。
「むっつりすけべも大概にしないと色々タイミングを逃すわよ。孫の顔が早く見たいわ、と奥様からの伝言ですわ」
ティルナード様がなぜか隣で額を押さえている。
「人聞きの悪いことを言うな。俺はむっつりじゃない。そして、あれはやはり、母の指示か」
「細部まで計算されていて素晴らしい仕上がりでしたでしょう?レイチェル様は肌が白くて極め細やかですので、出さないと勿体ないのですよ。それに自信満々に見せられるより、恥じらいながら見せられる方がそそるものですしね。ティルナード様の身長からだと、さぞ良い眺めだったことでしょう」
計算とは何のことで、何が良い眺めなのかわからないが、ティルナード様はマリアを無言で睨んだ。さっきから主従関係がおかしい気がするのは気のせいか。
「その話はここまでにしようか。マリア、後で君とはじっくり話しあう必要があるようだ。レイチェル、一般的にはそうかもしれませんが、俺はその…気にしません」
こほんと咳払いしつつ、照れるように口ごもりながら、回答を返してくれるティルナード様は年相応に見えて、可愛かった。この話は早く切り上げたいのだろう。彼の目が珍しく泳いでいた。
私がふふっと笑えば、ティルナード様に再び熱のこもった目で見つめられた。
彼は今日は少しおかしい。疲れているのだろうか。
私もおかしいと言えば、おかしいのだが。久方ぶりの逢瀬にお互い色々なネジがぶっ飛んでしまったのかもしれない。
互いに手をとりあい、頬を染めながら暫くみつめあう格好になる。ティルナード様の瞳には私が映っている。そんな些細なことがこんなに幸せだとは思わなかった。
結構な時間が経過した時にマリアが口を挟んできた。私達はマリアの存在をすっかり忘れていた。
「はいはい。いつまでもイチャイチャしていないで、出掛けて下さいませね。開演時間に遅れますよ」
マリアの言葉にティルナード様は我に返った。手元の懐中時計を確認すれば、結構な時間が経っていたようで私達は慌てながらもヴィッツ伯爵邸を後にするのだった。




